響さんは大きな溜息をつき、呆れ顔で説明を始めた。
「あのなぁ…。真由美と俺は社会人テニスのダブルスでペアを組んでいたんだよ。ここ3年一緒に組んでトーナメントに出ていたんだ」
「…え?」
「そうなの。あたしは子供の頃からずっとテニスをやってて、個人では良い成績を収めてきたの。
だけどダブルスはどうしてもパートナーに恵まれなくて、ずっと一回戦か二回戦で敗退していたのよ。
それが悔しくて優秀なパートナーをずっと探していたのよね。そこで、昔からスポーツ万能で有名だった響に白羽の矢を立てたの。
響はあたしの卒業した高校で、凄い伝説まで残したビケトリと呼ばれた一人で、実力は昔から知っていたから」
「はっ? ビケトリ…って、響さんが? あのビケトリの一人なの?」
「あら? ビケトリを知ってるってことは、うちの高校の後輩になるの? じゃあ話しが早いわね。
あたし達はもともと、一時的なパートナーだったの。どうしても優勝したいっていう、あたしの熱意に響は協力してくれたのよ。
だけど、一度優勝してしまうと、来年も、再来年も…って気持ちになっちゃうじゃない?」
真由美さんの気持ちも解る。
一つ夢を叶えたら、次の夢に向けて歩きたくなるのが人間だ。
逆に言えば、そこで満足してしまったら、それ以上成長は出来ない。
あたしが頷くのを見て、真由美さんは嬉しそうに言った。
「最初は純粋に優勝したいだけだったの。だけど…そのうちあたしが響を好きになって…。響はそういうのを敏感に察知すると逃げてしまうのよね。
あたしは、こんな性格だから、逃げられると余計に手に入れたくなって…いつの間にか『好き』という気持ちより、『手に入れたい』という気持ちが勝っていたのね。
思い通りにならないのが悔しくて、嫌がらせみたいなことまでして追い込んで、何とか結婚しようとするなんて、バカだったと思うわ。恋は盲目っていうけど、本当に何も見えていなかった。
あなた…千茉莉…ちゃんって呼んでもいいかしら? 千茉莉ちゃんに目を覚まさせてもらったわ。
あなたの平手、本当に痛かったのよ」
そう言って笑った真由美さんは、あたしが今まで見た彼女のイメージとは全く違う微笑を浮かべた。
「響はね、あなたと付き合っているから、もうあたしとはペアを組めないって言うの。それって、あたしに来年の大会を諦めろって事じゃない。冗談じゃないわ? それとも響と同じくらい上手なプレイヤーを二人で捜してきてくれるの?」
「…そんな事を言われてもなぁ。 あーっもう!ちょっと考える時間をくれよ。真由美、とにかく今日は帰ってくれ」
「えーっ? 嫌よ! ここ1ヶ月、ずっとラケットを握っていないのよ? もう我慢の限界。付き合ってよ。響が付き合ってくれないなら、彼女を無理やり誘うからっ」
「はっ? 千茉莉を?」
「そうよ、千茉莉ちゃん、テニスしたことないんでしょ? 最初は筋肉痛になったり豆が出来て痛い思いもするかもしれないけど、絶対に楽しいから、騙されたと思って付き合ってよ。
響が付き合ってくれないんだもの。恋人のあなたが責任もってあたしのストレス発散に協力してよね?
あたしは恋だけじゃなくテニスのパートナーも失って、優勝も逃すなんて嫌よ」
「カンベンしてくれよー? 初心者の千茉莉がお前の相手なんかしたら、それこそ地獄のシゴキだってぇの。死んじまうじゃねぇかっ!」
「いくらあたしだって、初心者には優しく教えるわよ」
「信じられねぇ。お前、手加減しらねぇからな。そんなんだからパートナーが長続きしねぇんだって」
頑として譲らない真由美さんに、響さんもかなり困っている様子だ。
誤解は解けた訳だし、別に大人なコトをする訳でもない。
彼女のストレスとやらを発散できれば、解放されるのならば付き合うのも良いのかもしれないと思った。
「響さん、付き合ってあげたら?」
「お前…いいのか?」
「うん、その代わりあたしも行くよ? やっぱり二人きりにするのは妬けちゃうし…」
言いながら頬が染まっていく。
そんなあたしの様子に気を良くしたらしい彼は、身体を屈めると耳元で囁いた。
「おまえなぁ、その顔可愛すぎ。今日はお前の誕生日だから、さっきのとんでもなく失礼な誤解の詫びは、今日だけ許しておいてやる。 だけど、完全に許したわけじゃないぞ?」
「えええっ? そんなぁ」
「あったりめーだ。恋人を疑ったんだからな? 例のバツゲームに上乗せだ。それなりの事は覚悟してもらうぞ」
恐ろしい宣告をされ引き攣るあたしを『さあ、喧嘩なんかしていないで行くわよー♪』と響さんから引き剥がし、とっとと車へと押し込みにかかる真由美さん。
お嬢様の我が侭なのか、マイペースなのか、空気読めていませんよ?
久しぶりにプレイできることでかなり舞い上がっているようで、あたし達の都合などおかまいなしに急き立てる。
15分後、あたし達は、真由美さんの自宅にある全天候型テニスコートへと拉致されていた。
そういえばあたし、響さんに大事な話しがあって来たんだっけ…。
真由美さんのペースで振り回され、言い出せる状況ではなくなってしまったんだけど…
こんな事していていいのかしら?
はぁ…
どうしよう?
+++ 12月10日 第4話へ続く +++
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