Sweet  Dentist 12月15日(木曜日) 第7話



その日の夕方…
学校から帰ったあたしは、真っ先に響さんと共にイギリスへ行く事をパパにお願いした。
反対されるかと思ったけれど、アリスさんの事情を理解してくれてアッサリと許可が降りた。

ホッとしていると、そこへ「おかえり」と声を掛けてくれたのは、ママではなくシャルルさんだった。
二日酔いが酷かった彼は、結局午前中いっぱいパパと唸っていたそうだ。
それでも午後からは、 お店が休みだったパパと、あたしの件で色々と話し合ったらしい。
そこで一つ問題が起こった。

実はシャルルさんの日本滞在という形に、お兄さんのジャンさんが良い顔をしなかったのだ。
お店のメインで広告塔でもあるシャルルさんが、長期にフランスを離れるのは経営上望ましくないという理由だ。

たとえ親友の娘でシャルルさんが才能に惚れこんだと言っても、企業家ジャン・セロンとしては頷けなかったらしい。
それでも諦められなかったシャルルさんは、あたしがイギリスへ行くと聞いて、強行突破を試みることにした。
要は、お兄さんにあたしのお菓子を食べてもらって納得させてしまおうと言うのだ。
何とか理由をつけてお兄さんを【アムール】のロンドン支店に連れて来るから、イギリス滞在期間中に必ず立ち寄るようにと、半ば強制的に約束させて帰っていった。

シャルルさんは翌日すぐにフランスへ飛び、お兄さんを説得したらしく、あたし達の出発ギリギリに、『12月15日から3日間ロンドン支店にいるので、必ず連絡するように』とファックスを送ってきた。

こうして、あたしと響さんがそれぞれに抱える問題は、全てイギリスへと舞台を移すことになった。





そして12月15日の今日、あたしは憧れの【アムール】でセロン兄弟を前にして、お菓子を作っていた。

「随分シンプルなお菓子を選んだんだね」

シャルルさんはあたしが作ったものを見て驚いた様子だった。
審査対象になるのだから、もう少し手の込んだものを作るのではないかと思っていたらしい。

だけど、あたしが作ったお菓子は、とてもシンプルで、誰が作ったと一目でわかるような華やかさも無い、普通のクッキーだった。

それでもこれは、あたしにとってはとても意味のあるもの。
とても深い願いが込められたものだ。

「このクッキーは今のあたしが一番作りたいお菓子だったんです。
…お菓子ってどれだけ手が込んでいるかとか、どれだけ綺麗に作れるかが一番大切じゃないと思うんです。
誰を思って、どれだけ愛情を込めて作るか。それが大事だと思うから…あたしは大切な人が今夜誰よりも幸せになれるように祈りを込めて作りました」

「…そう。響の為に?」

「はい、今日は響さんの誕生日なので、ケーキの代わりに彼が唯一食べることの出来るお菓子を作りたくて…」

あたし達の会話を聞きながら、ジャンさんはクッキーを一つ取り口に運んだ。
この結果が運命を決めると解っていても、何故か緊張はしなかった。
それどころか、心はとても澄んで穏やかだった。

【アムール】でお菓子を作ったというだけであたしは幸せだったし、響さんへの願いを込めたお母さんのクッキーを完璧に作ることが出来たことは、あたしにとってものすごい達成感だったからだ。

実は、最初に作ったクッキーは、確かに美味しかったけれど、パパがあの時に作ったものとは、どこか少し違う気がしていた。
その時はそれが何だか良く解らなかったけれど…
響さんからお母さんの話を聞いて自分に足りなかったものにようやく気がついた。

あたしに足りなかったもの…
それは親として子を思う無償の愛だった。

それが解ってから、あたしは毎日繰り返しクッキーを焼き続けた。
どうしても響さんの誕生日を、あたしの作ったクッキーでお祝いしてあげたかったから。

きっと親にならないと、本当に子供を思う気持ちは解らないのだと思う。
だけど、アリスさんがどんなに響さんを愛していたかは感じることが出来た。
アリスさんの気持ちを自分にリンクさせると、大気が震えるような感覚でアリスさんの声が聴こえてくる。

アリスさんがいつもクッキーを焼きながら願ったこと…

―どうかこの子の笑顔が永遠でありますように―
―どうか誰よりも幸せになりますように―

あたしはその想いを生地に練り込む事で、 あの日パパが作ったものと同じものにたどり着く事ができた。
この場所で、彼の誕生日に相応しいクッキーを作れたこと。
アリスさんの心に触れることが出来たこと。

それだけであたしは胸がいっぱいだった。


「なるほどね、シャルルが認めただけある。流石、充の娘だな。私も君の天性の才能が開花するのをこの目で見てみたくなったよ」

ジャンさんがニッコリと笑って言うと、シャルルさんは「やった!」と大声で喜んだ。

「君が二十歳になったら、是非うちへおいで。それまでの2年間は、シャルルを日本へやろう。実は私は以前から日本の和菓子に凄く興味を持っていてね。
日本の伝統文化である和菓子を独自に取り入れてもっと幅を広げたいと思っていたんだ。
そのためにフランスから数名日本へ勉強にやる事を考えていてね、ちょうどその適任者として次男のトニーをやるつもりだったけど…。そういうことならシャルル、お前が行ってくれるか?」

「ああ、もちろん。喜んでいくよ。僕も充を見ていて和菓子には以前から興味があったしね」

ああ、そういえばパパは和菓子屋の5代目だったんだっけ。
確かにパパのお菓子は独創性が高くて、和と融合しているものも多い。
あたしは昔からそれを自然に受け入れてきたけれど、生粋のフランス人のシャルルさんやジャンさんにしたら、新鮮なのかもしれないと思った。

かくして―…

シャルルさんは日本へ来ることになった。
あたしがフランスへ行くのは2年後。
パパの許しがなくてもフランスへ行くことが可能な成人になってからと決まった。

ホテルへ戻るや否や、心配していた響さんに飛びついて報告したあたし。

響さんは自分の事のように喜んでくれて…

お祝いをやると言って、飛び切り甘いキスをくれた。

それはもう、目の前に星が飛ぶほどクラクラするSpecial Sweet Kissで…

眩暈を起こしたあたしはこの後暫く、休息を余儀なくされてしまった。





+++ 12月15日 第8話へ続く +++


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