秀吾、と名を呼びかけた唇に、再び血の味が広がった。まだ傷の乾かない門脇の唇で塞がれている。
自失から立ち直るまで長い時間がかかった。気づいて逃げようとするが、強い身体に封じられた瑞垣は顔を背ける事すら出来ない。
ただ力任せに押しつけるだけの、信じられないくらい下手なキス。自分だったら、絶対女の子にこんな風にはしない。
しかし、身体は瑞垣を裏切り始める。角度を変えてもう一度口づけられた刹那、唇から痺れるような熱がじわりと身体に伝わった。
ろくに息継ぎも出来ない状態だから息苦しいんだとか、瑞垣の理性はもっともらしい理由を付けようとするが、いつしか漏れ出す吐息が、身体の内を灼く熱を甘く伝えはじめる。
「……んぅ、や……め、しゅう……ご」
吐息を外に逃がす為に僅かに開かれた間から、門脇の舌が探るようにそろり、と忍び込んできた。
飲み下しきれなかった唾液が、口の端から一筋零れ落ちる。舌を絡められ、唾液が混じり合う音が、いやに大きく響く。
舌先を捕らえられ辿られる度に、背筋にちりりと熱が走った。身体から力が抜けていく。瑞垣はいつしかソファの腕に背を預ける形になっていた。
なんで秀吾は嫌がらなかったんだ。しかも、なんでこんな風に自分からキスしてくる?
幼馴染みの考えがこれ程理解出来ないのは初めてだった。自らの状況と、絶え間なく与えられる刺激に訳がわからなくなってくる。
やめてくれ、と何度も懇願するが、門脇は一切聞き入れずさらに激しく口づけてくる。
合間に零れる吐息は自分でも信じられない程の甘さを帯びて、瑞垣はそんな自分の弱さが情けなかった。
「同情なんかいらんのじゃ……」
唇が離れた事に気がつき、消え入りそうな声でようよう告げる。じゃあ何が欲しいんだ、と自分に問いかけるまでもない。
オレは、秀吾の全てを手に入れたいだけなんだ。だからお前が、そんな我が侭に付き合う義理なんてない。
腰から下に熱がわだかまっているのを自覚して、さらに自分が情けなくなる。早く帰ってくれ。さっさと自分を慰めて吐き出して、楽になってしまうから。
ようやく、門脇の顔を見た。そして瑞垣は、これまでに見た事もないくらい厳しい顔をした門脇に気がついた。
「同情じゃ、ない」
恐ろしい位に真剣な口調。瑞垣は一瞬怯んでしまう。
門脇の答えは、瑞垣が想像すらしていないものだった。
「俺、お前の事が、好きじゃ」
門脇の腕がそろりと伸びて、瑞垣はその鍛え上げられた体に抱きすくめられた。今度は瑞垣が呆然とする番だった。
「俺、これまで、自分の感情がどんなものなのか、良くわかっとらんかった」
門脇の声が震える。途切れ途切れの言葉は、それでも瑞垣の耳に真っ直ぐに飛び込んでくる。門脇は、緊張しているのだろうか。
「でも、こっちに帰ってから、お前に、言わんといかん事があるって、ずっと思っとった。
……俺、ずっとお前に、会いたかった。他の誰の事も、思い浮かばんかったんじゃ」
自分の足下を支えていた意地やプライドが、砂がこぼれ落ちるように崩れてゆく。
会いたかったのは、秀吾、お前じゃない。オレが会いたかったんだ。こうして側にいて欲しかったんだ。
だが、ようやく瑞垣の口をついて出た言葉は、瑞垣のささやかなプライドを維持しようとするためのもの。
「お前はただ、オレに会って普通に友達付き合いしたいだけじゃろ? オレは……さっき も言ったじゃろ、……言葉だけじゃ足りんのじゃ。清廉潔癖なお付き合いなんていらん。 だから」
帰れ、と告げる唇をもう一度塞がれた。門脇の堅くなった手のひらが、瑞垣の頬を挟む。驚くほど熱くなっていた。
「俺も、お前にもっと触れたい……それじゃ、駄目か、俊」
頬に、額に、門脇の唇が優しく触れる。何故だか涙が零れそうになるのを、瑞垣は必死で我慢した。
「……ただ、男同士じゃとどうすればいいのかがよくわからん。……教えてくれよ、俊」
一瞬の沈黙。
「……っ、はははははっ!」
半年やそこらじゃ、本質の部分は変わらない。顔を真っ赤にして笑い出した瑞垣を見て、門脇は頬をふくらます。
「何も笑い飛ばす事はないじゃろ。男の純情を踏みにじりやがって……」
「秀吾、お前、女の子とHした事あるか?」
瑞垣は門脇の言い分を無視して訪ねる。門脇はバツが悪そうに、ぼそぼそと話し始めた。
「高校に入ってからすぐ、付き合おうかっていう同級生の子がおったんじゃけど……途中まではしたけど、最後までは出来んかった」
……ふうん。瑞垣は無関心なふうを装って相づちを打つ。
「……お前の事思い出したんじゃ。思い出した途端、ダメで。だから本当は、お前に会ったらその事を話そうと思っとった。
そしたら原因がわかるかと思ってて……でもわかった。……キスだけでこんなになるんじゃな」
「……お前、ぶっちゃけすぎじゃ……オレが引いたらどうすんだ」
門脇の言葉が意味する所は、自分でも痛いほどにわかる。ただ唇が触れ合うだけなのに、女の子と抱き合っても感じない程の昂奮が、自分の体に満ちているのだ。
「俊、お前じゃったらわかってくれるじゃろ? ……いや、お前は散々女の子と遊んどるみたいじゃから、俺の気持ちなんかわからんか」
瑞垣はしれっと答える。
「遊ぶのは簡単じゃ。オレ、色々試してみたりもしたし。……女の子で後ろ、してみた事とかもあるから」
後ろから貫きながら、秀吾にされたらどうなるんだろうなんて、考えていた事は死んでも言えない。
でも、もう遊びの恋なんて出来ないだろう。そんな予感がする。自分が本当に欲していた感触をこの肌に刻まれてしまったら、どんな快楽も苦痛でしかないように思えるんだろう。
確信にも似た予感が瑞垣を満たした。
「俊……言っとくが、俺は浮気は許さんから。覚悟しろよ」
真面目腐った顔で門脇が重々しく告げる。夢みたいだ。いや、夢でもいい。門脇の身体の熱を、我が身で受け止められるのならば。
「……秀吾。オレがどんな風にして欲しかったか、全部教えてやるよ。引きたきゃ引いて いい。やめたきゃやめていいから。オレ、サイテーだから」
ぱちん、と派手な音がした。顔を挟んでいた手が、瑞垣の目の前で打ち鳴らされたのだ。
「ええ加減にせぇ。言うたじゃろ、俺はお前が好きで、抱きたいんじゃ!」
門脇は本気で怒っていた。いきなりソファに押し倒される。それから、もう一度深く口付けられた。
「ん……、っふ……ぅ」
天邪鬼な言葉とは裏腹に、身体は自らの望む快楽に正直になってゆく。
四度目のキスは、触れた途端に意識が弾けそうになるくらい、熱く激しく、心の障壁を取り払われて裸になった瑞垣を追いつめる。
「……ま、て……ここじゃなくて、オレの部屋に……!」
キスを無理矢理振り払って、ようやく瑞垣は告げた。あ、ああ、すまん、と真っ赤な顔で、門脇は我に返って答えた。
以下、性的な表現を含みますので、ご了承される方のみ反転してお読み下さい。
部屋に入るなり、門脇は瑞垣を抱き寄せ、もう一度口づける。
キスする度に確実に、門脇はうまくなっていくようだった。瑞垣は自分の身体に力が入らなくなってくるのがわかる。
このまま溺れてしまって門脇の前に醜態を晒したら、やっぱり門脇は引いてしまうんじゃないのか。
恐怖はある。喪失の予感に怯えるくらいならば、いっそ失ってしまった方が楽だ、とも思う。
しかし、門脇の唇は、手は、押しつけられた下半身の熱は、瑞垣が楽な方へ逃げる事を許さない。門脇の言葉に嘘や誤魔化しは一つもなかった。
もつれるようにベッドに倒れ込む。ぎこちない手でTシャツを捲り上げられて、鎖骨へ、その下の敏感な部分へ舌を這わされた。
なま暖かい舌の湿った感触とくすぐったいだけではない未知の感覚に、身体が跳ねる。
「男だと……どの辺が感じるんだ?」
「……男抱いた事ないから、わからん……っあ」
脇腹をなぞるように舐められて、瑞垣の口からは自分でも驚く程甘い声が零れた。
身体が魚みたいにびくびく、と痙攣する。
本物の門脇は、想像の中の門脇よりも、遙かに強烈な感覚を瑞垣に与えた。
舌で脇腹をくすぐりながら、門脇は大きな手で敏感な胸の果実を弾いた。意味をなさない声がまた上がる。
一人で慰めている時のように、感じる自分を観察する余裕など全くない。俊……とかすれる声で囁きながら、激しい愛撫を施す幼馴染に、瑞垣はただ翻弄されるしかなかった。
気がつけば身につけていた衣服は全て脱がされていた。やめろ、見るなといいながら下半身を隠す手を無理矢理こじ開けられ、既に濡れそぼち弾けそうに形を変えた瑞垣の欲望を、何の予告もなしにいきなり銜えられた。
「やめ……っ……やだ……ぁっ!」
耐えきれなかったそれは、門脇の口の中を熱い液体で汚した。放出の快楽が、瑞垣の身体を灼く。
門脇はびっくりしたような顔で口の周りを拭っていたが、やがてそれをこくり、と呑み込み、何の心配もないというふうに微笑む。
いきなり頂点に達した快感に自失していた瑞垣は、ふらふらになりながら慌てて門脇の口を指でこじ開け、汚れた口の中を拭うように舌で舐め上げた。
「……っ馬鹿! そんなのはオレがやるからええんじゃ! んなもん飲むな! 汚い!」
門脇は何でそんな事を言うのかわからない、という風に首を傾げた。
「確かに変な味じゃけど……なんか、かわいかったからええんじゃ」
「……かわいいじゃねぇよ! 馬鹿! ……オレがやるんじゃ!」
恥ずかしいのと気まずいのと気持ちいいのとがない交ぜの、なんとも言えない気分。門脇にそんな自分を見せたくなくて、瑞垣は強引に門脇の服を脱がす。
「うわ」と驚く門脇の短パンを下着ごと引き剥がすと、明らかに情欲の徴を現すそれがあった。
門脇も、昂奮してるのか?
抵抗感は全くない。そろりと舌を這わせる。それは先走りでとろりと濡れて、すでに熱を持っていた。
汚いとは思わない。唇で、舌で、出来る限りの愛撫を施す。昂ぶらせながら、ベッドの下に隠しておいたゴムとゼリーを取り出した。
「……なんじゃ、それ」
せっぱ詰まった様子の門脇が訪ねる。瑞垣は黙って愛撫を続けていた。程なく、門脇も瑞垣の口の中で達してしまった。
生々しい匂いのそれが喉の奥まで容赦なく飛び込んできて、瑞垣は軽く噎せた。しかし何の抵抗もなく飲み干す。
門脇のだから、愛おしい。
「……これで、おあいこじゃ」
「すまん……」
瑞垣は起きあがると黙ってゼリーの蓋を開け、殊更見せびらかすようにゴムの袋を歯で噛み切った。
淫乱だと思わば思え。嫌うんだったら嫌えよ。オレは確かに、こんなどうしようもない知識を持ってるし、腐った事も色々やってきてるんだから。
「……で、なんじゃ、それ」
冷静な口調で瑞垣が説明を始める。
「潤滑剤付きのゴムとゼリー。これがないと後ろに入らんから。ゴムにゼリーたっぷりつけんと入らんから、つけてやるよ」
「……ゼリーって入れる所にもつけなきゃいかんじゃろ?」
門脇が首を傾げた。
「あー、オレ自分でするからええで? オナニーショーやってるみたいでええじゃろ」
自分を貶めるような冷たい口調で言い放つ。、途端に、ベッドに押さえつけられた。
「……やめろ、痛いじゃろ」
門脇は無言でゼリーを指に絞り、何の前触れもなく、瑞垣に塗りつけた。
「うわ、何する、冷て……あ?!」
「……ここに、入れるんじゃろ? じゃあ、入れる俺がやらんと」
ゼリーのぬるみを利用して、門脇の指が内(なか)に入ってきた。長い指、太い骨格、そんな感触を信じられないような場所で認識する。
「いやだ、やめ……っ!」
ゼリーを内側に拡げるようなそろそろとした動き。身じろぎを押さえつけられ、さらにゼリーが足される。
冷たいものが滑り込み、身体の熱を奪って門脇の指に馴染んでゆく。
「やめろ……秀…吾……ぁ」
ゼリーが空気を孕んで、聞くに堪えない音を立てる。
門脇の指は少しずつ、緩急をつけるように深く、浅く瑞垣の身体を拓いてゆく。濡らしては拓き、の繰り返し。
いつしか、指の動きに合わせて、瑞垣は自分の腰が揺れているのに気がつく。
擬似的なセックスなのに、こんなに溺れてどうするのだろう。溺れて乱れる自分に恐怖すら感じた。
「後ろでしてても……感じるんじゃな」
さっき達したばかりなのにまた昂ぶっている身体が、溺れる事に戸惑う心を置き去りにして、快楽を求めている。
「……いやらしいから、オレ……やめたきゃ、やめろよ……っ」
指が門脇の怒りを伝えるように、深く穿たれた。悲鳴にも似た喘ぎが上がる。しかし身体は一層貪欲に、その長い指を食い締めた。
「……俺が、欲しいんじゃ、アホ……!」
するりと指が抜かれる。
次に襲ってきたのは、信じられない程の圧力。声を上げて門脇の腕に爪を立てている自分にも気づかなかった。
指も届かなかった最奥に、門脇の熱がある。吐き気を感じる程の、存在感。
「……く、る……しぃ、秀吾……っああっ!」
望んでも望んでも叶わないと思っていた顔が、腕が、自分の目の前にある。
自分の中で、その存在を確かに刻んでくれる。
もう、止まらない。
ほしい。おまえが、ほしい。もっと、もっと。
オレのすべてを、おまえにやるから。すべてをささげても、まだたりない。
おまえをかんじられるのならば、ほかに、なにも、いらない。
門脇が存在感をを増す。煽る動きが早くなる。瑞垣は理性もプライドも投げ捨てて、ただ門脇に溺れた。
「しゅう……ご……すき、……お前が……ほし……っ」
「……っ、俊……俺も……好きじゃから……」
意味をなす言葉はもう出てこない。ただ門脇の汗ばむ身体と、自らの体内に刻まれる印を感じるだけ。
門脇の思う様に揺さぶられてひたすら声を上げるうちに、やがて意識が白く染まった。
自失から立ち直るまで長い時間がかかった。気づいて逃げようとするが、強い身体に封じられた瑞垣は顔を背ける事すら出来ない。
ただ力任せに押しつけるだけの、信じられないくらい下手なキス。自分だったら、絶対女の子にこんな風にはしない。
しかし、身体は瑞垣を裏切り始める。角度を変えてもう一度口づけられた刹那、唇から痺れるような熱がじわりと身体に伝わった。
ろくに息継ぎも出来ない状態だから息苦しいんだとか、瑞垣の理性はもっともらしい理由を付けようとするが、いつしか漏れ出す吐息が、身体の内を灼く熱を甘く伝えはじめる。
「……んぅ、や……め、しゅう……ご」
吐息を外に逃がす為に僅かに開かれた間から、門脇の舌が探るようにそろり、と忍び込んできた。
飲み下しきれなかった唾液が、口の端から一筋零れ落ちる。舌を絡められ、唾液が混じり合う音が、いやに大きく響く。
舌先を捕らえられ辿られる度に、背筋にちりりと熱が走った。身体から力が抜けていく。瑞垣はいつしかソファの腕に背を預ける形になっていた。
なんで秀吾は嫌がらなかったんだ。しかも、なんでこんな風に自分からキスしてくる?
幼馴染みの考えがこれ程理解出来ないのは初めてだった。自らの状況と、絶え間なく与えられる刺激に訳がわからなくなってくる。
やめてくれ、と何度も懇願するが、門脇は一切聞き入れずさらに激しく口づけてくる。
合間に零れる吐息は自分でも信じられない程の甘さを帯びて、瑞垣はそんな自分の弱さが情けなかった。
「同情なんかいらんのじゃ……」
唇が離れた事に気がつき、消え入りそうな声でようよう告げる。じゃあ何が欲しいんだ、と自分に問いかけるまでもない。
オレは、秀吾の全てを手に入れたいだけなんだ。だからお前が、そんな我が侭に付き合う義理なんてない。
腰から下に熱がわだかまっているのを自覚して、さらに自分が情けなくなる。早く帰ってくれ。さっさと自分を慰めて吐き出して、楽になってしまうから。
ようやく、門脇の顔を見た。そして瑞垣は、これまでに見た事もないくらい厳しい顔をした門脇に気がついた。
「同情じゃ、ない」
恐ろしい位に真剣な口調。瑞垣は一瞬怯んでしまう。
門脇の答えは、瑞垣が想像すらしていないものだった。
「俺、お前の事が、好きじゃ」
門脇の腕がそろりと伸びて、瑞垣はその鍛え上げられた体に抱きすくめられた。今度は瑞垣が呆然とする番だった。
「俺、これまで、自分の感情がどんなものなのか、良くわかっとらんかった」
門脇の声が震える。途切れ途切れの言葉は、それでも瑞垣の耳に真っ直ぐに飛び込んでくる。門脇は、緊張しているのだろうか。
「でも、こっちに帰ってから、お前に、言わんといかん事があるって、ずっと思っとった。
……俺、ずっとお前に、会いたかった。他の誰の事も、思い浮かばんかったんじゃ」
自分の足下を支えていた意地やプライドが、砂がこぼれ落ちるように崩れてゆく。
会いたかったのは、秀吾、お前じゃない。オレが会いたかったんだ。こうして側にいて欲しかったんだ。
だが、ようやく瑞垣の口をついて出た言葉は、瑞垣のささやかなプライドを維持しようとするためのもの。
「お前はただ、オレに会って普通に友達付き合いしたいだけじゃろ? オレは……さっき も言ったじゃろ、……言葉だけじゃ足りんのじゃ。清廉潔癖なお付き合いなんていらん。 だから」
帰れ、と告げる唇をもう一度塞がれた。門脇の堅くなった手のひらが、瑞垣の頬を挟む。驚くほど熱くなっていた。
「俺も、お前にもっと触れたい……それじゃ、駄目か、俊」
頬に、額に、門脇の唇が優しく触れる。何故だか涙が零れそうになるのを、瑞垣は必死で我慢した。
「……ただ、男同士じゃとどうすればいいのかがよくわからん。……教えてくれよ、俊」
一瞬の沈黙。
「……っ、はははははっ!」
半年やそこらじゃ、本質の部分は変わらない。顔を真っ赤にして笑い出した瑞垣を見て、門脇は頬をふくらます。
「何も笑い飛ばす事はないじゃろ。男の純情を踏みにじりやがって……」
「秀吾、お前、女の子とHした事あるか?」
瑞垣は門脇の言い分を無視して訪ねる。門脇はバツが悪そうに、ぼそぼそと話し始めた。
「高校に入ってからすぐ、付き合おうかっていう同級生の子がおったんじゃけど……途中まではしたけど、最後までは出来んかった」
……ふうん。瑞垣は無関心なふうを装って相づちを打つ。
「……お前の事思い出したんじゃ。思い出した途端、ダメで。だから本当は、お前に会ったらその事を話そうと思っとった。
そしたら原因がわかるかと思ってて……でもわかった。……キスだけでこんなになるんじゃな」
「……お前、ぶっちゃけすぎじゃ……オレが引いたらどうすんだ」
門脇の言葉が意味する所は、自分でも痛いほどにわかる。ただ唇が触れ合うだけなのに、女の子と抱き合っても感じない程の昂奮が、自分の体に満ちているのだ。
「俊、お前じゃったらわかってくれるじゃろ? ……いや、お前は散々女の子と遊んどるみたいじゃから、俺の気持ちなんかわからんか」
瑞垣はしれっと答える。
「遊ぶのは簡単じゃ。オレ、色々試してみたりもしたし。……女の子で後ろ、してみた事とかもあるから」
後ろから貫きながら、秀吾にされたらどうなるんだろうなんて、考えていた事は死んでも言えない。
でも、もう遊びの恋なんて出来ないだろう。そんな予感がする。自分が本当に欲していた感触をこの肌に刻まれてしまったら、どんな快楽も苦痛でしかないように思えるんだろう。
確信にも似た予感が瑞垣を満たした。
「俊……言っとくが、俺は浮気は許さんから。覚悟しろよ」
真面目腐った顔で門脇が重々しく告げる。夢みたいだ。いや、夢でもいい。門脇の身体の熱を、我が身で受け止められるのならば。
「……秀吾。オレがどんな風にして欲しかったか、全部教えてやるよ。引きたきゃ引いて いい。やめたきゃやめていいから。オレ、サイテーだから」
ぱちん、と派手な音がした。顔を挟んでいた手が、瑞垣の目の前で打ち鳴らされたのだ。
「ええ加減にせぇ。言うたじゃろ、俺はお前が好きで、抱きたいんじゃ!」
門脇は本気で怒っていた。いきなりソファに押し倒される。それから、もう一度深く口付けられた。
「ん……、っふ……ぅ」
天邪鬼な言葉とは裏腹に、身体は自らの望む快楽に正直になってゆく。
四度目のキスは、触れた途端に意識が弾けそうになるくらい、熱く激しく、心の障壁を取り払われて裸になった瑞垣を追いつめる。
「……ま、て……ここじゃなくて、オレの部屋に……!」
キスを無理矢理振り払って、ようやく瑞垣は告げた。あ、ああ、すまん、と真っ赤な顔で、門脇は我に返って答えた。
以下、性的な表現を含みますので、ご了承される方のみ反転してお読み下さい。
部屋に入るなり、門脇は瑞垣を抱き寄せ、もう一度口づける。
キスする度に確実に、門脇はうまくなっていくようだった。瑞垣は自分の身体に力が入らなくなってくるのがわかる。
このまま溺れてしまって門脇の前に醜態を晒したら、やっぱり門脇は引いてしまうんじゃないのか。
恐怖はある。喪失の予感に怯えるくらいならば、いっそ失ってしまった方が楽だ、とも思う。
しかし、門脇の唇は、手は、押しつけられた下半身の熱は、瑞垣が楽な方へ逃げる事を許さない。門脇の言葉に嘘や誤魔化しは一つもなかった。
もつれるようにベッドに倒れ込む。ぎこちない手でTシャツを捲り上げられて、鎖骨へ、その下の敏感な部分へ舌を這わされた。
なま暖かい舌の湿った感触とくすぐったいだけではない未知の感覚に、身体が跳ねる。
「男だと……どの辺が感じるんだ?」
「……男抱いた事ないから、わからん……っあ」
脇腹をなぞるように舐められて、瑞垣の口からは自分でも驚く程甘い声が零れた。
身体が魚みたいにびくびく、と痙攣する。
本物の門脇は、想像の中の門脇よりも、遙かに強烈な感覚を瑞垣に与えた。
舌で脇腹をくすぐりながら、門脇は大きな手で敏感な胸の果実を弾いた。意味をなさない声がまた上がる。
一人で慰めている時のように、感じる自分を観察する余裕など全くない。俊……とかすれる声で囁きながら、激しい愛撫を施す幼馴染に、瑞垣はただ翻弄されるしかなかった。
気がつけば身につけていた衣服は全て脱がされていた。やめろ、見るなといいながら下半身を隠す手を無理矢理こじ開けられ、既に濡れそぼち弾けそうに形を変えた瑞垣の欲望を、何の予告もなしにいきなり銜えられた。
「やめ……っ……やだ……ぁっ!」
耐えきれなかったそれは、門脇の口の中を熱い液体で汚した。放出の快楽が、瑞垣の身体を灼く。
門脇はびっくりしたような顔で口の周りを拭っていたが、やがてそれをこくり、と呑み込み、何の心配もないというふうに微笑む。
いきなり頂点に達した快感に自失していた瑞垣は、ふらふらになりながら慌てて門脇の口を指でこじ開け、汚れた口の中を拭うように舌で舐め上げた。
「……っ馬鹿! そんなのはオレがやるからええんじゃ! んなもん飲むな! 汚い!」
門脇は何でそんな事を言うのかわからない、という風に首を傾げた。
「確かに変な味じゃけど……なんか、かわいかったからええんじゃ」
「……かわいいじゃねぇよ! 馬鹿! ……オレがやるんじゃ!」
恥ずかしいのと気まずいのと気持ちいいのとがない交ぜの、なんとも言えない気分。門脇にそんな自分を見せたくなくて、瑞垣は強引に門脇の服を脱がす。
「うわ」と驚く門脇の短パンを下着ごと引き剥がすと、明らかに情欲の徴を現すそれがあった。
門脇も、昂奮してるのか?
抵抗感は全くない。そろりと舌を這わせる。それは先走りでとろりと濡れて、すでに熱を持っていた。
汚いとは思わない。唇で、舌で、出来る限りの愛撫を施す。昂ぶらせながら、ベッドの下に隠しておいたゴムとゼリーを取り出した。
「……なんじゃ、それ」
せっぱ詰まった様子の門脇が訪ねる。瑞垣は黙って愛撫を続けていた。程なく、門脇も瑞垣の口の中で達してしまった。
生々しい匂いのそれが喉の奥まで容赦なく飛び込んできて、瑞垣は軽く噎せた。しかし何の抵抗もなく飲み干す。
門脇のだから、愛おしい。
「……これで、おあいこじゃ」
「すまん……」
瑞垣は起きあがると黙ってゼリーの蓋を開け、殊更見せびらかすようにゴムの袋を歯で噛み切った。
淫乱だと思わば思え。嫌うんだったら嫌えよ。オレは確かに、こんなどうしようもない知識を持ってるし、腐った事も色々やってきてるんだから。
「……で、なんじゃ、それ」
冷静な口調で瑞垣が説明を始める。
「潤滑剤付きのゴムとゼリー。これがないと後ろに入らんから。ゴムにゼリーたっぷりつけんと入らんから、つけてやるよ」
「……ゼリーって入れる所にもつけなきゃいかんじゃろ?」
門脇が首を傾げた。
「あー、オレ自分でするからええで? オナニーショーやってるみたいでええじゃろ」
自分を貶めるような冷たい口調で言い放つ。、途端に、ベッドに押さえつけられた。
「……やめろ、痛いじゃろ」
門脇は無言でゼリーを指に絞り、何の前触れもなく、瑞垣に塗りつけた。
「うわ、何する、冷て……あ?!」
「……ここに、入れるんじゃろ? じゃあ、入れる俺がやらんと」
ゼリーのぬるみを利用して、門脇の指が内(なか)に入ってきた。長い指、太い骨格、そんな感触を信じられないような場所で認識する。
「いやだ、やめ……っ!」
ゼリーを内側に拡げるようなそろそろとした動き。身じろぎを押さえつけられ、さらにゼリーが足される。
冷たいものが滑り込み、身体の熱を奪って門脇の指に馴染んでゆく。
「やめろ……秀…吾……ぁ」
ゼリーが空気を孕んで、聞くに堪えない音を立てる。
門脇の指は少しずつ、緩急をつけるように深く、浅く瑞垣の身体を拓いてゆく。濡らしては拓き、の繰り返し。
いつしか、指の動きに合わせて、瑞垣は自分の腰が揺れているのに気がつく。
擬似的なセックスなのに、こんなに溺れてどうするのだろう。溺れて乱れる自分に恐怖すら感じた。
「後ろでしてても……感じるんじゃな」
さっき達したばかりなのにまた昂ぶっている身体が、溺れる事に戸惑う心を置き去りにして、快楽を求めている。
「……いやらしいから、オレ……やめたきゃ、やめろよ……っ」
指が門脇の怒りを伝えるように、深く穿たれた。悲鳴にも似た喘ぎが上がる。しかし身体は一層貪欲に、その長い指を食い締めた。
「……俺が、欲しいんじゃ、アホ……!」
するりと指が抜かれる。
次に襲ってきたのは、信じられない程の圧力。声を上げて門脇の腕に爪を立てている自分にも気づかなかった。
指も届かなかった最奥に、門脇の熱がある。吐き気を感じる程の、存在感。
「……く、る……しぃ、秀吾……っああっ!」
望んでも望んでも叶わないと思っていた顔が、腕が、自分の目の前にある。
自分の中で、その存在を確かに刻んでくれる。
もう、止まらない。
ほしい。おまえが、ほしい。もっと、もっと。
オレのすべてを、おまえにやるから。すべてをささげても、まだたりない。
おまえをかんじられるのならば、ほかに、なにも、いらない。
門脇が存在感をを増す。煽る動きが早くなる。瑞垣は理性もプライドも投げ捨てて、ただ門脇に溺れた。
「しゅう……ご……すき、……お前が……ほし……っ」
「……っ、俊……俺も……好きじゃから……」
意味をなす言葉はもう出てこない。ただ門脇の汗ばむ身体と、自らの体内に刻まれる印を感じるだけ。
門脇の思う様に揺さぶられてひたすら声を上げるうちに、やがて意識が白く染まった。