以下、性的な表現を含みますので、ご了承される方のみ反転してお読み下さい。
風呂から上がり、おばさんの用意してくれた門脇の昔のTシャツと短パンを履いて、瑞垣は門脇の部屋へと向かった。
物欲しそうな表情は見せたくない。
瑞垣のささやかなプライドは、部屋に入って近づいた途端に、腕を掴んでベッドへ引き倒した門脇に踏みにじられてしまった。
「なっ……なんじゃ、アホ!」
「……あー、細くなったけど、瑞垣の感触じゃ」
上半身を起こした門脇にもたれ掛かる姿勢になる。肩を引き寄せられ、横抱きにされた。
高鳴る鼓動に気づかれたくなくて身を捩りながら、外に漏れ聞こえない程の小声で、罵詈雑言を吐きかける。
「声が小さくて聞こえん」
門脇はあっさりと一蹴し、背を向けた瑞垣をさらにきつく抱き締めた。
「……俊。会いたかった」
かすれた声が耳元を撫で上げる。ざわり、と背筋から熱いものが這い上った。
「……やめろ、ここは、お前の家じゃろうが……!」
そのまましがみついて貪りたくなる衝動を無視して逃げようとする瑞垣に、容赦のない愛撫が施された。
Tシャツをまくり上げられ、首筋をきつく吸われる。
「やめ……っ、馬鹿! サカるな……!」
言葉と違って欲望に正直な身体は、いとも簡単に門脇の手に堕ちてしまった。
耳を舐め上げられ、硬くなった手のひらで胸の果実を撫でられた。
下半身が熱を孕む。腕は抵抗する力をなくしてしまい、ただ門脇の腕を掴むことしか出来なくなってしまった。
「……すまん、今、あんまり動けんから……これで、勘弁な」
そう言って耳朶を軽く噛んでから、門脇は短パンを引き下げた。
「やめ……!!」
顕わになったそこは惨めになるくらい正直に張りつめていた。
門脇は蜜の滴る物欲しげなそれに手を添え、蜜の潤いを利用して指で愛撫を施した。
耳を塞ぎたくなるような、淫らな水音が耳に入ってくる。
「……んぅ……っ、く」
声が出ないように指を食い締める。瑞垣は呆気なく門脇の手の中に吐き出してしまった。
「……しん、じ、らんね……アボ……!」
切れ切れの罵倒を投げかけると、門脇はしれっと答えた。
「……でも、欲しかったじゃろ?」
「い……いらん……!」と言いかけた瑞垣に優しく口づけて、言葉を遮る。
「俺は……こうしたかったんじゃが」
あまりにストレートな門脇の言葉に、瑞垣は絶句してしまう。
お前には葛藤とか懊悩とかいう言葉はないのか、と言いかけて止めた。
こいつは昔から、一度決めたら絶対に信念を曲げない奴だった。
瑞垣の中にあったわだかまりが、少しずつ溶けてゆく。
「……色々我慢して努力した気になっとったのに、結局怪我だけして帰ってきて……カッコわりぃな、俺。」
達観した言葉で自らを納得させようとする言葉を吐く門脇の表情を、ちらりと覗き見る。
今にも泣き出しそうな、笑顔。瑞垣は目配せして、門脇に次の言葉を促した。
「あの時、点が取れたからまだマシじゃったが……先輩達は、冷たい態度じゃったから、結構コタえた。
俺は横手で……お前のおかげで、本当に楽しい野球をさせてもらっとったんじゃな」
「……何、弱気になっとんじゃ。野球でメシ喰っていこうかって奴が。プロの世界なんてそんなもんじゃろ。
……ぱくりと食われちまうぞ」 ただ野球を好きな奴ならごまんといる。
しかしそれがプロや社会人野球となると、途端に生臭い噂を聞き始める。
そんな修羅の世界に、生きていく事になるのは幸運なのか不幸なのか。
でも、門脇だったらその実力で渡っていける。
瑞垣は信仰のように、幼馴染みの野球の腕を信頼していた。
そして、その芯の強い性格も。
「そうかもしれん。……野球は好きじゃ。好きじゃが……それだけじゃ、潰される世界だってのは、ここ半年で痛感したから」 一言一言を噛み含めるように、途切れ途切れの門脇の言葉が、瑞垣の中に滑り込んでくる。
「オレみたいにひねくれた奴は、お前みたいに順調なのを見るとそりゃあイジめたくもなるぜ。
そういう奴らは、自分が能なしな事なんて棚に上げやがるからな」
「……」
門脇は無言だった。高校でどんな風な扱いをされているか、だいたい想像はつく。
本当に嫉妬深いのは女じゃなくて男の方だ。しかもそのやり口は陰湿を極める。
「出る杭は打たれるのが日本社会の有り様ですから。
そうされたくなきゃ、どうきゅうせい一年を味方につけとくんじゃな」
「……なあ、俊」
しばしの沈黙の後、遠慮がちな口調で門脇が問うた。
「お前……もう、野球、やる気ないんか? そう簡単に……野球、忘れられるんか?」
今度は瑞垣が言葉に詰まった。高校に入る前に、様々な人間から、何度も投げかけられた問い。
「……オレのことは、どうでもいいじゃろ。高校じゃ一応トップ30に入っとる。
あと二年半、この成績を維持しようと思ったら部活なんてやっとれんじゃろ?」
「でも……なんで、お前、そんなつまらなそうな顔、しとる?」
門脇と違って、オレは自分の言葉で自分を誤魔化す事なんていくらでも出来る。
半ば自らを説得させる為に吐いた台詞を、門脇は一蹴した。
「お前、確かに、野球が嫌いなのかもしれん。けど、小さい頃から叩き込まれた野球を、身体が忘れきれるんか……?」
新田との試合の後、グラブはボールと一緒にヒモで縛って押し入れに放り込んでしまったが、夜のランニングとストレッチだけはなんとなく続けていた。
課題が山ほど出た時でも、気分転換、と適当な理由をつけて、外に走りに出かける自分がいる。
「……忘れきれんから、しとうないんじゃ」
謎かけのような本音が、唇からこぼれ落ちた。
「黙れよ、秀吾」
話をそらすように跪き、門脇のジャージの中へ乱暴に手を突っ込む。
「……さっきの、お返しじゃ。お前のだって、こんなになっとる」
「俊、はぐらかすな……っ!」
大胆な行動で門脇の言葉を遮る。足が固められているような状況でセックスしたいなんて、流石に言う気はない。
けれども、門脇に触れられた身体は高ぶって、欲しい気持ちが心の動揺など押し流してくれる。……多分。
「秀吾が煽ったのが悪い。……オレの口の中で、イケよ」
制止しようとする門脇を無視して、瑞垣は切望していたそれに舌を這わせた。まるで逃げるように。