代理戦争/最下層街編/起・消化/2


「ぅふぁああ――――!」
口枷に阻まれて、不明瞭な発音になった叫びが迸った。

だが、その絶叫は妙に長い。
「ぁ、あー!は、ああっ、あー!」
「あーぁ、あんま仰け反るから、出せなくなっちゃうんだって」
ハダレは手の中の性器を見ながら言った。
ビュクビュクッと痙攣しながら、男の粘ついた白濁が、勢い無く小刻みに吐き出されている。

男が強く仰け反ったために性器の根元が強く拘束されて、いった瞬間に塞き止められてしまったのだ。 身体から力が抜けると鎖が緩み射精できるが、 その刺激に身体を強張らせると再び射精阻害されてしまう。 悪魔のような仕掛けだった。いささか原始的だが。
男がのた打ち回っている間に、ハダレは観客席の方を見た。 こんな仕掛けを渡して、男を嬲りまわせと依頼してきた組織の監視役がどこかにいるはずだからだ。
所詮いかに強くあろうと、戦士は一個人に過ぎない。 気に食わないことをして睨まれるのは嫌だし、仕事が回ってこなければ日干しになる。それはゴメンだ。 監視役の顔色をうかがって、特に不満そうでなければもう終えてしまおう、 そう思って客席を見まわすハダレの眉が僅かに疑問に歪んだ。

(……なんか……あからさまに、変な奴がいる……)
もちろん仮装しているやつがいるとか、そういう事ではない。
明らかに周りの観客とはテンションや雰囲気の違う、『客以外の人間』がいるのだ。しかも一人二人ではなく。
例えば監視役のような、何かの意図を持った雰囲気の人間が代理戦争にいる事はよくあることにすぎない。
代理戦争はときに組織の存亡にさえかかわるから、これはいい。
ところが今日は同じ意図を持った、同じ雰囲気の人間が沢山いるような感じだ。
これは常にない事である。

(このおっさんの値段付けに来た?……いや、若くも綺麗でもないおっさんにそんな注目しないだろ。なんだこれ)
ハダレは僅かに緊張した。いつもと違う事は、どんなに些細な事でも気に留めておいて損は無い。 それが、彼が戦場に立つようになってから――いや、ここに来てから学んだ事だった。
だが、客席を探ってばかりもいられない。
監視役は早く次に進め、と言っている。こちらが気を使ったのが馬鹿みたいに。
(……まぁ、あんまお客さん待たせると退屈するし。おっさんも冷めちゃうだろうし、終わってから気にするか……)
ハダレは僅かに溜息をついて、視線を戦場に戻した。
そこには更に無残になった男、モウジの姿があった。

両手を後に、足を伸ばしたまま縛られ、口枷で話す術を塞がれ、尻尾が生えているのは変わらない。 男の上半身は噛み傷や引っかき傷で彩られ、赤い線と僅かな白濁が抽象画のように渦巻いている。 片方の乳首には金色の、B社の社章の刻まれたピアスが嵌められていて、 そこから同色の鎖が性器まで伸びている。今は萎えた性器の根元に、赤く鬱血した線が残っていた。 顔はこじ開けられたままのあごから涎が止まらず、見苦しいことこのうえない。 その瞳に最初の自信に満ち、こちらを見下しすらした光はない。汚い涙を流し、媚びるような目になっている。 ハダレにはそれが見るも汚らわしい嫌なものにも見えたが、同時に慈愛にも似た愛しさがこみ上げてくるのを感じた。 その惨めな姿は相手と自分の圧倒的な力の差を感じさせるものであり、陶酔を招くものであったからだ。

ハダレは男と視線を結んだまま、ゆっくりと立ちあがった。 次に何をされるのかという共通の疑問の末に浮かんできた感情――不安と、怯えと、嫌悪と、期待。 それに口では答えずに、行為で答えてやろうとハダレは思った。
男の身体の下につま先を入れて、かなりの力で蹴りながらひっくり返す。
くぐもった呻き声を上げながら、逃げるように、半ば自分でうつ伏せになった男。
その鼻先に膝をついた。
見上げてくる男に、ハダレはにっこりと笑いかけて告げる。
「舐めて」

――突き出されたゴム手袋の指には、最初のオイル以外に、
男の2種類の体液がたっぷりと絡んでいた。

モウジはかっと目を見開いた。
信じられないとでもいいたげに、顎をがくがくと動かすが、口枷が発音を阻む。
「ぁう、う……」
「舐めて。簡単じゃん」
ほらほらと青年が指を突き出すと、その分男の頭が背けられた。 一丁前に気持ち良くさせられておきながら、こちらからは奉仕できないという姿勢らしい。
「ほーらー」
ハダレの骨ばった指には、根元まで透明な先走りと白い精液が絡んでいる。 異臭さえするそれを、どうやって口に含めというのか。 男が縋るようにハダレを見上げる。首を横に振りながら、のたうって顔を背けようとする。
何も言わず、ハダレはその首根っこを掴んで引き戻すと、その口に指を突き込んだ。
「ぉごっ……!」
「舐めろ」
吐き戻しそうな不愉快な音を立てたモウジには構わず、指を殆ど根元まで差し入れて待つ。
苦悶する男が、殆ど無意識に指を押し出そうと蠢かせる舌の感触が、疲れた指に心地よかった。
濡れた感触はあるのに、指そのものに湿り気を感じる事は無い。
そのくせ、舌がどれだけ熱いかとか、這いまわる動きの一つ一つまで分かる。
…………ハダレは、ゴム手袋を発明した誰かにちょっとだけ感謝した。

暫くすると、モウジは観念したように指を舐めてきた。 さっきのきつい一言で、殆ど絶望したような表情になっている。 かといって、積極的に身を落す訳でもなく、実にまだるっこしい舌遣いで、とろとろとろとろ舐めている。
ハダレは言ってやった。
「……んー、もうちょっと思いきり良く舐めれば早く終わるかも」
――途端に舌遣いが早くなると言う事は、男はこの舞台を早く降りたがっているということだろう。
だがこの戦場から降りても、彼には以前のような勝利者の日々は戻ってこない。
B社に引き渡されるか、A社が始末するのか、それとも第三者に金で買われるなりするのか。 彼の将来などハダレに関係は無かったが、その末路は代理戦争にかかわる1人として、哀れみと悪寒を感じざるを得ない。1
モウジというこの男は、つい十日前までこんな盛況と栄華の中にいた。
正常な秩序の『円』の中で大勢に囲まれ、安寧の中で自由をむさぼっていた。

――ハダレという人間は一体いつまで勝利者でいられるのだろうか。


「……もういいや」
ちゅぽ、という粘ついた音を残して青年の指が引きぬかれる。
うん、きれいになったと言うと、男が安心したように肩を落す。
白い精も透明な先走りもすっかり拭われて唾液だけが残っている状態を、
果たしてきれいといっていいのか、それは怪しかったが。
ハダレはキレイに出来た褒美を与えるような、優しい声色で言った。
「じゃーこっちも頼むから」
男の鼻先には裏腹に、たった今取り出した、しかし怒張したハダレの性器が突きつけられていた。

男の顔が、しかめたついでに泣きそうになっていた。 大きさも身体相応というか、男のそれよりも一回り、もしかしたらもう少し小さい。 この荒れた環境の中でもきちんと洗っているらしく、匂い自体はえぐみが少なく、先ほどの指より薄いくらいだ。 形も硬さも程々で、色も初々しすぎず沈着しすぎずのいいラインを保っている。 女性受けしそうな、或いは好まれるならば男性受けすらしそうな上々の一品だった。
それでも、それを銜えるのは憚られて、男は青年を見上げた。
すがる様に短い睫を濡らし、無言の哀願をする。
「ん?ダメ?」
必死に首を縦に振るモウジ。
「えー、折角だから舐めとかない?」
まるで行き付けの店で一杯の酒を余計に勧めるような口ぶりに、男が狂ったように拒絶する。
なだめるように、青年は男の頭に手を置いた。ちっとも困っていない口ぶりで、困ったように言う。
「舐めておかないとさー、血で滑り良くするしかないんだけど」
「………………ぅっ…………」
尻の痛みを今やっと思い出したのか、モウジは詰まったような声を出す。 その記憶を鮮やかに蘇らせてやるために、ハダレは尻をずらして身体を乗り出し、モウジの尻から生えている玩具をつついた。
「ぁっ……う、ぁ!」
怯えて手から逃れようと身をくねらせる男。
それを追いかけてハダレは玩具に手をかけ、力をこめてそれを引き出す。
「あああ、ぁがぁああー!」
筋力がよほど強いのか、渾身の力をこめても抜き出す事は出来なかったが、
それは言い換えれば粘膜への強い摩擦があったことを示す。
満足げに尻尾から手を引きながら、ハダレは悶える男にもう一度だけ言った。
「折角だからさぁ……舐めておこうよ?」

……モウジはなお暫く、震えていたが、やがておそるおそるそれに顔を近づけていった。



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