その日の店の混み様には誰もが辟易していた。
今散々に嬲られているモウジのファンも、そうでないものも、
今散々に嬲っているハダレのファンも、そうでないものも、
いつもこの辺りに溜まっているものも、次の試合の席だけ取れたものも、とにかく全員が。
この混雑を予想して、店の方でも会場を整え、普段は従業員用の通路である2階部分を解放して客を入れ、
バーの椅子の配置すら工夫して席数を増やした。
それでも舞台が見えないと騒ぐ客がいる事は驚きであり、うれしい悲鳴をあげたくなる事態だった。
飲食物の注文もいつもの倍ほどの数が押し寄せ、てんてこ舞いの状態だ。
店を仕切る女性――先日、ハダレとコーラ越しに話していた女性だ――は、
普段は落ち付いて客の相手をしながら酒を作ったり、会計をしていることが多いが、
今日はせわしく、会話などほとんどできずに仕事をしている。
ウエイトレスの手が足りずに、客が自分で席まで酒を持っていく事すらあった。
「いやぁ、奴さんが試合すると儲かるけど大変だな」
そう言って慰めて――労わってくれる客もいたが、ほとんど生返事位しか返す余裕が無い。
かといって、客や従業員の手前、表立って溜息をつくことは憚られる。
そう言うわけで、彼女は足もとの棚から物を取り出すついでに、深いため息をついた。
この数時間で胸のそこに澱の様に溜まった疲労感が口から吐き出される感じがする。
しかし疲労感のほとんどは逆に全身に回り、もう立ちあがりたくない気すらおこさせてもくる。
女性はもう一度溜息をつくと、反動をつけて立ちあがった。
その勢いで幾杯かの酒を作り、ウエイトレスを呼ぼうと店内を見まわすと、
溜息をつく前は気が付かなかったことに気が付いた。
店のそこかしこに、見た事の無い客がいた。
いや、それだけであれば、いつもは代理戦争に縁の無い知り合いを常連が引っ張ってきたのかとも思えない事も無い。
だがそういった客が積極的に周りと会話するのに対して、その見なれない客達はほとんど周囲と会話することなく
値踏みするような目で戦場を眺めていた。
周囲もそう言う雰囲気を察したのか、どことなく雰囲気の濃淡のようなものができている。
舞台を大きく囲った観客の『円』を乱す、何か。それが女性に薄ぼんやりと見えた。
女性はなおも手を休めずに仕事を続けながら、考えた。
こう言った状況は、果たして良い事の前兆か、悪い事の前兆か。
――その時、ウエイトレスの一人が酒のビンを落して割り、けたたましい叫びをあげた。
どうやら体格のいい客に押されてよろけたらしい。
周りの男たち――女性客は今日は少ない――は、迷惑そうにしながらも
掃除をするウエイトレスのミニスカートから覗く下着を見て、にやにやしている。
呆れながらもその騒ぎの始末をしようと、女性はモップ片手に男たちを押しのけた。
「あぶぁっ!!」
モウジは突然の痛みに、緩みかけていた頭に火花が散るのを感じた。
殴られて、拘束されて、ピアスまで開けられて、それで頭が緩むというのも有り得ない話しのようだが、
自分の余りの失態の大きさ、或いは愚かさに半ば呆然としていた為に、それは事実になっていた。
モウジは必死に仰向けの身体の首だけ起こして、痛みが襲う方を見ようともがく。
――そこまでして、彼はやっと自分の乳首と性器に痛みが襲っているのを理解した。
「いや、何かあんま気持ち良さげにされてると、こっちの立場がさぁ」
モウジの右足の脛に自分の足を乗せて――必然的に、繋がった両足を押さえている事と同じになる――、
男の使い込まれた性器を扱く青年を見て、男の顔が歪む。それはもう、怯えた風に。
青年のゴム手袋に包まれた指には、乳首のピアスから性器を結ぶ細い鎖が摘まれていた。
それを引っ張ると、未だろくに血も止まらない乳首と、根元を押さえられた性器が同時に痛んだ。
痛むからといって仰け反ると、更に強い、どちらかが千切れそうなほどの痛みが彼を苛む。
「まーオレも不慣れだし、あんま抵抗されると困ったんだけど……」
その痛みを与えながらも、開いた手で男のものを扱いてやる。
ゴム手袋越しの性器の感触というのは、嫌悪感も無く、適度に弾力があって面白い。
素手で自分のをやるのとは全く違う。
「……マジでMっ気あんじゃねぇ?もう汁だくだし」
「ふ、……ぅぐっ……」
ハダレが先走りに濡れた手を観客に向けて広げて見せる。
嘲笑されたモウジは、快感と痛みが中断されて僅かに取り戻した理性で、涙の滲むような強い屈辱を感じた。
あの観客達の中には、さっきまで自分に媚びていた女と、顎で使っていた後輩がいるはずなのだ。
彼等は今何を思っているのだろう。だらしない奴だ、あんな奴を頼っていたのだと呆れているだろうか。
それとも暫く拠り所になってくれた惨めな男に嘲笑を贈るのだろうか。
ばいばい、金づる。さようなら、『モウジの付き人』ブランド。そんな風に。
それとも、まさか悲しんでいたりすることは――あるまい。
「なァに考えてんですかー?」
「!ふぁあッ……あ、あ」
青年の引く鎖に思考を引きずり戻されて、男が身体を仰け反らせた。
のた打ち回る様を見下ろして、嬉しそうなハダレは言った。緩急をつけて鎖を引きながら。
「あんま考え事してると、もっとすげぇ事するよ?
……あ、もしかして恋人とか、友達とか、そーいうこと考えてた?」
男の乳首はピアス穴を広げられ、新しく血の筋を脇腹へと描いている。
それ以外の傷からの血は大方止まっていて、皮膚に複雑な絵を描いていた。
――ハダレは、そのうちの一つに爪を立ててこじ開けた。
「……は、ぁ、……んがぅっ!」
男の身体が一際大きく仰け反って、青年は何もしていないのに勝手に乳首への苦痛を味わっている。
一方、青年の手で扱かれつづけている性器は、苦痛の刺激の度にビクビクと震えた。
もうイキそうなのかもしれない。
ハダレは容赦無く、無造作にそれを刺激しながら言った。手付き以上に容赦の無い言葉を。
「もう考えない方がいいんじゃね?
……オレがあんたとつきあいがあったら、情けなくって情けなくってもう縁切るだろうし。
だって、前の試合までの勝てて稼げるあんたに皆群がってたんでしょ?」
「うう……ぅふう」
男の眉が歪んだ。そんな言葉を信じたくない、という思いがありありと見て取れる。
「だけど、あんたは今日の試合で今までの地位から蹴り落とされた。イメージダウンもすごいよね」
その揶揄に、はっと男が周囲を視線で撫でた。
直情的な行動に、にやにやと笑いながらハダレは続けた。
「それに調べたら、あんたの実質的な身分保障はA社がやってるらしいじゃん?」
現行法がほとんど通用しないこのあたりでは、身分の保証がもっとも困難かつ必須だ。
それこそ身分保障の無い人間は首輪の無い犬と同じで、どうされても実質的に文句の言える立場ではない。
代理戦争の戦士の場合、管理機構が一応請け負う事になっていて、戦士もそうすることが義務とされているが、
それよりどこかの強力な組織に多少寄りかかっていたほうが何かと便利だ。
うっかり命を狙われるなどの緊急事態になったとき、すぐに有効に動いてくれるのは、そういう集団だからこそだ。
だから、何かと恨みを買いやすいモウジのようなタイプは、組織の保障がなくなると死活問題になる。
「どうしようね明日から。負けた上に、その原因がどうしようもない自分のミスと来た。
……それを踏まえて、新しく保障してくれる組織とか、人とか、いると思う?」
ハダレの言葉は勝者の言葉であり、反論したい内容を多分に含んでいたが、同時にここでの正論であった。
勝者はいつか倒される。倒れた勝者には誰も見向きもしない。勝てない勝者に価値はない。
特に愚鈍なものなど、世界がすぐに見捨てる。
秩序の『円』を乱したものは、自身の帰結を断ち切られて外に放り出される。
――それこそ、何の保証も無い『円』の外へ。それはたまらなく恐ろしいことだった。
「いねぇに決まってんだろうが」
青年は真顔になって言い放つと、スパートをかけた。
「はぅ、あぅっ、ぁ!ぐ……あふっ」
弱く鎖を引いて萎えない程度に痛みを与えながら、性器は激しく扱く。
クチャクチャと、粘液質な音が男の悲鳴――或いは嬌声と混じって、更に観客の喚声と混じって消えていく。
「ぁ、あ、ぁ、あ……」
男のうめきが単音になり、単調になり、切羽詰る。
ハダレは身体をかがめて、ピアスごと乳首を強く吸いながら、最後の一扱きといわんばかりに強く性器を擦った。
途端に、男の分厚いからだが反った。鎖がぴんと強く張って、乳首を下に、性器を上に引っ張った。
――どうやら、果てたらしい。
「ぅふぁああ――――!」
口枷に阻まれて、不明瞭な発音になった叫びが迸った。
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