代理戦争/最下層街編/終・復活/2


「して……いいのか?」
「……いい」
「本当に?」
「いいって」
「後悔しないか?」
「いいってば」
「嘘じゃないな」
「だからいいってば!」
鏡に映るハダレが吼えた。
その顔には、手術直後から比べるといくらか減ったものの、
まだまだ痛々しい包帯が巻かれている。
問答は後ろに立ったウスライとのものだ。その手は包帯止めにかかっている。
水を飲んだ日から数日後。
初めて、ハダレとウスライが顔面の傷を拝む時が来た。
ずっと看護婦に消毒されていたため本人すら見たことのない傷が
日の下にさらされる日とあって、ウスライの表情は暗い。
だが張本人の顔は明るかった。
「そんな暗い顔すんなよ。な?」
そんなことすら言ってのける顔には、笑顔さえ浮かんでいる。
「……お前は強いな……」
ますます罪悪感に駆られて落ち込むウスライ。
見たところで何が変わるわけでもないが、さりとてルンルン気分でも見れない。
らしくないほどもじもじしている男に、
「はやくーはやくー」
おどけた様子で椅子に座ったまま体をゆする青年は、
体から肉が削げた以外は以前のままだった。頭の後ろに手をやり、
「あーもーオレやっちゃうぞ」
などというものだから、ウスライはその手を押さえて包帯止めを取った。
はら、はらと一周づつゆっくりほどけていく包帯。
そしてガーゼが落ちた瞬間、包帯全体が緩んで、一気にすとんと首まで落ちた。
ハダレとウスライは鏡を見た。

「……」
「へへ、ハクがついたってやつ?」
鏡の中のハダレが笑った。
「意外と綺麗にくっつくもんだな。スパっとやられると、やっぱ違うのかな?」
明らかな傷が残ったものの、思いのほかいびつさがなくくっついた瞼に驚く。
しげしげと見つめると、右眼の中も動く感じがする。
眼窩の縮小を防ぐ手術用義眼が入っているのだ。
一通り眺めた後、ハダレは視線をあげた。ウスライの反応を見るために。
――やはり、暗い顔は隠せないようだった。
「ウスライ」
呼びかけると、視線があった。
「辛そうにすんなよ」
な、と言うと、余計に死にそうな顔になる。
何というか、謝りたいようなでも謝っても何も解決しないと思っているような
さりとて暗い顔をしているのも本人の負担になるのではないかとか
色々考えすぎて沈黙しているかのような。
そんな暗い顔してほしくない。そう思い、ハダレは言った。
「オレは怒ったり恨んだりしてないからな」
久しぶりに拝んだ地肌をぺたぺた撫でる。
「そりゃあ、傷なんてないほうがいいけどさ」
「……すまない」
「だからもういいってば」
ハダレは頭を振った。
そして鏡越しではなく、
「あんたの左腕と同じ。あの時はどうでもよかったの。
 そんで、すごい後悔したけど、今はあんたがいてくれるからもういい」
振り仰いでウスライに告げる。
後悔を微塵もしていないというと嘘だ。これから先の不安もある。
けれど、瞬間瞬間を切り取ると決して嫌な思いだけではないのも本当だった。
「まあ、あんたの顔を両目で拝めないのが残念だけどな」
冗談めかして笑うと、やっとウスライの顔が少し明るくなった。
優しい視線を受け取ることができるのはとてもうれしい。

続いてハダレが鏡の前で敢行したのは散髪だった。
茶色の髪と赤い髪が混じる様は、お世辞にもスタイリッシュとは言えない。
それにぼうぼうに伸びて顔周りが猛烈にチクチクした。

「よくあんたは長いのに耐えられるな」
看護婦に切ってもらいながら(手数料を取られた)、
自分の床に座ってこちらを見ていたウスライに話しかける。
「手入れも大変だし、何より邪魔くさいし」
「動かないでください」
ビシッと言われて姿勢をただすと、耳の傍をはさみがかすめるのを感じた。
「中途半端に長いよりはこちらの方がいい。結べるしな」
言われて気になったのか、ウスライが自分の髪に手櫛を入れた。
それが様になっている姿を横目に、ハダレはため息をついた。
一度くらいは少し延ばしてかっこつけてみたいと思ったが、耐えられそうにない。
「オレには長いのはムリだわ」
「動かないでください」
首筋にハサミの刃があたって、ハダレはぶるりと体を震わせた。

「どーよ」
小一時間後、こざっぱりとした頭のハダレが振り返った。
髪型自体は変わっておらず、全体を短くしただけだが、
茶髪から赤髪に変わったこともあって印象はかなり変わっている。
「赤い髪の人間をあまり見たことがないからな。新鮮だ」
ウスライが正直な感想を述べる。
「思ったより赤い」
もっと茶髪に近いと思っていた、と呟く。
そんな男に、いたずらっぽい笑いを浮かべてハダレは近づいた。
「触る?」
ひょいと頭を差し出すと、ウスライが呆れながらも手を伸ばすのが分かった。
――だが、髪には何も触れない。
ん?と顔をあげると、頭を締め付ける何かを感じた。
「な、なに?」
「落とし物を預かっていた」
意味が分からずウスライを見ると、鏡を指さされる。促されるままに鏡をのぞく。
――あっと息を呑んだ。
「オレの眼帯!なくしたやつ!」
「拾っておいたんだ」
鏡を指さしたままで呆然としているハダレ。
「あの屋上で、目が覚めたらそれが落ちていた。洗っておいたぞ」
ぽーっとしたままのハダレに、今度はウスライがいたずらっぽく言った。
そこに口づけたことは伏せたまま。



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