代理戦争/最下層街編/終・復活/5


「…………」
「…………」
二人とも無言だった。
そして、それ以外にだれ一人として言葉を発するものもなく、
結果として空間は闇と静寂に包まれていた。
決して広いとは言えない空間で見つめあうより強く
視線を絡ませている二人は微動だにせず、
互いの主張をぶつけ合うようにそれを合わせていた。
カッ、カッという時計の針が進む音ばかりが妙に響く。

先に静寂を破ったのはウスライだった。
さらに、返答は短く。
「無理だ」
かすかにかぶりを振ると、長い髪がぱたぱたと揺れる。
「俺は『異』がないとはいえ、故郷に戻ればその身は自由にならない。
 結婚も自由にできないといっただろう。その通りなんだ。
 だからお前とは……」
「いや?」
ウスライの言葉を遮るようにハダレは尋ねた。
「出来るとか出来ないじゃなくて、イヤか?」
「ハダレ」
咎めるように呼ぶが、ハダレは追いすがるように続ける。
「やっぱり気持ち悪い?オレがキスしたとき、そう思った?
 男はダメ?『異』はキライ?
 それならしょうがないよ、だけどそうじゃないなら諦められそうにないんだ」
「ハダレ……」
息をついてその必死な目を見つめる。
「それで故郷へ来たいと?」
「一緒にいたいんだ……」
蒼い瞳は涙の膜で潤み、揺れているように見えた。
「最初に試合した時からずっと好きだった。
 かっこよくて、オレにはないものを沢山持ってるアンタが大好きになった。
 捕まってる時も、犯されてる時も、アンタの事が心配でしょうがなかった。
 死んでたらどうしようって。生きててほしいって心の底から思ったんだ。
 もう一回ちゃんと好きだって言いたかった」
「……」
「アンタに触れられてるとすごく幸せでさ。
 喋ってるだけで楽しくて、また明日も一緒にいたくてしょうがないんだ。
 …………そのためなら命だって惜しくなかった」
その言葉が差すのは、あのカギロイとの死闘だろう。
あのまま一瞬でもハダレが踏み込むのが早ければ、その体は刀で立ち割られ
今頃こうして言葉を交わす事もなかっただろう。
「『異』がなくなったことだって今は後悔してない!
 アンタ言ったよな、『もう一度お前と話す事が出来てとてもよかった』って。
 オレもそう思ってる、アンタと言葉を交わして、アンタの前で泣いて、
 何もほかに要らないしどうでもいいって思ったんだ……」
「そうか」
ウスライは短く頷いた。
それをきっかけとしたように、ハダレの言葉の奔流が少し緩やかになる。
「……でも、ちょっと、『欲』が出てきちゃった。
 アンタともうちょっと一緒にいたい。一緒にいて、いろんなことしたい。
 こんなに……こんなに誰かのこと好きになるの、初めてなんだ……」
言葉の勢いとともに段々と頭を下げながら、ハダレは全身の雰囲気を緩ませた。
発作でも起こったように苦しげに胸を押さえながら、
「どうしてかな……『異』の興奮のときに鼓動が激しくなるのはイヤなのに……
 アンタ見てるときに同じくらいドキドキするのは全然良くてさ。
 不思議なんだ。とっても」
その俯いた頭の、赤い髪の間からのぞく両耳がほのかに血色を良くしている。
おそらくその頬も朱が差していることだろう。
ウスライはそう予見して、じっと視線を注ぎ続けた。
それを知ってか知らずか、ハダレはウスライの腰に頭を預けた。
とさ、と押しつけると、その耳が一層赤くなった。
「好きなんだ……好き……」
ウスライはじっとその様子を眺めた。
その脳裏に、どこかで聞いた言葉の一節が浮かぶ。
興奮型の『異』の通常時特性――仲間と認めたものに関しては、一途で愛情深い。

「……ハダレ」
名を呼ばれて、ハダレの方がビクッと震えた。
はねた、というのが正しいだろうか、大仰なまでに大きく震え、そして小さく震えだす。
――恐ろしいのだろうか。そう考えて、そうなのだろうと結論付ける。
その肩に手をかけ、ウスライは呟くように告げる。
「俺は生まれてこの方、女以外と付き合ったことがない」
「うん……」
「お前は俺と共に行きたいと言った。色々な事がしたいと言った。
 それにはキス以上の事も含まれるか?」
「…………たぶん」
長い沈黙のあとに、ハダレの頭が下にこくんと揺れた。
「オレ、アンタにならされてもいい」
「……俺は……」
ぽつり、とウスライが呟く。
まるで言葉が思考に先行して出てきてしまったように。
また長い沈黙が場に落ちた。

ウスライは天を見上げた。実際に見えたのは天井だったが、
それでも誰かの助けを求めるように。
呼吸をするたびに腹に押し当てられているハダレの頭の存在を感じた。
どうするべきか――その法は一つなのに、どうすればいいのか戸惑う。

気がつくと、己の両手がハダレの頭をなでていた。



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