代理戦争/最下層街編/起・嘔吐/2


※微量の血液描写有り※

――ハダレは転がっていた新たなビンに手を伸ばして、苦心して捕まえた。
どぎついピンクの、妖しげなラベルのついた小瓶――その封を歯で抑え、ひねって栓を開ける。
「仕方……ない…………か……」
そして中身の半分を男の口枷の真中にぶちまけ、残りの半分の半分を結合部に、
最後の残りを掌に取ると、そのまま男の性器を扱き出した。
「ふぁッ……!?」
「……心配ッ……ない。ちょっとぶっ飛ぶ……だけ」
何をした、とでもいいたげな表情で振りかえるモウジに、ハダレは答えてやった。
運動のせいか、興奮のせいか、息が上がり気味になる。
「B社お得意の…ん……薬。すぐ効く」

そういいながら、ハダレは自分自身に薬が染み渡り、ほんの少しずつ興奮が高まるのを感じていた。
最初は冷たいというか、温度的に違和感を感じさせていた液体が、あるときを境にかっと熱く感じられるようになるのだ。
結合部に垂らした分が効いてきた、その証拠である。
「……ぁ…………ぁッ……」
自分のペースで腰を動かしていると、思わず吐息に小さな喘ぎが混じる。
このまま1人だけ興奮していたら格好悪いのでモウジを見遣ると、よかった、彼の方が興奮しているようだった。
「ぅあっ……んぅ」
ハダレの手の中にある性器が力に満ちてくるのを感じて、ハダレは一息ついた。
ついで、モウジの中も僅かにゆるんで、いい具合に仕上がって来ていた。
「……んぐッ!」
だがその背を反らす度にピアスと鎖が彼を苛む。
壊れたようにぼろぼろと涙を流す男を見下ろしながら、ハダレは言った。
「……あんまし……っそうしてると……乳首千切れちゃうかもしんないよっ……」
「ぅう……」
男が怯えたように一瞬身を竦めるが、数回も突き上げてやるとすっかり忘れて
思いっきり背中を反らせては身を縮め、の繰り返しだ。

ハダレは笑った。
男の中に刺激されている自身が気持ち良かったから。
男を嬲って生まれる歓声が気持ち良かったから。
男の精神を引き裂き、肉体を破壊し、両方をゴミのように踏みにじる行為が気持ち良かったから。
そしてその結果証明された、自分の持つ力と、その力を持つ自分に酔う事が楽しかったから、笑った。
モウジの肉道の『円』と、観客の『円』と、舞台を照らすライトの『円』の中心で、
ハダレはたった一人誰にも侵犯されることなく笑い続けた。


リングを、いやその上の人間を眺める目には熱っぽくないものがあると言った。
代理戦争の勝敗には、昔の司法による裁判と同じく、様々なものがかかっているからだ。
譲れない主張があるならば、昔は相手よりも優秀な弁護士を雇った。
今では、強く賢く、相手よりも優秀なものを雇うものだという認識である。
殊に――今まで、ただの一度も負けた事の無いものを相手取るなら、更に慎重になるべきだった。
そして慎重に慎重を重ねて選ばれた男が、その姿をバーの席から眺めている。
ハダレという青年が、男を犯して笑っているその背中を。
皮肉にも、かの青年が以前男を眺めていた席で。

歳は二十歳半ばほどに見えた。
が、老けた新成人と言われても、若作りの三十路と言われても納得できそうな雰囲気をまとっている。
背が高く、モウジのような目立つ筋肉は無いが、かといってハダレのように細いわけでもない。
目を引くのはその男が全身黒ずくめな事だった。
着ている物はおろか、少し長く垂れている髪も、瞳も、真っ黒といって良かった。
――試合が終盤に差し掛かり、観客が舞台に注目してオーダーが減り、
やっと人心地ついた女性がカウンターに戻ってきたときに、真っ先にその男が目を引いた。
思わず、話しかけてしまった。
「……なんだい、あんまり盛りあがってないわね」
男は視線から先に振りかえり、ついで顔全体を女性に向ける。
その顔は、この辺りの人間が起伏の激しい顔立ちをしているのと対照的に、のっぺりとしていた。
無表情で、主張の激しさは無く、ただ瞳の黒が映える、凛とした雪景色のようだ。
――彼女は、男のその顔を、素直に綺麗だと結論付けた。
「いいわよ、『仕事』なんでしょう?分かってるわよ」
「……ああ」
短い返答。だが、気を悪くした様子は見えない。
「ここで戦ってる中でよく話す子がいてね。その子がそういう目で試合を見てるのよ。貴方、ここは初めて?」
「…………そうだ」
「代理戦争をした事はある?」
「ある」
「貴方、強いの?」
調子に乗って質問してしまったが、男が機嫌を損ねる事は無かった。
「勝つということが強いということならば」
女性は彼が以外と饒舌である事にも驚いたし、その返答にも驚いた。
彼女の知る限り、負けた事の無い人間は例の青年――ハダレしかいない。彼とは随分、タイプの違う人間だ。
だが、自分が強いということを淀み無く口にできるというその心根は似ていなくも無い。
女性は年下の男たちを見守るような心地で手作業をしていた。

――その手がふと止まる。
「……貴方、次に『仕事』なの?」
「ああ」
「この試合を見にきたの?」
彼女は自分が動揺している事に気がついた。
肩入れするわけではないが――女性はハダレという青年を悪く思ったことは無い。
たいていの人間は、少し勝つと驕りだして恨みを買ったり陥れられたりしてすぐ消えていく。
その点ハダレは謙虚とはいえないが、見当違いの思い上がりをしたり尊大な態度を取ることはせず、
いろいろな人間に分け隔てない、さっぱりとした態度で接してきた。
不敗神話を持っても変わらない屈託の無い笑いを浮かべる心根を、女性は好ましくさえ思っていた。
「そうだ」
「……じゃ、貴方の相手って」
女性の手が震えた。がたがたと音を立てそうな指先が、ガラスのデカンタを落としそうになっていた。

「あ、アッ……ふぁ゛っ!ふっ!」
男の歯の裏が口枷に当たるのか、カチカチという音が突き上げるリズムと同調して聞こえる。
歯を食いしばろうとしているらしいが、無駄である。金属の輪がぎっちりと阻止している。
声も唾液も、グチャグチャに踏みにじられた「モウジ」という人格さえも、ぽっかりと開いた口腔から零れて行く。
「……ッ……も……人間辞めてる……なぁ……モウジさん?」
今のモウジという男は薬に惑わされ、ハダレに蹂躙されて、凄絶なまでの姿で快楽を追っていた。
幾多の敵を睨み据えた眼がとろんと濁り、幾多の舞台装置を破壊した手足は拘束され、
ハダレの腕がどうにか回るくらいの太く強靭な腰は青年に合わせて揺れている。
その体の下では、青年の掌に包まれ、鎖で根元を拘束された性器が暴れていた。
「イく?」
「んぐぅ!ふ……んッ!」
男の頭は、確かに縦にゆれた。
ハダレは自らの快楽を追って激しく動き出した。
結合部には腸液と薬と血液と先走りの混じった泡が立ち始めている。
「んーッ……ぁあーッ!」
勿論それだけでは、尻の具合などお構い無しに突っ込まれた男がイけないだろうから、
ハダレは男の性器を、二の腕の筋力の限りに素早く扱いてやった。
「あぁ、あ!ん……あがッ……あー!」
そうすると、男の中がぎゅうっと締まって、ハダレ自身を愛撫する。
体を鍛えているとこんな所まできつくなるのか、と揶揄しても、もはや男は聞いていない。
笑ったのは観客だけだった。
ハダレは後一押しとばかり、指に鎖を絡めて引きながら、先端に爪を滑らせた。

「ああ、ふぁ……あ、ああ゛ああ――!」

男はその予期せぬ刺激で、絶叫を上げた。
発達した背筋がその背筋を異様なほどに反りかえらせる。
拘束していた四肢がぎしぎしと、つり橋のような音を立てて突っ張る――
「くぅッ……!」
直後、ハダレは吐精した。
男の内部にぶちまけられたそれは、モウジに熱い感覚をもたらして、拡散していった。
薬の所為か、男の締め付けの強さの所為か、一瞬目の前が真っ白になる。



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