※プレイではない嘔吐描写有り※
――掌に広がった、少量の生暖かい液体で、モウジが達したのだと知った。
荒く乱れた息を吐きながら、終わった事を悟る。
「…………ふぅ…………」
男の性器から手を離し、体を起こして、抜き出す。男は全く反応を見せない。
抜き出した穴からどこか赤じみた精液がどろどろと流れ出てきた。真後ろにいた客がおお、と声をあげる。
身繕いをして立ちあがると、自分と同じ様に観衆も興奮の余韻に浸っているのを全身で感じた。
よかった。今日も、観客へ娯楽を提供する程度の価値を自分は持っている。
ハダレは一つ深呼吸をすると、四方に向けて手を振った。
賞賛の言葉が津波のように押し寄せる。
実況もなにか、今日も勝ったとか、最高の試合だったというようなことをわめいていた。
――興奮という枷が外されると、疲労感を覚えた。
後始末はスタッフに任せて、ハダレは控え室へと向かった。その背に、名残惜しむような視線を背負って。
会場と廊下を隔てるドアを閉めた瞬間、ハダレを疲労どころではない虚脱感が襲った。
壁に手をつきさえしながら、ふらふらと廊下を進もうとして――突如猛然と走り出す。
激しい騒音をたててドアを開け、駆込む。そこは手洗いだった。
一番近くの個室に飛びこむと、そこで青年は胃の内容物をすべてぶちまけた。先ほどの吐精のように。
白い陶製の便器に落ちたものの量は多くはない。それゆえに、喉が焼け付くようだった。
浅く呼吸を繰り返し、少しづつ吐き気を薄らがせながら顔を上げると、視界がぼんやりとしていることに気付いた。
――涙が滲んでいる。
上下の睫を濡らすそれがこぼれないうちに、ハダレはそれをぬぐった。こぼすことは許されなかった。
自分のしたことに嫌悪を覚える限り、こぼすべきではなかった。
洗面台で口や鼻をゆすぎ、後始末をしてから控え室に戻る。
控え室は、選手ならともかく、依頼者が鉢合わせるのは良くないだろうという気遣いで、
狭い部屋がいくつも備わっている構造になっている。
ハダレには帰る家が無い。他の代理戦争の戦士のように、組織とべったりくっついてねぐらを得ているのでもない。
だから、大抵は店――主にあの女性の――の厚意で、最奥の控え室に泊まらせてもらっていた。
今日も、備え付けの長椅子の上に毛布がおいてある。
そのまま倒れこみたい衝動に駆られたが、
モウジとかいう男の体液を纏ったままだという事を思い出して、おぼつかない足取りでシャワー室へと向かった。
もどかしい手付きで全ての衣服を剥ぐ。
最後に首輪、眼帯の順にはずして服の上に置いた。すぐ身につけられるように。
青年はぺたぺたと裸足でブースに入り、湯が出るのにもかかわらず「水」のコックを捻った。
驚いたように跳ねる体をいさめるように、長く重い溜息をつく。
完全に生まれたままの姿で冷水を頭から浴びてそうして初めて、ハダレの心は戻ってきた。
外に見せつけるために高揚させていたのを、自分の中心にすえなおしたような心地だった。
興奮や陶酔や高揚はアルコールのようなものだ。
人にもよるが、泥酔すれば際限無くその人間の本性を暴き出す。全てに勝る快楽で人を依存させる。
そして醒めてしまえば後悔しか残さない。
ハダレは試合中の自分を思い出した。
調子に乗っている奴の鼻っ柱を叩き折った事はまあいいとしよう。
その後、抵抗できない相手に暴虐の限りを尽くし、逃げ惑い哀願する男を苦痛に悶えさせ、
あまつさえ犯して精神が壊れていく様を、彼は心の底から楽しんでいた。圧倒的な力の差を気持ちよがっていた。
他人事のように見て楽しむなら、実感など何一つ無く無責任に応援する観客たちと同じだ。
だが彼等がハダレの立場に取って代われば、きっと途中で止めていただろう。
相手の体に食い込む拳、言葉、そして性器の与えるあまりに生々しい感覚は、彼らにはハードすぎる。
だが。自分ならどうだろう。
きっと、自分ならどこまでだってやれるだろう。許されてさえいれば、その首だってへし折れる。
むしろ許されていたら、何をしでかしたか分からない…………理性が下敷きになっていた。
最初は無理に強がっていた心持が、次第に自分の手を離れて勝手に走り出す。止められるものはごくわずかだ。
ハダレは空恐ろしく思った。
痛いくらいの冷水で頭を芯まで冷やしながら、震える手で右眼を押さえる。指先は冷たい。
だがそれ以上に皮膚では感じないある種の寒気をおぼえて、ハダレはぶるっと体を震わせた。
控え室に戻ると、依頼者に渡され、試合で使った道具がボール箱に詰められて置かれていた。
頑張っては見たが、どうにも使い切れなかったものばかりだ。
スタッフには申し訳無かったが、見るだけで気分が悪かったので蓋をして、部屋の隅に追いやる。
それ以外に変わった事はないかと見ると、長椅子の上に依頼完遂の証明書が置かれていた。
これを管理機構に差し出せば賞金がもらえるし、組織にちらつかせれば身分保障になる。
その紙を薄汚れたバッグに詰め込み、それを枕代わり(盗難防止策だ)にして、
ハダレは椅子にぐったりと横たわって毛布に包まる。
長椅子はスポーツ用の硬い一枚板のもので、寝心地は果てしなく悪いが、それだってずいぶんましな方なのだ。
会場ではまだ試合をやっているらしく、歓声が聞こえる。バーの賑わいも目に見えるようだ。
それを子守唄に、ハダレは目を閉じた。視覚が現実から遮断される。
――翌日日が高くなり、顔なじみのスタッフに蹴り起こされるまで、彼は途切れることなく深い眠りについていた。
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