代理戦争/最下層街編/承・不審/1


――試合直後の会場では、人々がさざなみのように退いて行っている。 ハダレの供したハードな試合に満足げな表情を浮かべ、余韻に浸りながら、バーのほうへ下がっていく。 逆にバーからこちらに向かってくるものもいなくは無いが、少数だ。 大方の人間が座席から腰を浮かし、混雑に辟易しながらも移動している。

が、その中にぽつねんと動きの無いグループがいた。 キャットウオークに設けられたいわば二階席の最前列とそのすぐ後ろを3席づつ占拠している5・6人の一団。 だが彼らの装いは黒が目立ち、いかにも組織然とした鋭い雰囲気をまとっている。行楽の気配は無い。 周囲の客も、何となく関わり合いにならないほうがよさげだと判断したらしく真っ先に退いていた。 だから、彼らの周囲は無人だ。
故に、し辛い話も必然的にしやすい状況になっている。
――その時、一人の男が躊躇いがちに一団に近づいていった。昼間、ハダレを管理機構に呼びつけた男である。
「お楽しみ頂けましたでしょうか?」
その言葉に、最前列の真ん中に座っていた男が振り返った。

男は三十代になるか否かほどで、黒のスーツをまとっていた。 年齢的には組織の重鎮というほどでもないのだろうが、ただ剣呑な眼差しはひどく鋭く、冷厳なものだった。 まわりの数人は護衛らしく、似たような格好をしている。そして話しかけた男に向ける視線も、 揃えたように冷ややかだった。 話しかけた男は、冷たい唾液が喉を下るのを感じた。
「楽しめたかだと?」
話しかけた男の身が竦むほどに睨みつけて、スーツの男は言った。
「あのでくのぼうの大男が高価な商品を傷物にしたからといって、 処罰だか腹いせだかで組まれた試合など見て、私の胸がすくとでも思うのか、君は? 残念ながら、これから顧客の御気に召す商品を手配する手間を考えれば、 こうして無駄にすごさねばならなかった時間をとらせたものには立腹しているとしか伝えようがないな」
「も……申し訳ありません…………」
「それにあんな筋肉だらけで色気の無い、育ちすぎた馬鹿者を買い取る者がいると思うか? 変態肉屋か、違法な医者か、本当にフェティッシュな人間か。大体その三種類だな。 資金面は内蔵を全て売り払い、脳や骨格をそのまま中央の研究機関にでも売り飛ばせばまかなえるだろうが、 そうしている間にも顧客は商品の到着を待っているということを君は失念しているだろう。違うか」
鷹揚な、丁寧な口調とゆったりした口調のまま、突き出す言葉の刃は鋭い。
話し掛けた方の男はもう死人同然の顔色で、ひたすら謝る。
この大失態を挽回できなければ、それこそ彼自身が切り刻まれて売却されかねない。 これ以上頭を下げれば遠心力で脳が吹っ飛ぶのではないか、と言うほどの時がたったその時。
無謀にも、スーツの男に進言するものが出た。
「もぉ許してあげませんか?彼、あんなに頭下げちゃって、脳みそ偏っちゃいますよぉ」

その声を、話しかけた男は頭を下げたまま聞いた。
「お辞儀されたって、何にも解決できないですよ。それより、今もっとやることがあるじゃないですかぁ」
若く、のんびりと語尾をひきずるような調子の声は、スーツの男のすぐ横からした。
見やると、声のイメージそのままの青年がいた。濃い茶髪の優しげな相貌の彼は、妙に艶を帯びた瞳を笑ませている。
――話しかけた男はぴんと思い出した。青年は、スーツの男の『奴隷』だ。それも特別大事な。
『奴隷』の青年はのんびりと言葉を続けた。
「ほら、例えば……他に適当な奴隷の材料を見つけるとか。ね?」

「…………………そうは言っても……」
まっとうすぎる言葉に、話しかけた男はうめきを漏らした。それができないから、困っているわけで。
が、青年はいやだなぁ、と笑いながら言った。
「何言ってるんですかぁ。今の今まで、じーっくりと見てたくせに」
「は?」
意味が分からず、男は語尾を上げて問い返した。 今の今まで、喉から手が出るほどほしい適当な材料が目の前に転がっていたとでも言うのか? 驚きと戸惑いを隠さない男に、スーツの男までが同調したようにああと頷いた。
「あれを最初に発掘したのも君だったか。確かに、順当に確保できれば失点も帳消しになるか。
 ――散々稼がせてもらった大切な戦士だがな…………惜しいといえば惜しいが、仕方ないだろう」
そして、最初に話しかけた男に改めてスーツの男が向き直る。
「『十代後半で、茶髪で、初物の……』……かどうかは怪しいが、まぁ、少なくとも代理戦争で散らしたことは無い。
 そういう青年だ。心当たりは?」

虚を突かれたような面持ちで、話しかけた男が頷いた。思い当たったのだ。当たりに。 先ほどまで、舞台上で暴れまわっていた代理戦争の覇者。4年間無敗の鉄壁の王者。

――ハダレ。彼に手を掛けようというのか。

スーツの男は何でもない事のように言った。
「失点を償う方法は少ない――つまり、少ないと言う事は、あるということだ」
ごくりと、唾液を飲み下した男を視線で射抜きながら、
「既に彼の動きをトレースさせている。シナリオも用意した。次回の代理戦争がハダレの死地となる。 ――失敗はしてくれるな」
おびえきった男が頭を下げるのを見届けるより先に、スーツの男の一団は席を立った。

代理戦争で助かるには、敗者を犠牲に差し出して逃げるしかない。
同じ様に、自分が助かるためには、誰かを犠牲にしなければならない。



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