代理戦争/最下層街編/承・欲望/2


その頃――ウスライは佇んでいた。足元には十数人の生死不明の人間が折り重なっている。
すぐ脇には破られた非常階段の扉がある。
「ここを通ったのか……」
声に僅かな感情を混じらせて、ウスライが呟いた。
辺りを検分しながら、手にした袋詰の棒を背負いなおす。家庭内害虫を前に、スプレーを構えなおすような心地で。
そして歌でもそらんじるかのように呟く。
「其の3で『異』は基本的欲求が増大していると述べた。個人によるが、その増大傾向は偏る事が多い――
 睡眠欲が肥大する者は2日も3日も眠りつづける。食欲に偏るものは昼夜を問わず手当たり次第に食い尽くす。
 性欲に傾けば発情しっぱなしになり相手の精魂を尽き果てさせる…………」
びちゃりと濡れた音がして、つま先に重さを感じる。ウスライは灯りを足元に向けた。
何か形容しがたい形状の生臭いものに足を突っ込んだらしい。無表情に振り払う。
「最も、偏ると言っても一辺倒ではないものも多い。一番周囲にとって厄介なのは興奮型――」
ウスライはこれ以上先に進むのを諦めた。障害物が多すぎる。
「性欲、支配欲、生存欲――これらのような外部に出力する系統の欲求が増大されるため、
 『異』が保持者の理性を越えて使用される事が多く、
 その結末は見るも無残な虐殺や暴力行為につながる場合が…………」
だが、ハダレの確保を諦めるわけにはいかない。
ウスライは無残な現場に背を向け、違う道を探し始めた。そしてぼそりと呟く。
「――あいつは9割9分、興奮型だな。厄介な」


「……やめ……やめろよ……」
火照った瞳でハダレの性器を見つめるコモリに、青年は恐れ戦くような心地で制止した。
「何でこんな事すんだよ……お前がオレの……戦うとこ見ててくれたのは、分かったから……
 ……何でケガさせてまで抱こうとするんだよ……訳わかんねぇよ……」
コモリはきょとんとしたような、陶酔したままのような、微妙な目でハダレを見つめた。
「あー、オレが説明してやろうじゃないか」
ソウジョウが話って入るように話に加わってきた。暇なのかもしれない。
コモリの視線をしっしっと追い払い、ハダレへの愛撫をするように促すと、考え考え話し出した。
「ぶっちゃけていうとな。お前は今まで代理戦争してやってきたA社とB社に裏切られたんだよ」
「ぁっ……!?」
吐息は艶めいた疑問を孕んでいた。
ソウジョウへの単純な返事でもあったし、コモリが性器を握りこんできた行為への答えでもあった。
「少し前に、モウジとかいうおっさんをお前犯っただろ?
 そいつに傷物にされて、問題になった商品が「茶髪で十代後半で『異』の男」。お前とそっくりなわけ」
「……やだッ……離せ!」
話を聞いているのか聞いていないのか、ハダレは暴れては力尽きるのを繰り返す。
ソウジョウは構わずに続ける。
「ま、お前も良く知ってると思うが、こんなことが許されるわけがねぇ。
 人間の仕入れを担当してる部署は真っ青になって代わりを探したんだが、『異』なんてそういるもんじゃない。
 それでまあ――不運にも、お前に白羽の矢が立っちまったってことだ」
「や……ぁっ……だ……」
コモリの手がハダレの股間で蠢いている。
乳首での刺激は大した性的興奮は起こらなかったらしく、半勃ちにもなっていなかったそれを、
ごく丁寧に揉み込んでいるらしい。ハダレの声が上擦り、拒絶が切なく怯えるような声に変わる。
「コモリ……や、め……ぅッ……」
細い脚にきゅうっと筋が浮く。何かを堪える様に力が篭っている。
筋が深くなるたびに足首が引かれ、傷を引き伸ばされる痛みに驚き弛緩する。

ソウジョウはポケットを探ろうとして思いとどまった。
先ほどから煙草を吸っていないのは、手持ちがなくなってしまったからだった。
暇を持て余すように顎を掻き、誰も聞いていないのに話を続ける。
「A社とB社は組んで適当な代理戦争を作って、お前とあの黒ずくめに依頼した。お前が負けるのを見越して。
 身分保証の契約が敗北によって切れれば、お前は後ろ盾を失って、
 死のうが行方不明になろうが、その裏で性奴として売り飛ばされようが、誰も知ったことじゃない」
「…………」
ハダレは唇を強く噛んだ。
声を抑えるためもあったが、驚きをこの二人に晒したくなかったからだ。
「で、今日、試合が終わったらすぐにお前はA会に回収される予定だったんだが、コモリが言うんだ。
『憧れのハダレっちのお初が食いたい』ってな。
 行きすぎた憧れが性欲になっちまったんだな。
 難しい話だったが、A社はお前がバージンじゃない可能性を見越してどうこうするつもりだったらしいから、
 こうして騙し討ちみたいにして、食ってから引き渡そうって事でまあ、こう言う事をしてるわけだ。
 ちなみにコモリはA社の回収班だからな、情報を先に得て店でバイトして、お前と親しくしてたって訳」

長い長い独り言を終えて、ふーっと息をつく。煙草の煙でも吐き出すように。
やはり大儀そうにベッドの上の「格闘」を眺めていると、ふとコモリが振り返って困ったように告げる。
「……どーしよ、足首縛ったままだとすごく……後ろを弄りにくいっつーか」
「足ほどくと、多分お前蹴り殺されるんじゃないか?」
「でもホラ、どうせ挿れるときにはどうにかしないといけないっつか…………」
ふーむと口を曲げて溜息をつくソウジョウが見遣ると、コモリの手は休みなくハダレを愛撫しつづけている。
それの先端から滲み出す体液を使って、摩擦を減らして快感を大きくする。
指先で敏感な尿道口を揉みながら体液を掬い取ると、新しく涌き出た先走りが幹を伝って落ちた。
それを使って、コモリはもう片手で睾丸を弄ぶ。
指先が微妙な重さを感じ、ハダレがここ数日性を断っているのではないかと予感させる。
「ン……ンんぅ……く……」
ハダレは相変わらず自分の肩や腕に、顔――特に右半分を押し付けるようにしていた。
だが漏れる吐息は熱く変じ、こぼれる喘ぎは食い占めた歯の間から漏れている。
そうなってみると、青年にあのリングの上で見た凶暴な面影は全くなかった。
くったりと体をマットレスに預け、濡れぼそった性器だけが異様に生気を放っている姿を見て、ぽつりと
「……どうでしょ。結構いい感じになってるから、解いてもいいと思うんだけど」
「ケツ弄ったらまた正気に戻るんじゃないか?そうなったらどうするんだよ」
でも、と食い下がるコモリと呆れたようなソウジョウの声を遠く聞きながら――
ハダレの意識は緩やかに浸食されていた。
『異』は特殊な感覚ではあるが、気合を入れたり呪文を唱えて行使するものではない。
五体満足な人間が、目が見えたり国語が理解できるのと同じ感覚なのだ。
だから、増幅させられる欲望も、『異』を使った副作用だとかではなく、最初からその大きさで保持者の中に存在している。
だが、それを普段からさらけだしていると社会に適応できないから、押さえ込む。
しかし今のハダレの理性は、肥大化した性欲に千切れかけていた。
唇を吸って欲しい。乳首を甘噛みして欲しい。性器を扱き、絶頂を極めたい!
(嫌だ……オレはそんな事したくない……)
かぶりを振っても、性器を弄くられると、もっともっととせきあぐ欲望が脚を絡め取る。
(そんな事したいのは、オレじゃない……オレの身体はそうしたくても、オレはしたくない!)
爪を立てて抵抗しても、蛇のようににじり寄る快感に引きずられて、どうにもならない。
(オレは、オレでいたいよ……)
弱弱しい訴えは、膨れ上がった性感に絡め取られるようにして深層に沈んでいく。



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