代理戦争/最下層街編/承・畏怖/4


(で、問題はここだ……)
湯気とともに立ち上る、僅かな青臭さに眉をしかめてウスライは思案した。
今、青年は完全に気絶している。そしてどのような事情があったにせよ、医者にそのまま診せるわけにいかない。
だが、その最も秘めるべき所に勝手に触れていいのか否か――……
それは青年を辱めることにならないだろうか? という疑問と共に、
廃墟の中で動揺させられたことに対する屈辱や、なにより他人のそれらに触れるという嫌悪感がよぎる。
(目を覚ますな)
念じながら――ウスライは、そっと青年の臀部を割り開いた。
流石にそれだけで漏れ出すものはもうないらしかったが、逆に乾きかけの粘液が張り付いていた。
内股にこびりついていた、誰のものとも判別しがたい粘液を洗い流す。
この身体の中で一番強靭に、しかし柔軟に発達した尻から大腿にかけての筋肉にそって、汚れた水が流れていく。
(俺が来るのが遅れたからどう、というのはこの事か?)
流れていく水がむき出しの傷に触れないように注意しながら、ため息をつく。
慣れない場所で迷い、彼を途中でロストしてしまったのは自分の不手際だ。
辺りを組まなく探し回った上で発見したのが、殺戮現場の隣の最初の目的地だったというのは
この緊急事態における許されざるミスである。
さらに、青年を発見した階上で出会った若者を半殺しにしてしまったのも、今思えば不手際の一つだ。
向こうがナイフを持って襲い掛かってきたのだから正当防衛なのだが、
青年の言ったように、血の匂いが彼を刺激してしまったとしたら、もっと別の手段をとるべきだったのかもしれない。
まだ事の全貌は分からないが、これは後悔すべきことなのかもしれない。

陰鬱な思いで、ウスライは指に液状の石鹸を垂らした。
この行為も、いずれ後悔することになるのだろうか――と考えながら、青年の尻の谷間を探る。
不自然に滑る指が尾てい骨から降りて、やがて別の滑りを僅かに残す窄まりにたどり着く。
見ると、素人目にも分かるほど不自然な赤みを帯びているのが分かった。
それこそ腫れ物に触るように、そっと、指先で表面を撫でて具合を見る。
力加減を確かめながら、何度かそこを擦るようにして、柔らかさを試した。
大丈夫だと判断して、ウスライは指に力を加えた。
つぷ、と思いのほかあっさりと指が青年の秘部に侵入する。青年はリアクションも起こさない。
だが侵入した先の肉は敏感に反応してきた。
ウスライの指を軽く咥えるように、全体で圧迫しながらも戦慄く。括約筋がひくひくと甘噛みするように収縮する。
温かく、ぬるりとした内部は柔らかく、かといって緩んだようなだらしなさは無かった。
ゆっくりとかきまわして、不浄の粘液を石鹸液とを混ぜ合わせ、指に絡ませて抜き出す。
抜き出した指を流し、今度は水を纏わせて中に挿入する。汚れを纏った指を抜き、また流す。
それを繰り返し、とりあえず指の届く範囲からは精液を洗い落とす。残りは青年がやるか、排泄してもらうしかない。
やっと終わった作業に、逆に軽い嫌悪と羞恥を味わいながら、ウスライは残りの部位を洗った。

青年の全身の水気を拭き、彼の荷物から出したTシャツとハーフパンツを履かせ、もう一度ソファに寝かせてやる。
そして疲労が押し寄せないうちに自身も濡れた服を換え、医者を迎える準備をしてからハダレの前に腰を下ろした。
ハダレのウエイトが軽くてよかったと心底思った。
あまりに面倒なら、途中で放り出していたかもしれないからだ。
抱いている負の感情とは裏腹に、自分の細かい仕事振りが苦笑を誘った。
ぐったりと眠ったままの青年は、舞台の上やあの廃墟での戦いで見せたどの姿よりも弱かった。

唐突に、彼が落下する直前に言った言葉を思い出す。青年が青年のままで生きるということ。
それが具体的に指すものは不明だが、抽象的になら言いたいことは分からないでもない。
(『異』に振り回されないで生きること……か?)
『異』の副産物に自身が振り回されないことと、周囲の人間に普通に認識されること。
これが、ウスライが今まで会った事のある数々の『異』の保持者の共通の願いだった。
彼らの末路はお世辞にもよいとはいえない。
護りきれず、組織に渡してしまった者もいれば、発狂したものや自殺した者もいる。
自殺する勇気も無く、殺してくれと哀願してきたものもいた。

青年は、どうなるのだろう。

(どの位で起きるだろう)
青年が自分と遭遇する前どうしていたのか知る由も無いが、消耗しているのは間違いない。
数日は目覚められないか、朦朧としている可能性もある。傷のせいで発熱するかもしれない。
だが、相手は待っていてくれない。事情を話すにしても行動するにも、何でも早いほうが望ましい――が。
(起きたら……言うべきなんだろうな)
青年の尻に指を突っ込んで洗った事など言わなければいいのだが、ウスライの奇妙な生真面目さがそうさせなかった。
そのときの青年の反応が力の限りに心配だ。
協力しない程度ならまだしも、勝手に出て行って捕まられるのが一番困る。
そして何より、奇妙に指先が覚えている柔らかい感触が悩ましかった。
放浪じみた生活のせいで決まった相手を持つこともなく、しかし一夜限りの関係を持つ『適度な』遊び心もなく。
結果だけ見れば枯れたような人生を送っている彼が、その感触をさっと忘れることなど出来ない。
寝ているものを性のはけ口に使うような趣味は無いが、かといって完全な無欲である人間などいない……
ああやっぱり後悔の種になりそうだと考えていると、ドアが軽く叩かれた。医者がやってきたらしい。
医者のいる間くらいは何も考えないでおこうと、ウスライは重たい腰を上げて迎えにいった。

三日後、ハダレが熱に浮かされながらも何とか瞼を開けるまで、
ウスライはどことなく悶々とした後ろめたさを感じながら彼の看護に当たることになる。



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