その後すぐに、ハダレは眼帯をつけた。
「幾らでも心を読めばいい」と言うウスライに、
「信用できそうな奴にそうするのはフェアじゃない」とハダレは言う。
「さっきも言ったけど、厳密に言うと心なんていい加減なもんじゃなくて、
もとは弱い電気である脳波をどーたらして感じる『異』の中枢がたまたま右眼にあるらしくて、
実際に心がフキダシみたいに見えてるわけじゃないんだけど。
それにしたって、それだけ真面目に護らせてくれなんて言われたら視る気もなくなるって」
複雑そうなウスライに、気楽に言うハダレ。
「それにさ、何でも視れると便利ってわけじゃないし、視ないほうがいい時も結構あるし。
視たくなったら勝手に視るから、油断すんなよ?」
「油断って何だ油断って」
にっと笑うハダレに言い返しかけて――ウスライは思い出した。
指先を締め付ける柔らかい肉、それでいて適度なきつさのある――
「ウスライ?」
突然動きを止めたウスライを、怪訝に眺めるハダレ。
だが、ウスライの焦りは止まらなかった。
ここ3日間ハダレは目覚める様子もなく寝たきりで、当然そうなると介護が必要になる。、
介護――つまり、下の世話と風呂を受け持っていたということは、当然初日にも増して過激な物を拝見したということで。
とがめられることなど何一つないのだが、例の彼の生真面目さが、より一層悶々とした思いを深めさせていた。
「視るよ?」
その声にはっとして顔をあげると、ハダレが今にも眼帯をはずしそうになっていた。
――ウスライは無言で、しかし素早くハダレの行動を阻止した。
「……何だよ」
「頼む。今は視ないでくれ」
尋常ならざる様子で腕をつかむウスライの様子に、反抗するようにハダレは唇を尖らせた。が、
「差し迫った問題を一通り話したら、俺の口から話す。そうしたら真偽を視てもかまわない。
それまでは、視ないでくれ」
あまりにも真剣な物言いに、思わずハダレも押されるように頷いた。
この自制に溢れた男が、こうまでも必死に視られることを阻止しようとするのだから重大な話なのだろう、
それは時機を見て話すべきことなのだ――とハダレが(勝手に)感じたのもある。
腑に落ちないながらも素直に退くハダレに、ウスライは改めてため息をついた。
「どこから話そうか」
ウスライはどこか張り詰めた雰囲気をまとったまま、低いテーブル越しに
ハダレの前に座った。
話題がそれたことに多少安堵しつつも、今度はまた違った緊張感がウスライの手元にあった。
ハダレには、持てるほぼ全ての現状を話すつもりだ。嘘や情報操作で篭絡する気はない。
だが話し方や言葉の受け取り方で誤解が生じることもある。些細な誤解が致命的になることもある。
一方で、ハダレも体はともかく、精神は多少緊張していた。
あの窮地を、『異』まで使って切り抜けたのだ。一滴残らず有益なものを搾り取って、生き延びる覚悟はある。
「どっからでもいい。話し終わったとき、全部終わってれば」
「そうだな……とりあえず、現状から話すか」
ウスライは思案するように、ゆっくりと口を開いた。
「お前を狙っているのはA社とB社の連合軍。
感情的になっているのはA社だが、実働しているのはB社の専門の部署だ。
お前を追い回している中でトップなのはその部署の頭で、俺の依頼人に当たる。
――といっても、いつもでてくるのは代理人だが」
ああよくある、とハダレは思い当たったように言った。
「失礼にも程があるよな。
直接顔をあわせたこともないやつのために戦う身にも、ちったぁなって欲しいよ」
それにひとつ頷き、ウスライが続ける。
「そうだな。
――だから、依頼した相手が実の弟だとも気が付かなかったらしい」
「そっか、そりゃ…………………………」
「…………………は!?」
ハダレは一瞬意味が理解できず、ウスライを振り返った。当の男は飄々と、
「だから、あの代理戦争を俺に依頼したのは俺の実の兄だということだ。相手は気付いていなかったが」
「いやそうじゃなくて総合的に意味が分からない」
唐突な話の展開についていけず、ハダレは呻いた。
稼働率45%程度の頭をフル回転させ、指折りしながら事実を確認していく。
「えぇと、あんたの依頼主はあんたの実の兄ちゃん。これは合ってる?」
一連のハダレの行動にも特に反応せず、ウスライは機械的に頷く。
「あぁ」
「で、その依頼主は普段代理人を立てるばっかりで、あんたに会わない。これもいい?」
「そうだ」
「依頼主にあたるやつは、オレを追ってるやつらの頭って言ってたな」
「確かに言った」
「B社の専門部署、ってことは組織の幹部くらいってことでOK?」
「合っている」
「総合すると、あんたの兄ちゃん=依頼主=オレを追ってるやつの頭=B社の幹部って事になるけど」
「間違いない」
「ちょっと待てえぇええぇええぇぇぇぇぇ!」
ハダレは思わず毛布をはだけて、身を乗り出した。
バランスを取るために突き出した腕がテーブルにあたり、ばんと音をたてる。
「信じるっていった直後にそれか!?
どう聞いたって、身内同士でオレを追い込んでるようにしか聞こえねぇだろが!」
「落ち着け。傷に障る」
今にも胸倉を掴みそうなハダレの怒号に動ずるどころか、
むしろなだめるような気配さえ見せてウスライは言葉を放つ。
「言っただろう。俺の兄は、依頼した代理戦争の戦士が実の弟だと気付いていないと」
「そんな訳ないだろ!」
「ありえたから俺も驚いているところだ」
テーブル越しにだが、しっかりと視線をあわせたままウスライは続けた。
「兄と俺は考えうる限りで最悪の関係で結ばれているからな」
「……どんなんだよ」
ハダレが今までにもっとも不審げな顔で尋ねる。
それにもまるで反応せず、男は静かに答えた。
「標的と、刺客の関係だ」