代理戦争/最下層街編/転・対面/4


「標的と刺客って……」
嘘こけ、バカ言うな、ネタかそれ面白くないんだけど。
いくつか続けたい言葉はあったが、あまりに真剣なまなざしにハダレは沈黙した。
そのかわり、その間を埋めるようにウスライが口を開いた。
「簡単に言うとだ。
 俺と兄上の兄弟は閉鎖的な国で育ったが、兄はより豊かな国にあこがれていた。
 折を見て兄は国を飛び出したが、そのとき国にとって機密ともいえるものを一緒に持ち出した。
 そのうえ、国の中と組織で闇資金やら密売品をやり取りするきっかけとなり、
 治安を乱し名誉を傷つけている。だから、『黙らせろ』と」
「…………だからって、よりによってあんたに、兄ちゃんを殺せって……
 どういう了見でそんなこと命令してんだよ……国……
 ていうか、そんな話聞いたらますます胡散臭ぇよあんた……」
信じられないと呟くハダレに、ウスライは頭を振って答えた。
「紆余曲折あったが、俺はそれを受け入れた。そのために各地を放浪して兄を妨害している。
 いきなり仮にも組織の幹部を、バックがあるとはいえ一個人が暗殺するのは、不可能だ。
 出来る限り敵の戦力を削ぎ、権威を失墜させておくことが先になる。
 お前を護るのもそのための行動だ。迷いはない。――視れば分かる」
全く動揺も不審さも感じさせない、堂々たる口ぶりにむしろハダレの方が気圧されていた。
黒い瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えて、青年は軽く首を振っていった。
「全部聴いてから、それでも信じられなそうなときに視る。――話を続けてくれ」

「俺は今兄を討つために、奴が目をつけた『異』を保護もしくは抹殺することに全力を注いでいる。
 今回は――信じられないことに――兄の懐中に潜り込み、お前と事前に接触することが出来た。
 だから、お前をここに隠した。現時点では――まだ、見つかってはいないだろうな」
そのうち移動するが、とウスライは小さく付け加えた。
「あんたに負かされなきゃ、オレと組織の契約は生きてたから狙われなかったんじゃないの?」
揶揄するようにハダレが言うと、
「奴らにとって、お前を負けさせるならどんな手段でも良かったはずだ。
 そもそも代理戦争の戦士に手を出すことが最低の不正なのだから、何でもやりかねない。
 予想も付かないような罠をかけられるのを待つより、
 わざとでも無防備になって分かりやすい罠に飛び込むほうがよっぽど対処しやすいだろう?」
「………………そりゃそうだけど」
「それに流石に兄上も、雇った戦士が俺だったと気付いただろう。
 そうなれば俺がどういうつもりか分かっている以上、複雑な罠を仕掛けて時間を食うことは
 出来なくなったはずだ」
「…………」
「今回が特別だったんだ。いつもこんなことをしているわけじゃない。
 ――毎回お前のような奴が相手だと身体が持たない」
わずかに苦渋の滲んだ声に、ハダレはすっかり毒気を抜かれて、沈黙した。

ふと、ハダレは探るような思いで尋ねた。
「……あのさ、今までにあんたは他の『異』と会って、同じように護ってたんだよな?」
「あぁ。全部で十数人いたか」
「な、どんな奴がいたの?で、最後どうなったの?」
ウスライは意外そうにまばたきをした。そして答えた。
「お前よりも凄まじい力のも、下らないのも色々いた。だが全員幸福にはなれなかった」
ハダレがきょとんとする。
「あんたは宗教家じゃないだろ?幸福ってどういうことだよ」
「出会った『異』の誰もが、お前と同じように欲に苦しんでいた。
 そして、救いようのない末路にいってしまった。
 俺の庇護が及ばなくて捕まって性奴隷に堕ちたものもいるし、恐怖のあまり自殺したものもいた。
 組織の追っ手には耐えられても、欲に囚われるのに耐えられずに発狂したものもいた。
 俺の手を握り締めて、殺してくれと言ってきた奴も二人か三人はいた。自殺する勇気がなかったんだろう」
「……そのとき、あんたはどうしたんだ?殺したのか?」
目を丸くしながらも、ハダレは落ち着いて聞いた。が、ウスライはもっと落ち着いて答えた。
「俺がどちらといっても、信じる根拠はないだろう?視ればいい」
正解はどちらなのか分からないが、
ウスライの顔には何の表情も浮かんでいなかった。視られることに対する動揺もなかった。
ただ、ハダレにはそれがウスライに対する暴挙であると思った。だから、
「視ないよ。試すようなことして悪かった」
両の目を瞑って見せ、頭を振った。

「で、だ。具体的に、どうしたらお前は組織の追っ手から逃れられるのか……という話だが」
ウスライはとん、とテーブルを軽く叩いた。
「敵――つまり、B社に課せられた最大の制約は時間だ」
「……どういうこと?」
「B社はそもそも、お前を『完成間近に傷ものにされた奴隷』の代わりとして追っている。
 つまり、本来取引している相手にはできるだけ早く『商品』を渡したいはずだ。
 納期がいつだったかは不明だが、あまり顧客を待たせておくわけにもいかないだろう」
つまり、と言いながらウスライは指を立てた。一本。
「お前が逃げている間に、他の、それなりの『奴隷素材』が仕入れられれば組織はお前をあきらめる公算が高い。
 受け身だが、直接対決は避けられる方法だ」
ウスライは指をもう一本立てた。合計二本。
「積極的に行動するとすれば、3つほど方法がある。1つ目は、死ぬことだ」
ぶっ、とハダレが吹いた。
そのリアクションにもさほど動ぜず、ウスライはもう一本、二本と指を立てながら言葉を続けた。
「かなり確実な方法だがな。
 ……2つ目は、『異』を捨てる方法。お前の場合、目を傷つけることになるが……
 それで命が助かるなら、という考え方もなきにしもあらずだな。
 3つ目は国外か海外に逃げる方法。この場合、最下層街での全てを捨てることになるが、有効だ。
 最後の方法は、俺とお前、ないしは偶然第三者が相手方の組織をつぶす方法。
 確実極まりないが、非現実的にも程がある」
「なるほど……で、どれが人気で成功率が高いの?」
「人気は偏りがみられるが……成功率は大差ないだろうな」
ウスライはかぶりを振って、今は選ぶときではないというようなことを言った。
「お前の傷は浅くはない。どの道、今は大人しく潜伏しているべきだ」



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