代理戦争/最下層街編/転・接触/2


「あんな話の後でなんだが、体を拭いた方がいい」
「……あぁ」
指摘されて、ハダレは身体が汗でべとついているのを自覚した。確かに気持ちは良くない。
上体をひきずるように起こすと、ウスライが固く絞ったタオルを渡してきた。
受け取ってから、なんとなく奇妙な感じを受け、見返す。
「……手の包帯、濡れそうなんだけど」
ここまで(好意的でもない相手にも)気の回る男が、こういった単純なミスをするとは思えなかった。
だが、指摘された当のウスライはそれこそ奇妙な表情を浮かべていた。
「……俺に、拭けと?」
その返答はあからさまな嫌悪や非難を含んではいなかったが、ハダレは急いで否定した。
「え、ぁ…いやいくらなんでもそこまで図々しくはないよオレだって。
 ただちょっと、このままだと手が濡れると思って」
ビニール袋でももらえば、自分で拭けなくもない。そういう意図で発言したのだと、言おうとした。だが。

「俺はお前が……触れるのも憚られるような暴力に晒されたと思っている。
 だから手を出さないつもりだったんだが」

ハダレは一瞬ぽかんとなった。
うっすらと論理展開は理解できたが、ついぞ最下層街では聞いたことのないような慎ましやかな結論に、
納得することが出来なかったせいかもしれない。
なんだってと聞き返すと、今度はウスライのほうがやや困惑した表情を見せた。
「それ以外に何の意味が?」
気が利くような、どこまでも鈍いような。
ああ、こいつの感性は(当たり前だが)自分と違うんだな、とハダレはぼんやり悟った。
……その瞬間、自分でも思いも寄らない言葉がぽろっと口からこぼれ出ていた。

『じゃ、手ぇ貸してもらえる?』
その言葉に、ハダレ本人ほどは狼狽せずにウスライは頷いた。
水気を多少残したタオルで肌を撫で、ハダレの身体に残った汗を事務的な手つきで拭う。
いやらしさや下心のない介護のような丁寧さは、コモリたちの記憶を呼び覚ますようなものとは程遠い。
「……あの、ありが……」
「動くな、拭きにくい」
振り返って礼を言おうとすると、阻止される。
憮然としながら、抱きかかえられるようにして体を拭かれる。いやな気持ちは全くなかった。
――と、予告もなく布地が下腹の方に滑り降りていく。
「ぃ、ちょっと待っ……」
下は毛布で覆っていたが、体を拭いた後着替えるので全部脱いでいた。
が、そこまで拭かれるとは考えていなかった。
しかしウスライはハダレの抵抗などものともせずに、無造作に手を脚の間に突っ込む。
「うわ、ほ、本当やめ…っ…」
しかも薄いタオル越しに触られるのは、数日前の事を思い出して背筋が冷えたり火照ったりを繰り返す。
一方で脚の付け根に溜まった汗を拭われるのは心地よかったが、
生理的な拒絶感が胸にこみ上げてきて、とっさにハダレはウスライの腕を掴んでいた。
「動くな悶えるな。すぐ終わる」
「自分でやるから!もういいから!」
「その手でできるのか?」
冷静に諭されて、改めて自分の手を見下ろす。指先が包帯とすれるだけで、沁みるような痛みがして、
「…………」
できそうにないので、歯噛みしながらウスライに身を任せる。
だが会話しているうちにあらかた終わったらしく、長い間我慢することもなかったが、
最後に腫れた後孔をくじるように拭かれると、流石にハダレも羞恥に息を呑んだ。
意識のない間にどうこうされたという話にも恥ずかしさは覚えていたが今ひとつ現実味がなかったのに対し、
今この瞬間にされたことは比でないくらいくらいだった。
拭き終わって、ウスライが風呂場に湯を捨てに行っている間、ハダレは頭から毛布を被っていた。
これで終わりだと思う安堵と、また明日もあるのかといった困惑がある。どちらにしても頬が熱い。
が、ハダレの羞恥体験はこれでは終わりではなかった。

「薬を塗るから、まだ寝るな」
もう、声もなかった。
「毛布を被るな。脚を閉じるな。暴れるな。大人しくしていればすぐ終わる」
「ふざけんな!流石にそれは自分でやる!ビニール袋よこせ」
暴れるといっても、全身を酷使した疲労が残っている満身創痍の体ではウスライを阻止するほどのことはできない。
だが作業を妨げて長引かせているのも事実だ。
「直接触らなきゃいいんだろ?」
泣きそうな心地というのはこういうことを言うのだろう。
赤ん坊のように陰部を曝されるという事自体もう耐えられないほどだが、
数日前2人がかりで犯されたおぞましい感触が蘇るようで、ひたすらに嫌だった。
それだけでなく、その2人だけでなく、そこに触れられた時の鳥肌の立つような出来事――
「本当、それだけは――って、ぁ!」
油断したところを毛布ごと押さえつけられ、手探りでそこを探し当てられる。
クリーム色の軟膏をまとった指を押し付けられ、ハダレが呻く――
「一つ、格言を教えてやろう」
「……っな、んだよ……」
突然のウスライの声――同性の肛門に触っているなど予期させない、平坦な声が、告げる。
「『怒られるのは誰だって嫌だ』」
「つくづくふざけ、んぁあッ…やだ…」
言い返した言葉が途中で違うものに化けた。ぬるぬるした太い指が、ハダレの後孔に押し入ってきたからだ。
痛みというほどの痛みはなかった。この3日間の真摯な介護で回復していたのかもしれない。
だが、腫れぼったいそこに押し入られると、じんじんと熱っぽい感じがして、堪らない。
内側の肉に塗られた軟膏が溶けて、ウスライの指が動く度にクチャっと濡れた音を立てた。
ハダレはいつの間にか、自分を覆う毛布を握り締めていた。
「ぁ、あ、……くぅ…」
「妙な声を出すな。もうすぐ終わる」
「ぅ、……んンっ……んっ!」
その言葉通り――すぐに指が引き抜かれ、薬の塗布が終わった。てらてらと光る孔が、卑猥に戦慄く。
ウスライは手を洗いに席を立ったが、ハダレはそのままの姿勢で動けない。
毛布の中は必要以上に熱気がこもって暑苦しかったが、ウスライの顔を見たくないので顔は上げられなかった。が、
「下を履かないのかお前は」
そういって、真新しい着替えを投げつけられるとそれはそれで腹が立つ。
ぶつぶつ言いながら着替え、改めてソファーに横たわると、待っていたかのように明かりが消された。
「おやすみ」
「…………」
恥ずかしいやら腹立たしいやらで、返事は適当にした。
ぱたん、とドアが閉じる音がする。
ハダレが最初にみたみっつのドアのうち、ひとつは別の部屋につながるものだったらしい。
ということは、のこりは外につながる扉と、トイレか何かだろう。ハダレは見当をつけた。

完全に一人になってから、ああもしかしたらウスライも気まずかったんだろうかとふいに気がついた。
勝手に身体をまさぐられたことが先日の暴行を連想させて、耐えられない気分になったこともたしかに事実だ。
だが、それ以上に、ウスライは手早く丁寧に薬の塗布を完遂するために、
あえてそういう行動を取ったのではないだろうか。
ビニール袋ごしでは直腸を刺激しかねないし、薬が正確に患部に塗りこめられるとも思えない。
それに、見ようによっては自慰しているように見えるハダレの姿を見るのが、
ウスライには耐えがたかったのかもしれない。
ここ数日で、ウスライが介護慣れしてしまったせいで、触れることにはあまり抵抗を感じなくなっていた可能性はある。
それにどんな思惑があるにせよ、ここまでかいがいしく世話をしてくれた人間が、他にいるだろうか。
ハダレはもう一度ため息をついた。
やはり明日は少ししおらしくしていよう。
反省する。

――が、数分後にやはり撤回する。
全身の敏感なところをタオルで撫で回された後に、開脚して全部をさらけ出した格好のまま、
薬でぬめった指で尻穴をかき回されて、完全に体が興奮してしまっていた。
(完全に勃ってる……これで平穏に寝られるかっ!?)
それだけなら一発抜けばすむのだが、足腰が衰弱して立たないので、一人でトイレに立つのも苦しい上に、
この幼児用の手袋のような手でどうしろと言うのだろうか。
(明日から、何が何でも体いじらせてたまるか)
固く誓いを立てながら――ハダレは、切ない感覚に身悶えしながら眠れない夜を過ごすのだった。




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