代理戦争/最下層街編/起・捕食/1


数日経って、再び例の店。
まだクローズの札のかかった、ゆがんだドアの前にちょうど到着した5人ほどの一団がいた。
先日青年をなぶり者にした男と、その女と、取り巻きと思しき若者達である。
「ねぇ、ちゃんと今日も勝ってよぉ〜モウジぃ。せぇ〜いっぱい、応援してるからぁ」
香水の甘いにおいをぷんぷんさせた女が、男の腕にしなだれかかった。
男――モウジ、と呼ばれた彼は、女を見下ろしながら唇の片端を引き上げた。作られる表情は、獰猛な笑み。

「ぁあ、お前バカ言うんじゃねぇよ。俺が負けるかってんだ」
と、後から不審気な声音で、大荷物をしょった若者が口を挟む。
「で……でも、相手はあれですよ、4年間無敗の……しかも『異』だって噂が」
「バカ!」
そこへ、少し焦ったように――男の機嫌を損ねる前に、と言うことか――別の若者が口を挟む。
「俺こないだ見たけど、お前とそんなにかわんねぇモヤシだったぜ。
 右目に眼帯してる変な奴で……おまえ、そんな奴に我らがモウジさんが負けると思うのか!?
 しかも『異』って、単なる噂だろうが、うのみにすんなよ」
「……そりゃあ、モウジさんが勝つと思う……けどさ」
最初に口を挟んだ若者が自信なさげに荷物を揺らすと、男――モウジ、と言うらしい、彼が手を振った。
「お前が言いたかったのは、油断するなって事だろ?いいさいいさ、わかってる、気にしちゃあいねぇよ。
 ……おい、ビール買ってこい」
「油断しないんじゃ無かったのぉ?」
女が口をとがらせると、男はにやっとした。
「何、これくらいのハンデはくれてやるってこった」
「頼もしぃ〜〜!!!」
女がキスの豪雨を降らせると、男はにやつき自信を滾らせて、若者達はため息を吐く。
が、お互いに幸いなことにそれには気がつかないまま、一団は店に入って行った。

それと入れ違いになるように、裏手の従業員口からひょっこりと一人の青年が現れた。昨日のコーラ男だ。
開け閉めするたびに異音を放つ古いドアを丁寧に閉めながら、表の入り口をちらっと覗き見る。
「…………」
そこに人影はない。うるさい集団は中に入ったらしい。きちんとそれを確認してから、青年は路地に滑り出た。
まるで、ああいった人種にかかわった場合に発生する面倒の種類まできっちりと知っているような口ぶりで、
「絡まれると、事後の始末が面倒だし。避けて正解」
だが、その口調に面倒であると言う以上の怯えや緊張はない。
青年はそのまま何気ない足取りで、大通りの方へと歩みだした。スニーカーのあっさりとした足音が店から遠ざかる。

最下層街の大通りに、今現在ガソリンや電気を動力源とする車両の類が排気を撒き散らすことはほとんどない。
三車線ある広い道路もほぼ歩行者天国と化し、
屋台や露天商、時たま大道芸や物乞いの類が道のあちこちを勝手に占拠している。
そのテの組織が一応場所代と安全代を収めさせて管理しているようだが、
彼らは町の美観に気を配っているわけではないので、
てんでんばらんばらの寄せ集めが何となく道を空けながら軒を連ねている状態が現在の最下層街の大通りだ。
そのどれもに視線もくれず、すり抜けるように青年は歩いた。
しなやかな身のこなしで、これまたばらばらに行き交う人々の間を縫っていく。
重なり合う人ごみの影の向こうに見える、ある場所に向かって。

てくてくと気取らない歩みで近づく青年に、警備員たちは一瞬胡乱げな眼差しを投げかけた。
なんだこの若造は――その視線が、彼の特徴に気づいた瞬間にぱっと別のものに切り替わる。
畏怖、或いは好奇心を含んだ目。ものめずらしい、自分たちと異なるものを眺める目に。
だがそんなことはおくびにも出さず、警備員が青年を呼び止めた。
「ここから先は代理戦争戦場管理機構最外層街地区部の敷地となります。
 御用の方はこちらでコードを確認さ」
「E2-2307AのD1」
「………………どうぞ。お通りください」
『コードを確認させていただきます』と事務的に告げようとしたのをさっくりと止められ、
出鼻を挫かれたような、なんとも調子の狂った声で入場を許可する警備員の男。
青年はその男もすり抜けるように避けると、さっさと男たちの後ろに聳え立つ建物へと入っていった。

受付も同じ調子で済ませた青年は、案内係に先導されながら建物の深部へと進む。
片手では足りないほどの角を曲がり、階段を上がってたどり着いたのは、黒服の男が両脇を護衛している扉だった。
The・入りたくない扉。
堅気の人間であればそう考えるであろう場所に、あろうことか青年は扉を開けてもらうのを待たずして入った。
「こんちはー。時間通りに来たつもりだったんだけど、待った?」
「わざわざご足労頂いて、申し訳ありません」
しかも不躾なほど気楽な挨拶を中で待っていた人物は咎めることも無い。
「お掛けになってください」
「……話し、長くなったりする?」
勧められるままに、男の真向かいに腰を下ろしながら尋ねる青年。
どこかゆるい雰囲気の彼に、男は首を軽く振りながら一枚の書面を取り出して差し出す。
「いえ。すぐに終わるかと。……今回あなたをお呼びしたのは、このような事ですので」
つ、と押しやられた紙の表面を青年の視線が撫でる。上下に何度か。左右に数度。

――青年の瞳が異様な光を帯びる。
「へぇ……」
そこで初めて本格的な興味を抱いたように、青年は書類を取り上げた。
切り裂くような挑戦的な視線で改めてそれを始めから終わりまで読み直し、そして元のように机に戻す。
「今日の代理戦争のの方針の変更・ね」

――代理戦争が現在トラブル解決の手段として用いられている背景には、システムとしての公平さがある。
興行や組織同士の交流の一環としての代理戦争ならばともかく、
解決の手段としての代理戦争は、代理戦争戦場管理機構を通さなければ場所や戦士の設定が原則としてできない。
そしてどのような試合を行うかは事前に書面でいったん提出しなければならない。

まあ、格闘試合ゆえに何が起こるかなど蓋を開けてみなければ分からないが、
貴重な戦士や戦場を減らさない為にもむやみやたらと相手を傷つけるような試合は、
行うと予告され、戦士や依頼主同士が納得していなければ行うことはできない。
そのための書類の作成は管理機構のもとで行われ、いかなる変更も勝手に行うことはできない。

また基本的な報酬は戦士の強さや試合の傾向によって定められている。そして違うことなく高額だ。
このような仕組みが成り立ち、ある程度の命の保障と報酬があるからこそ、代理戦争は絶えることなく行われ続けている。


「急なことで申し訳ありませんが、お願いできますか」
「今日の試合。相手はパワータイプの我流格闘家。試合の方針:特になし。勝利のみで良し。
 ――から、見るも無残な陵辱ショーを経てから勝利せよに変更……」
青年はふーん、と息をついた。
「そんなんは事前にこうやってリクエストしてもらえれば、一応仕事な訳だからちゃんとやるけど。
 …………このおっさんは何をやらかして『味方』にこんな依頼されちゃってんの?」
ぱっと視線を上げて答えを強請る――だが、答えられないのならば要らないとも告げている奇数の瞳。
眼帯に覆われていないほうの瞳だけで、雄弁に語る。
そんな青年の生気豊かな表情に惑わされない為か、奇妙に表情を硬くした男が事務的な口調で告げる。
「その男は先日の試合で、調教の一環として代理戦争に参加していた奴隷材料の青年を命令を無視して汚し、
 折角初物のまま育てた苦労を水の泡にするという大失態を犯しましたので。
 受け取り手の方も困惑気味で、奴隷の出荷を担当している者の顔にも泥が塗られたようなものです。
 幸いにして、受け取り手の側が怒鳴り込んで取引が中止されることは無かったようですが」
「……なーにやってんのこいつは……」
心底からの呆れを隠さずに、ハダレは溜息をついた。
「余計なことしなきゃよかったのに」
男はそれに大きく頷きながら、
「全くです。……変更を受け入れていただけますか?」

青年はあー、と声とも息ともつかない音を出しながら、頷いた。
「さっきも言ったけど、そりゃあちゃんとやる。やるけど……」
「何か問題が?報酬なら多少多めにさせて頂きますが」
言いよどむ青年に畳み掛けるように男が口を出す。口調から、「多少」では済まさない、と読み取れるほどの熱心さで。
そんな彼を、青年は見つめ返しながら答えた。
「大丈夫。問題はそこじゃない」
「では、問題とは」
あくまでもまじめな口調で聞き返す男。
その多少訝しげな目元に青年はにやりと笑いかけてから、立ち上がる。そして答えた。

「あのマッチョメン相手に勃つかどうかだから。ほら大問題」

「………………………………」
「まーちゃんとそのときまでに『自己解決』しとくんで。じゃ、今日も頑張るから。
 お疲れでーす」
いきなりの下品な答えに男が一瞬受け答えに詰まったのを面白がるように見やった青年は、
来たときと同じような軽い挨拶と共に、くるりときびすを返した。
慌てた様に頭を下げる男に手さえ振りながら、青年はてくてくと娑婆に戻って行った。



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