※残酷な描写・戦闘描写があります。
「……!?」
足元に強い束縛を感じて、ウスライは振り返った。
――足首を掴まれていた。あの、股間を切り裂かれた男に。
焦燥が胸を焼くが、それを押さえつけてウスライは刀を振り上げた。顔面をめがけてそれを振り下ろす――
のと同時に、室内の方に複数の重い足音が出現したのを聞きつけ、あっけにとられる。
「なっ…に」
そちらを振り向くと、ガラスがなくなって枠だけとなった窓から、
明らかに武装した人間が数名侵入しかけているところだった。
想定していないわけではなかったが、ここで足を掴まれているときにわざわざ入ってこようとは。
「ハダレ!敵が窓から侵入してきた!」
刀を勢いよく引き抜くが、明らかに脳を損傷したにもかかわらず
男は足を離そうとしなかった。振りほどこうにも腕ごとからみつかれ、うまくはずせない。
「こ……の!」
「今だ!!」
その声にはっとして、ウスライは正面を向いた。
先ほどまで逃げるか否か迷っていた連中が、こちらの不利を悟って押し寄せてきている。
なんとも都合のいい連中だ。はっきりとした嫌悪感がウスライの胸に沸いた。
勢いのまま、血塗れの刀を相手に向けた。
「…………!」
意識しないまま、咽喉が声をほとばしらせていた。ような気がする。
しがみつく男の手のひらを踏み砕きながら足を引き抜き、通路を疾走する。
「っ……!?」
あっけにとられたような顔の臆病者たちに一息で迫り、前から上段・下段で薙ぎ払い、
ついに背を向けた三人目を平突きで仕留める。
揺さぶって死体から刀を引き抜くと、さらに逃げて行く一人が階段を降りきったのが見えた。
一瞬の躊躇。追うか追わざるべきか。
――結論は、ドア(のあった場所)を侵入者が内側からまっすぐ突き抜け、通路の手すりすら乗り越え、
哀れな悲鳴を上げながら落下し、階段を下りた男とぶつかって伸びるのと同時に出た。
「戻れ」と。
部屋はまるで地獄絵図のようだった。
ハダレが染め上げた血糊のペイントの上に、中に、更に塗り重ねるように人が倒れていた。
数にして何人だろう――おそらく、片手の指よりは多いに違いない。
さまざまな姿勢で倒れこんだ男たちは、一様に耐衝撃サポーターや、耐刃繊維を織り込んだ
あからさまな装備をしていた――そしてそれらはちぎれ、破けていた。
下手をすると皮膚まで破けているおぞましい光景の中、
その上まだ窓から侵入しようとしている人影があることに驚愕しながらも、
ウスライは手近な人影の襟首を掴んで引きずり倒した。――突然の加勢に驚くそれを、思い切り刀で引き裂く。
が、
「……!?」
ウスライは手ごたえに違和感を感じ、眉を顰めた。刃が、男の着衣の上を滑って突き通らない。
一瞬絶句したその隙を狙い、それは逆に手を伸ばしてウスライを捕らえようとする。
「退け」
ゆらゆらとゆれる腕を押しのけ、胴を踏み抜くと流石にそれは大人しくなった。
ぱたんと落ちた腕――それが、今までの男たちのように無骨で太くないことに、
はっとウスライは気づいた。
(…………?)
強い違和感がした。
ウスライは、そろそろと足を退け、それを見下ろした。とたんに、それが何であるか悟った。
「……カギロイの奴隷……」
それは、ハダレと同じか、少し年上の男だった。顔立ちは可もなく不可もなくといったところか。
全身を妙につるつるする素材の防護服で守っていて、小型の扱いやすい刃物が差し込まれている。
ウスライの刀を通さず、素手のハダレへ対抗しやすい手段を搭載した、
あからさまな『装備』をさせられた、哀れな奴隷。
先ほどやりあった感触では、それほど専門的な訓練をつんだようにも感じられなかったが、
今も続々と仲間の屍を越えて乗り込んでくる姿には、怖気すら感じられる――
おそらく、自意識を薬物や虐待で破壊された、最下層街の人間の成れの果て。
(……奴隷としてすら不足のあるものを、こちらによこした訳か!)
正体に気づくと、もはや止めを刺す気にも慣れなかった。
ウスライは、ピクピクしている奴隷を放り出すと、部屋の奥へ向かった――浴室のドアの前に、人の塊がある。
「ハダレ!」
駆け寄りながら叫ぶと、いっせいにうつろな目の奴隷が振り返った。
その不気味さに、思わずウスライの足が止まる。
が、奴隷たちは自身の不気味さを認識しているのかしていないのか、ウスライの方にも殺到した。
「……ハダレ!」
彼らは、その防護服のせいで刀が通じない。
慎重を期して一歩引き、呼びかけるが、ハダレの返答は無かった。
(退却しないということは、まだハダレは捕まっていないということだ……)
だが、返答も無いということは。
「…………!」
ウスライは、よってくる男たち適当になぎ倒し、浴室前に団子になっている奴隷たちを後ろから引き剥がした。
意外としっかりした力で掴み返してくる奴隷たちを放り投げ、再起不能にする。これを繰り返す。
それでもハダレの姿は見えない。
「…………ハダ、レ!聞こえるか!返事をしろ!」
流石にウスライの息も切れてきた。
奴隷たちも大の男であり、ちんけな装備とはいえ刃物を持っている。
時に、復活した奴隷が後ろから掴みかかるようなことも会った――そのときは、
ウスライは防護服の隙間に刀を突っ込み、命を奪った。
ふらふらとした腕がつかみ所もなく空を掻くのを眺めるのは、気分の良いものではなかった。
だが、つかれきった体を四方から刃物で抉られるのに黙って耐えるほど、
ウスライはできた人間ではなかった――反撃、攻撃、惨劇。それを繰り返す。ただ、生き延びるために。
その瞬間、人垣が弾けた。
「――!?」
内側から強い力で押されたように、奴隷たちの輪が千切れた。
その隙間から、血まみれの腕が一本突き出される!
「!」
反射的にウスライはそれに刃を向け、振り下ろした。
が、信じられないことに血まみれの腕はそれをぎっちりと掴み抑える。
「……な…!」
ウスライの表情が強張った。いくらなんでも、そんなまねができる人間がほいほいいるとは思いたくない。
とっさに人垣に足をかけて引き抜こうとすると、もう一本の腕が伸びてきて更に刀を握り締めた。
(……このまま、突き殺すか……?)
一方で血まみれでない手のひらからは、血が流れた様子はない。つるつるした素材のグローブが守っているからだ。
「っ………!」
ウスライは息を詰め、力の限りに刀を引き抜こうとした。
次の瞬間、奴隷の人垣の一部が吹き飛んだ。
同時につるつるした素材で包まれた腕が離れた。
激しく咳き込む音とともに、ハダレが隙間から姿を現す。――その片手が、ウスライの刀を掴んでいた。
(ハダレ……?)
なぜ、彼が?
混乱するウスライ。だが、ハダレはそのまま残った腕で手近な奴隷を壁へ打ちつけた。
「ぎッ……!」
ぎゃあ、と悲鳴らしい悲鳴を上げようとした奴隷の顔が、奇妙にゆがんだ。
ひしゃげているのだ――強い腕力で押さえつけられ、硬い壁との間に挟まれた頭蓋が。
ぷつ、ぷつと目頭や鼻腔から血を垂らし始めた、余りに現実離れした犠牲者を前に、
今度はウスライが度肝を抜かれるばんだった。
「…………」
刀の先を握られたまま、身動きが取れない。
視線の先では、奴隷男がちょうど頭を解放され、ずるずるとへたり込むところだった。
――だが、すぐに腕は次の犠牲者を探り当てていた。
手近な奴隷の一人が、胸倉を掴まれて浴室に放り込まれた。
蛇口か何か、突起物にぶつかる鈍い音がした。
次の奴隷は引きずり倒され、顔面をへこまされた。
次は縊り殺されたようだ。
次は。
次は。
次は。
気がつけば、ウスライの目の前にはハダレだけが立っていた。人垣はもうない。
「…………」
なんと声をかけるべきか、分からなかった。
刀の先をつかまれたまま、ウスライはものいいたげな唇を震わせていた。
ハダレも何も言わない。
聞こえるのは、微かなうめき声の重奏と、互いの息遣いだけ――
――だが、体が十分な酸素を得ると息はもう収まり、場には沈黙が落ちた。
ごまかしの時間稼ぎが聞かないことを悟り、ウスライはぽつりと告げた。
「移動する」
『逃げる』とはあえて言わなかった。
ハダレはその点には突っ込まず、だが別の問いをすかさず返してきた。
「どこへ?」
ウスライは一瞬間をおいて、答えた。
「廃墟群の中だ」
「廃墟群の中には定住してなわばり意識持ってるやつがごろごろいる。
やっかいごと持ち込むと、敵、増やすことになるよ」
「組織の手が届かないなら、どうにでもなる」
「どういう事情だろうと、住人になんかあったら、矛先が向くのはこっちなんだよ。
組織に馬鹿正直に報復しにいく『勇者さま』は寿命を縮めるからなぁ」
ややいらついたような声で、ハダレが言った。
「……それに、組織の手が届かないって言ったって、ちゃんとした国境があるわけでもなんでもねぇし。
分かってんのか?最下層街初心者」
興奮冷めやらない様子で、いらいらと髪をかき上げるハダレ。
が、興奮冷めやらないのは彼だけではなかった。
ウスライの鉄扉面の下で、殺戮に対する後悔と嫌悪と罪悪感、そして生への執着、強い目的意識、そんなようなものが
アドレナリン過剰分泌中の脳でどろどろと溶け混ざっていた。
――思わず、ウスライは一言漏らした。
「誰かが中途半端な撃退さえしなければ、そんなことにならずに済んだんだが」
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