代理戦争/最下層街編/転・出自/3


「違う」
だが、ウスライの返答は期待を裏切り、そして更に予想だにしなかった告白へと続く。
「『異』の素養は遺伝で決まる。
 ……俺は宗家――最も古い家の人間でありながら、『異』を継ぐことが出来なかった」
その言い様に、ハダレはひっかかるものを感じた。継ぐことが、「できなかった」。
まるでそれでは――『異』が欲しかったような言い方ではないか。
「俺には兄と姉がいる。兄は器の小さい男で、努力が大嫌いな奴だが『異』は持っていた。
 姉も真面目で普通の女だったが『異』はしっかりと継いでいた。
 俺だけが『異』を継ぐことが出来ず、出来損ないと言われた。
 表だっていやみを言われるようなことはないが、一種特別な眼で見られることは仕方がなかった。
 それに、できるだけ後継者争いから外れるように教育され続けてきた」
「あんたが出来損ない?なら、他の兄弟はさだめし立派なんだろーなー」
そんなわけ無いだろうと、皮肉っぽく言うと、なぜかウスライは大きく頷いて、
「あんな立派な兄上はこの世に二人といないだろう。
 兄上は田舎暮らしはごめんだといって飛び出して、
 外貨を稼いで里に還元するつもりが、何故か人身売買の組織の幹部に成りあそばしたな。
 姉上が今現在、体調の悪い当主に代わっているが、寛容過ぎて組織に兄を通して金を洩らしておられた。
 しかも本人は気が付いておられないと。もちろん、周りが流石に気づいたが……
 数代前の当主は正妻を捨てて、他の一族の女と駆け落ちしたとも言うし」
「……立派過ぎて声もでねぇな、それ。オレのとこでも、なんか駆け落ちした人くらいはいたらしいけど」
「俺が、もし『異』を持ってさえいれば」
流石に呆れるハダレをよそに、独り言のようにウスライが言った。
「故郷と家をもっとましな状態にできたのでは……と、よく思う」
無表情な中に、どこか苦々しさを浮かべて語るウスライを、夜風が撫でた。
「んで……その兄ちゃんに、俺を渡したくないからこうしてるのか」
「端的に言うとそうなるな」
納得したと、雰囲気で言うハダレに、にべもなくウスライは告げた。
「上層部からも命令されている。このまま兄を放逐するなと。出来ることなら、追討せよと。
 こんなものまで持たされてな」
と――傍においていた棒の入った袋を、ハダレの目の前に持ってくる。そしてゆっくりと、棒を剥き出しにする。
途端、ハダレの顔が強張った。
「……あれか……」
うわぁ……と顔をゆがめて呻く視線の先には、古めかしい片刃の刀が銀の輝きを帯びていた。
武器類の扱いには疎いハダレが見ても、それがどんなに精緻で非道なものかは良くわかった。
「銃が組織にすら渡らない現状を考えれば、気の効く差し入れといわなければならないだろうな。
 不幸にも俺は家に伝わる古流剣術を真面目に修めてしまったのでな、とりあえず受け取ったが
 追討が終わったら売り払おうかとも思っている」
「それはそれでどうかと思うけど」
「何も考えていなかった頃の俺を殴って、妙な武芸を止めさせていればこんなことには……」
「……あんたもたまには後悔とかするんだな」
「それは誰でもする」
ウスライは刀を片手に嘆息した。
「思えば、物心ついた頃から劣等感ばかり抱いてきた。
 今兄を追討できるはずもないのにしようとしているのは、せめてもの反抗のつもりなんだろう。
 『異』は――他の何とも違って、努力ではどうにもならないからな」
平坦な声。変わらぬ表情。他の誰が見ても、彼の感情など読めるまい。
――自分以外の、他の誰が視ても。

「……オレさ、『異』なんか欲しくも無いのに持たされて、
 何でこんな辛い目にあってんのかなとかよく思ってたんだけど」
ハダレがく、っと身を起こしながら呟く。
「あんただって、欲しいのに貰えなくて、同じくらい辛い目にあったんだよな」
「何を……」
何を言い出したのだ、と言いたげなウスライの声が途切れた。ハダレの両眼が、ウスライをじっと見つめていた。
「オレと同じ事思ってる。オレと同じように辛い目にあってる。多分、オレのこと分かってもらえるくらい。
 ――さっき、オレはあんたに手ひどいことを言ったけど、やっぱりどっか同じなんだよ。
 ……でもあんたはオレよりずっと自制してて、強くって、カッコイイ」
じっと見詰め合う。ハダレは十分にウスライの思考を視た。――拒絶は、していない。
慎重に体重を移動させて、ウスライの肩に手をかけ、身体を乗り出す。

そして、軽く唇と唇を触れさせた。

何十回となくもっと過激なことをしてきたはずなのに、妙に恥ずかしくて直ぐに顔を背けた。
そのまま相手の方を向く気にも――いわんや、相手の思考を視る気にもなれずに俯く。
そして思い当たる。もしも気に入った相手との口付けだけを数えるなら、これが最初だったのだと。
そして口付けを仕掛けたいほど好きになった相手は、彼が最初だったのだと。

余りに長い沈黙に不安になって、ハダレは男の肩にかけていた手を離した。
やはり視線を合わせる気になれず、ぱたんと元の位置に――ウスライにもたれかかる姿勢をとる。
拒絶されるかと思ったが、そんなことはなかった。
むしろウスライは微動だにしない――ひょっとしたら、呆然としているのかもしれない。
ありそうな事だ。さっきの話を聞くに、彼はほいほいと誰かと肉体関係を結ぶことはなさそうだから。
(だったら何でオレ、そんなことしちゃったんだよ。ドン引きさせてどうするんだよぅ)
内心頭を抱えて後悔したが、いまさらどうしようもない。
心のファーストキスを捧げて引かれてしまったからといって、時間は巻き戻せない。
ちらっと伺うと、ウスライは未だに正面を見つめたまま姿勢を変えていない。
わずかに眼を見開いているように見えるのは気のせいだろうか。

もちろん、彼の心情が理解できないなどと言うつもりもない。
数時間前――日付で言えば昨日になるが。自分が何をしたかを忘れるほど、ハダレは身勝手でいられなかった。
(……まぁ、さっきの今というか、昨日の今日だもんな。グジグジになじった後にこれはないよな)
ハダレは、ウスライと最初に対面したときに言った言葉を思い出した。

『信用できそうな者にこの眼を向けるのはフェアじゃない』

瞬間、ほんのわずかにウスライの心が緩んだように感じた。そのとき抱いた、ハダレの直感は間違っていなかった。
ほんの短い期間の同居だったが、ウスライはハダレに対して常に真摯で、優しかった。
それがたとえ目的のためであろうと、つい「そうでなければいいのに」と思ってしまうほどに。
また発見もあった――ウスライは、無表情だが無感情ではなかった。
たとえば、普通のときといらいらしている時では足音が違う。
きわどい判断をするときは、両手の指を絡ませてもてあそびながら思案することが多い。
さらに笑顔のかわりとして、ウスライは目を細める。気持ちが穏やかなときもそうだ。
じっくりと見ていればウスライは最下層街には珍しいほど素直な人間だった。
だから、負傷して弱った体を預ける気になれた。

思えばあの言葉を言ったとき、二人の間で暗黙のうちに約束が成立したのだろう。
――ハダレは、ウスライを信じる。ウスライはその言葉を信じて、護る。
その通り、ハダレはウスライを信じた。ウスライは、ハダレの信頼を受けて護った。
口約束など絶対に信じてはならない世界でなぜか成立してしまった約束は、
契約書と小切手で結ばれる幾多の関係よりずっと心地よくて、破ってしまえないような魔力があった。

結果として破ってしまっても、何にもかえがたい後悔とともに心に残るような力が。

(……ごめんな、ウスライ。気持ち悪かったろ)
ハダレは目を閉じた。隣にいる心強い存在は、明日になったらもう二度と肩を貸してくれないだろう。
たとえ明日でなくても、この一山が終われば別の世界で生きていく、
もともと接点のない二人だ。いつか離れ離れになって、死ぬころには忘れているはずの。
(でも言わずにいられなかったんだよ……興奮状態で暴露しただけでおしまいなんて、笑えすぎるだろ?)
ハダレのまぶたの下に、じわりと液体がにじんだ。
それはやはり零れ落ちずに、下まぶたの端にぽつんと開いた穴から吸収される。
――瞳の湿り気が元に戻ったころには、ハダレの疲れきった体は眠りに沈んでいた。



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