代理戦争/最下層街編/結・検査/1


「少しやり過ぎたのではないか。ちっとも目覚めやしない。
 万一中途半端な人格崩壊をしていたら、どうするつもりなんだ」
「大丈夫ですよぉ。同族ですから、加減の程はよーく分かってますし」
上辺だけの優雅さを纏った声と、媚びる様な甘ったるい、語尾を延ばした声が時折行き交っている。
(誰……だ……?)
全く聞き覚えの無い声に、困惑しながらも再び眠らないように縋りつく。何故眠るといけないのかは分からない。
「彼のトラウマと言ってもいいでしょうねぇ。彼は危害を加えられるたびに、その相手の心を見てきたわけです。
 『殴ってやる』『犯してやる』『死ね』とかね。そりゃあ、嫌になって隠そうともしますよねぇー。
 でも大丈夫ですよぉ、今回そこまで酷いことはしてませんし」
「お前のことだから、信じてはいる……が、何と言っても上の命令は絶対だからな。報酬は結果次第だ」
「我慢できませーん。欲しい欲しい欲ーしーいー」
「……そういうところは変わらないな……仕方ない」
意味の良く分からない会話が続き――それを最後に、しんと場が静まる。
何が起きたのだろう。
気になって身を起こそうとする――が。

ぎし、と身体を拘束する何かが、身体を細かく強靭に拘束していることが分かっただけだった。
視線をどんなにぐるりと動かしても、見えるものはコンクリ打ちっぱなしの天井と、
そして自分を取り囲む鉄柵のようなもの。一体何に自分は押さえつけられているのか。
疑問を口にしようとしても、歯の間に噛ませられた堅いものが言葉を堰き止める。
「……ン、んんぅ……」
しゃぶりっぱなしの棒からゴムの匂いがする。
が、端は冷たい感触がするから、どうやら金属の棒を硬質のゴムでコーティングしたもののようだった。
噛み締めた時、歯が折れないようにという配慮だろうか。
(究極のおせっかいじゃねぇか、くそ……)
毒づきながらももぞもぞと身動きして、周囲の感触を探ると、
大体身体に当たる部分は同じようにコーティングされた鉄柵が自分の動きを止めている事が分かる。
両腕は前で肘関節、手首、更に親指を鉄柵に括り付けられていた。
脚も同様に数箇所で固定され、肩幅ほどに開いて足首は括られている。
どうやら、鉄柵というよりも鉄の枠の箱に押し込められているイメージらしい。

「お目覚めのようだな」
なおもごそごそと暴れていると、ふと気が付いたように余裕の口ぶりで誰かが言った。
先ほど会話していた男の内の一人だ。だが、男は先ほどまでの待ちわびていた様子にも関わらず、
「悪いな……今取り込み中でな、少しだけ待っていてくれ」
等といって、ハダレの目の前に姿を現さない。
なにをしているのかと不安になるハダレ――その耳に、聞き苦しい会話が飛び込んできた。
「…ンッ……ふぅ…む……」
「ッ……、やっぱりお前は……上手い、な。流石私の最高傑作だ」
「ハッ……ん、有難う、ございます、……っふ」
その間に挟まれるのは、じゅぽじゅぽだとかぴちゃぴちゃという水の音――否、唾液の絡まる音。
何をしているのか、全く見えずともよく分かった。
(う、わ……何でフェラなんか……?!)
ハダレの心臓が跳ね上がり、頭にぼっと血が上って目が覚める。
しかしそんなことには構わず、見えない二人は淫行を続ける。
「……そう、喉の奥を使って。良い子だ」
我が子をあやすような男の囁きに、フェラチオに没頭していると思われる片割れは答えない。ただ水音が激しくなるだけで。
じゅ、じゅぷと淫猥な律動が刻まれて、それに一瞬遅れるようにフェラチオをしている方の吐息が漏れる。
まるで自分の尻穴にそれを突っ込まれているかのように甘く、本当に心から奉仕しているような雰囲気に
思わずハダレは耳を塞ぎたくなった。
しかし四肢は全く動かず、そのポルノビデオのような悪夢の一幕を覗かずに済ませる方法は無かった。
「……もうすぐ……出すからな……」
「んうぅ」
心底嬉しそうな鼻息を漏らすと、フェラチオをしている方は一層激しいスパートを掛けた。
一体どんな技術を使っているのかはよく分からないが、ぐちゃぐちゃと漏れる水音が下品で、いやらしく。
ぱたぱたと髪や服が擦れる音が断続的に水音に混じり、その動作の激しさを物語る。

そして、ぢゅうっと強く吸い上げる音がした。
「……ふっ、ぉぶッ…」
少し咽るような鳴き声と共に、動作がやむ気配をハダレは感じた。終わったのだろう。
「ん……んんッ」
その証拠のように、少し苦しそうに、喉を鳴らす音が聞こえた。そして、
「ご馳走様でしたぁー、ご主人様」
どう考えても美味しくも無いだろう、いやむしろ排泄物に近いものに対して
若い男が、聞いた事も無いような感謝の念を表す異様な光景を「聞いた」。

「どうしてもお前には甘くなってしまうな。いけないとは思うんだが」
身支度をしながらなのだろう、ごそごそと衣擦れの音に加えて、困ったような男の声。
その声音は、本当は困ってなどいないのに、彼を気にしていたいからわざわざ困っているかのような、優しげな声音だった。
「ふふ、有難うございます。せいぜい精一杯お務めさせていただきますから」
対して、やはり幸せそうですらある若い男の声が応える。言葉に、少なくとも視透かせる嘘は無い。

ハダレは独り、鉄枠の中でぞっと鳥肌を立てていた。
逃げ出したい、と今までの何時よりも切実に願ったが、指の一本も拘束から逃れることは出来ない。
ただ猫を閉じ込めた箱のように、がたがたと鉄枠だけが悲鳴を上げる。
そしてついに、対話の時が来た。
「悪かったな、少し待たせた」
そういって、今まで姿を見せなかった『ご主人様』が姿を現した。その姿に、ハダレははっとなった。

ハダレの収められた鉄枠の箱を覗き込むように姿を見せた男は、誰かと面差しを似せていた。
身長を推し量ることは難しかったが、きっと高い。
撫でつけた短髪は黒く、黒い瞳で、どちらかというと平坦な顔立ちの美形の男。
浮かべている表情は優雅な微笑だが、あまり動くことのなさそうなその顔が持つ意味は、
無表情と大して変わらないだろう。いわゆる営業スマイルだろうか。
「私の名はカギロイ……と言うよ。
 A会の幹部を務める一方で、人身売買――主に『異』を出荷する担当もさせてもらっている。君のような、ね」
落ち着いた口調はなるほど、組織にしっかりと根付いた者らしい。
だが、捕らわれの身のハダレとしてはその語調ほど気持ちの悪いものは無かった。
出来るなら会話を早送りしたいほどだったが、次の一言を聞いてハダレはカギロイに注目した。
「弟が随分世話をした――いや、世話になったと言うべきかな。――ハダレ君?」
そうだ。彼が誰に似ているって、一人しかいないではないか。

ウスライ。彼が憎んでいると言っていた、その兄が彼なのではないだろうか?

それを肯定するように、カギロイがさも困ったように――今度は本気で困ったように、
「困ったものだ。ウスライは生真面目すぎて、融通が利かないんだ。
 私達の故郷も君の故郷ほどではないが、『異』を戦争中は提供して外貨を稼いでいた時代があってね。
 終戦を迎え、ただでさえ田舎で発展の乏しい故郷を救うために、
 こういう手を使って故郷に貢献することも一種の手段なのだと、いい加減理解して欲しいものだよ」
溜息をつきながらしゃべる。
「故郷の年寄りどもも同じ意見なんだろうが、もはや誇りだ血だと祭り上げる時代は終わったんだ。
 未来ある若者が先進的な考え方を持っているからといって、それを追討させるなんて馬鹿げていると思わないか?」
そういって悠然と微笑む。
ハダレはそのハンサムな笑顔に嫌悪感を抱いた。
好感を持っていたものを否定される不愉快な感じがする。
「ウスライもウスライだ。
 『異』を持たない出来損ないだからといって、いい年をして八つ当たりをしないで欲しい。
 それこそ一族の権力を濫用しているじゃないか。そんな奴に、討ち取られるわけに行かないんでね」
違う。ウスライは確かに『異』を持たないことを悔しがっていたが、
お前のように手段と思惑の順序を取り違えていたりしない。ウスライはお前ほど愚かで情けなくない!

だがカギロイは全くこちらの反応など意に介さずに、言葉を続けた。
「――というわけでだ。ハダレ君、君を立派な性奴に躾け、私の働きの一端とさせて貰う」

ハダレは身体をのたうたせて暴れた。金属製の枠がきしきしと音を立て、関節部が気味の悪い音を立てて軋む。
だが、それだけだった。やけのように身体を跳ね回らせるハダレに、ふと新たな影が差した。

「無駄だよぉ。その拘束具は『異』としてキレた状態での膂力でも壊れない設計だから」

若い男の声に、目だけをそちらに向ける。
「……っ…!」
その姿を映したハダレの瞳が揺れた。
顔は中途半端な覆面のようなもので覆われているが、輪郭やその起伏から整った顔立ちが伺えた。
隙間からは青灰色の虹彩がのぞき、ふさっとたれた髪は茶色交じりの赤毛だ。
声もくぐもっていて聞き取りにくいが、ゆっくりと語尾を延ばして話すので何とか理解できる。
宥める様な物言いに、あえて反抗するようになおも身体をくねらせていると、
「……誘ってるの?」
鳥肌が立ったので、ハダレは暴れるのを止めた。
指摘されるまで気が付かなかったが、服は当然のように全部剥がれ、身に着けているのは
右腿の包帯と、感触からしていつもと違う眼帯だった。
(いつものは……あ、襲われた時に落としたのか……)
それに連想するように思い出した。ウスライは無事なのだろうか。
目の前の男に腹を殴られて崩れ落ちた彼は、今どうしているのだろうか。死んだりしていないだろうか。
急に、腹の底が冷えるような薄気味悪い予感がした。

と、唐突に
「平気だよぉ」
拘束衣の男がハダレの考えを読んだかのように応えた。
「流石にあれだけボコボコにされたら、動かなくて。
 肋骨の一本か二本もらってったけど、殺せなかったから、安心して」
どこかほっ、と息をつくハダレに、更に男は重ねて言った。
「助けてもらえると……いいねぇ」
「んッ!?」
びく、とまるで考えていなかったとでもいうように驚くハダレ。
それを薄笑いながら、男達は検分するようにハダレの身体を眺め回し始めた。



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