代理戦争/最下層街編/結・抵抗/1


ぽつ、と冷ややかで細い刺激が瞼に走る。――その刺激で、ウスライは目を覚ました。
鈍痛のする頭をそのままに、薄く開けた瞼の隙間から世界を眺めると、酷く閑散とした景色が目に入った。
誰もいない景色をぼんやりと見つめながらゆっくりと身を起こし、脇腹の灼熱感に呻く。
左脇腹がとてつもなく熱く、腕が上がらない。今くすぐられたら確実に死ぬ。そんな予感がする。
やっとのことで上半身をもたげると、燦々たる戦闘跡がはっきりと見えた。
物置は壁を破壊され、むしろ小屋自体が壁の残骸のようだった。まるで火薬で破壊されたようだ。
あの拘束衣の男に殴られた際に衝撃の一部を吸収してくれたあの刀は、
柄の部分がひび割れる様に裂けて中の刀身を覗かせている。刀身自体は無事だが、実用には心もとない。
濃厚な血臭は消えていたが、代わりに肉の部分の酷い臭いが薄っすらと漂っていた。

そして何より、青年はいなかった。

ウスライは息を呑みながら、屋上の鉄柵にすがるようにして立ち上がった。
強い喪失感と虚しさに似た感情が、苦痛と交ざってウスライを責める。細い雨と共に、打ちのめす。
完璧な敗北だった。兄は、あがく自分をあざ笑うかのように彼を誘拐した。
強い屈辱感が胸にあふれ、脇腹と共に焼ける様な痛みを催させる。
だが、何故か今回はいつもと違って、次回こそはという気分になれなかった。
ウスライはゆっくりと歩みだした。行動の最終的な方針も立たないまま、
とりあえず医者に罹ろうという程度の理由で。
降り始めた細い雨だれが、ウスライの黒い姿をそっと湿らせていく。
たまらなく熱い傷を冷ます力はなく、かといって残った温もりを残すほど弱くは無い雫の数々が、とても不愉快だ。

ふと雨の珠が付いた睫を上げると、その視界の隅に黒っぽい布きれが映った。
動かせる右腕から荷物を降ろし、そのきれを拾い上げる。――それは、青年の落としていったものに違いなかった。
ウスライはそれを眺めた。濡れて土埃にまみれ、くしゃくしゃになった眼帯を、じっと無表情に眺め続ける。
とうに涸れ果てた感情の代わりのように、雨が降り続けていた。
激しくはなく、しかしとめどなく。


その頃、拘束されたままのハダレは、股間に粘土を貼り付けられたまま、不可解なことをされていた。
拘束男が、ハダレのへこんだ腹に耳を当てていた。
「…っ…う、うう…」
再び塞がれた口で、精一杯抗議するが言葉にすらならない。
それを眺めおろすカギロイは、口元をまだ赤く染めていた。拭っても拭っても、なかなか血の止まらない傷口が
男の装いの中で唯一滑稽だったが、それを補って余りある冷厳さがその表情に浮かんでいた。
その緊張した雰囲気の中、拘束男が顔を上げた。
「大丈夫です。ちゃんと腸、動いてます。すぐに出来ます」
「そうか。すぐに始めろ」
唯一何を始めるのか、会話についていけないハダレが2人を見やるが、2人はお互いを見ているだけで見返すことは無い。
だが、拘束男が次々に用意する異様な器具や品物に、次第に不安が募っていく。
「んーと、入れるときは何でも良いんですよね?シリンジとかわざわざ使わなくても」
「好きにしていい。ただし塞ぐ時は言っただろう、あれでやってくれ」
「はーい。……で、」
拘束男が、何か透明なパックのようなものをいくつか抱えて、うろうろしている。
困ったように一つを掲げて、尋ねる。
「量はともかく、中身どうしますかぁ?やっぱプレイは初回でしょうし、グリセリン30%位で……」
「塩化ナトリウムでやってやれ。濃度は10%で、苦しませろ」
苦しませろ、の言葉にハダレがぎょっとなり、塩化ナトリウム10%と聞かされて拘束男がぎょっとなる。
「し…死んじゃいますよぅ!塩化ナトリウムの濃さ、そんなに上げたら!」
「ならもう少し薄くていい。早くやってやれ」
最初の優雅さはどこへやら、完全に怒り心頭となっているカギロイの冷徹な命令に、
幾ら甘やかされているといっても拘束男が逆らえるわけも無い。
唯一覆面から剥き出しになった瞳が、妙に不安そうに揺れている。

――暫くして、ハダレの耳にたぽん、という水の揺れる音が聞こえた。
それを何処に入れるのか――想像が付いた瞬間、ハダレの皮膚に怖気が走った。

「んん゛―――ッ!ん、ふんっ」
まるで食事を載せたまま地震に見舞われた食卓のように、ガタンガタンと激しく揺れる鉄の檻。
しかしカギロイは全く動じずにその様子を眺めおろしている。
凍りついたように動かない表情筋の中心に、名の通り欲望に揺らめく黒い瞳。
「ウスライから聞かなかったのか?」
ハダレから目をそらさずに、カギロイは拘束男から差し出された何かを手に取る。
プラスチックなのかガラスなのか。光の反射だけではよく分からなかったが、それの用途をハダレは知っていた。
中に満たされた液体を、肛門から腸内に送り込んで排泄を促させる、一種の医療用具。――浣腸器だ。
「私は『異』だ。奴とは違って」
ぬらりとした粘っこい光を放つ容器の中に満たされた液体が、たぷんと揺れる。
「君達のような興奮型ほど、敏感ではないがね。やはり危機を感じると欲が止まらなくなる」
ハダレの瞳はまだ気丈に睨みつけていたが、肌があわ立っているのは明白だった。
逃げ出す前の故郷でも、小さな浣腸はされたことがあったから、我慢できないのは分かっていた。
プレイ用の浣腸は初めてだからか、余計に凶悪に見える。
「ん、ぅんっ…んーっ」
何とか眼帯がずれ落ちないかと、激しく頭を振ったが無駄だった。そもそも鉄の棒が邪魔をする上に、
いつもしているようなちゃちい代物ではなさそうだった。

カギロイが一歩、近付く。
「私を傷つけたものを支配して、私を守りたい。これは欲だ。君も同じだろう?」
激しく揺れる鉄枠の間を縫って、浣腸器をもった腕を差し入れる。
その下では拘束男がハダレの尻たぶを広げ、目的の箇所をさらして補助していた。
「だからこれは至極自然な行為なのだよ」
「ン…んッ!ふ、うっ」
ガラスだったようだ――その浣腸器が、舌で解されたハダレの後孔に触れ、冷たく押し入ってきた。
「苦しそうだな。挿入は常習じゃないのか?こんな細いもので苦しがっていては、先が思いやられるな」
見下すような言葉を掛けながら、カギロイはゆっくりと浣腸器の先端をハダレの中へと挿入した。
先端が中にひっかかる度に、ハダレは鉄棒を噛んで声を堪えた。
細い部分を挿入し終えると、カギロイは大きな注射器のピストンに手を掛けた。
ぐっ……と、均一に最後まで力がかかるように気をつけながら、初回にしてはかなり多い量の液体を注入し始める。
「ッ……んぁ…あ……っ!」
想像以上に勢いのある奔流に、ハダレの全身が緊張した。
拘束男の執拗な愛撫で火照っていた体が、一気に内側から冷まされていくようだ。

「…は……は、ぁ…ぁ?あっ!?」
暫く腸の中の冷たさに身体を震わせていたハダレだが、ある瞬間を境にその感覚が全く摩り替わった。
熱い。熱くて、……痛みに近い、炙られるような熱さを感じる!
「んぁあああっ!っ!あ゛っ!」
「効き始めたか。しかしそう暴れるな、まだ半分も入っていない」
身体を捩じらせるハダレを諌める様に告げながら、その手は休めないカギロイ。
「市販の浣腸は殆どグリセリンだ。腹の痛みが長引くが、苦痛自体は少ない。
 それではこの欲を満たすには足りないと思ったのでな。苦痛の大きい高濃度の塩化ナトリウムを使った。
 500ccの大量浣腸のおまけつきで。――せいぜい苦しめ」
「あ…あぅ!…う…」
腹の灼熱感に耐えようと、ハダレは全身を強張らせて目をぎゅっと瞑った。
しかし腸内のものを排泄しない限り、その痛みは消えることは無い。
「…ッ……っ……ぅ…」
更に身悶えるハダレに新しい苦痛が押し寄せてきた。――腹が痛い。出したい!
「後50ccだ」
もはや後どのくらいの残量だろうと、関係なかった。
ハダレの裸身に冷や汗が浮き、拘束されたままの内腿に筋肉の筋が浮かび上がる。
拳を握り、息を詰め、つま先を丸め、腹は必死に力を抜いて腹圧を下げ、一方で括約筋をかっちりと締め上げる。
それほどして、やっとやりすごせる苦しみだった。
しかし、浣腸が終わり次第もっと苦しみが増すのは、当然の流れだった。

きゅぷ、とピストンが押し切られる音がして奔流が止まった。
「終わりだ。抜くぞ」
声を掛けられ、ハダレはやっと反応した。苦しみの余り、意識が飛びそうだ。
だがここで失神してしまえば、何が起こるかは明白すぎた。
「ん…くぅ゛…」
長く細い先端部がゆっくりと引き抜かれる。
その感覚は自然な排泄と似ていて、一緒に漏らしてしまいそうな気さえする。

腹痛と、腸の熱さと、そして漏らした後のことを考えて、全身に冷や汗を浮かべるハダレ。
その腹をそっと撫でる指があった。
「……入っ、ちゃった……お腹張ってる。凄い」
拘束男が、子供を撫でるような手つきでハダレのへそ周りを撫でていた。
腹筋が厚く強靭なため、一目で分かるほどの変化は無いが、それでもちょっと押してやると浣腸液の揺れる感覚がする。
「ン゛ッ!…ぅ、ふうっ…う゛ぁあっ…!」
ほんの軽い圧迫が、食塩水を含んで膨れた腸全体を揺さぶり、更に排泄感を募らせていく。
涙の浮いた目で拘束男を睨み付けると、
「あ、今の効いた?マッサージすると、もっと出やすくなるらしいよ」
等といって、先ほどより強くハダレの腸を揉みしだいた。左の臍横から始め、時計回りにしつこく粘っこく解す。
次第に強くなる腹の鳴動を、拘束男の指先が捉える。
「…ぅ…ふぅう……ん……」
ハダレは口元の鉄の棒をきつく噛み締めて、激しい便意に耐えていた。
が、強すぎる灼熱感と多量すぎる浣腸液の圧力に、もう括約筋は限界寸前だった。
窄まった後孔はひくっ、ひくっと痙攣するように戦慄いている。
「ン…ッンんっ!!」
そして、暫くしてその中心から、一筋の液体が漏れた。ハダレはぎゅ、っと目を瞑ってその瞬間を待った。


――しかし、今にも決壊しそうな後孔に、突如として冷たいものが押し当てられた。
「ごめんごめん、栓をしてあげるの忘れてた。3分も耐えられたから、御褒美」
そして必死の様相を見せる後孔に、ゆっくりと何かが挿入されていく。
「うぁ…あ……っ…」
羞恥の極みの一方で、やっと排泄できるとどこかで安心していたハダレの思惑と共に、
舌で濡らされただけの後孔を破るように硬質な何かが侵入し、無理矢理突き上げる。
最初は細かったその先端は、1センチ2センチとハダレに埋まっていくごとにその直径を増して行く。
「うっ……ぅ…」
「一番太い所で、直径3センチ。無理な太さじゃないよ。もう漏らさないから、安心して」
硬く強張っていた身体を仰け反らせて喘ぐハダレに、無慈悲にそれを挿入しながら拘束男は優しく囁いた。
「これはね、お尻の中を医者が見るとき使うやつをちょっと改良したんだよ。二重になってるの。
 セパレーターがついててねぇ……それを外さなければ、お漏らししないですむよ」
ぐっ、と最後までその器具を押し込めると、拘束男はハダレの腹に唇を寄せた。すべすべとした肌に囁きかけるように、
「逆に言うとねぇ……外してって頼まれれば、すぐに外してあげられるんだよねぇ……?」



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