代理戦争/最下層街編/結・絶望/2


「せーのっ、」
にちゃっ、という粘液質な音を立てて、エネマグラが引き抜かれた。
ローションの糸を切るために抜き出したばかりの孔の周囲に擦り付けると、意識の朦朧とした体がぴくんと動く。
「……………………」
そのまま少し強く押し付けてぐいぐいと皺を伸ばしてやると、同じリズムでぴくんぴくんと膝がはねた。
面白くて何度もやっていると、
「ッげふっ」
「遊ぶな」
首輪を引っ張られた。
「口枷を外して起こしてくれ」
一頻り咳き込んでからなお首の辺りを擦っている拘束男に、カギロイが優しく命じる。
「ふぁい……分かりましたぁっげふ」
それに対してやや元気の無い返事を返してから、拘束男はハダレの頭の方へと向かった。
鉄の枠は、手足など拘束しなければならない場所ほど複雑に絡み合い、手も差し入れにくい。
その点、頭はそこまで厳重に固定しなければならないわけでもないので楽だ。
拘束男はハダレの顔を頭頂の方から覗き込み、横から差し入れた両手で操作し、涎まみれの枷を持ち上げる。
べとべとのそれを傍らに置いて、改めて伸ばした掌で頬を包み込み、瞼を押さえる。
「ハダレさーん、起きてくださいなー」
軽薄な声をかけながら、空ろな瞳と自分の瞳を見つめあわせ、そして――考えうるだけの邪な思いをぶつける。
「ぅ、ぁあッ!」
かなり苦しそうな声――悲鳴といってもいいそれをあげて、ハダレが起きた。
特に今日はちょっとばかりの嫉妬を覚えている。少しきついくらいの気付けなのは想像に難くない。
「ぁ……、……?」
すぐ自分の真上で微笑みかける拘束男が誰なのか――また、この場がどういう場なのか
咄嗟に思い出せないと言うように曖昧な声で呻くハダレ。
その寝起きのような様が、素直に可愛いと感じられて――拘束男は軽く口付けた。
上下逆さまで、しかも鉄の枠に無理矢理首を突っ込んでいる状態なので、やりにくいことこの上ない。
少しかさつく唇を食むように舐め、ちょびっと舌を突っ込んで、それだけで顔を上げる。
「……ん…!」
その時ハダレが異変に気付いて、目を見開いた。今度こそ覚醒したようだ。
もう暴れるほどの体力も気力も無いはずだが、先ほど主人の唇を噛み切った事を思い返せば、
ベストなタイミングで唇を離したと言えるだろう。
「おはよ。って言っても何時間もたってないけど」
「……っ…」
「声が枯れちゃってますよぉ」
拘束男は左側から回りこんで、ハダレの耳に唇を寄せた。囁く。
「そんなにヨかった?」

刹那、ハダレの左眼が睨むような微妙な様相を見せ――そして、翳された白い器具を見て、
怯えたような、ぎょっとしたような光がよぎる。幾分、素直になったようだ。
拘束男はゆっくりと身体を引いた。そして主人に語りかける。
「どうしましょー、なんか怯えられちゃいました」
「そうか……それは悪いことをしたね」
カギロイは心底申し訳なさそうな声でハダレに言った。泰然とした態度は変わらないが。
こつ、こつと高い靴音を響かせ、ゆっくりとハダレの胴へと歩み寄りながら言葉を振り掛ける。
「確かに前立腺の開発にはエネマグラは有効だが、今さっきのやり方は君には合わなかったのかもしれないな。
 入荷したばかりの素材である君は、この場所に少なからず不安を覚えているだろうし。
 そんな場所では思う存分よがることもできなかっただろう。
 さぞ――」
と、カギロイはそこで言葉を切って立ち止まる。ちょうど、ハダレの腰の辺りの位置から身体を見下ろすように。
そして優雅で伸びやかな仕草で、長く骨張り、重労働の経験のなさそうな美しい指を伸ばす。
ゆっくりと差し伸べられた指先がハダレの腹を撫でたかと思うと、すぐに顔に差し向けられた。
口元に差し出されたそれを見て、青年が口を引き結んだ。顔を背ける。
「――さぞ、中途半端で苦しかっただろう?」
そう気遣うカギロイの表情は、完全に獲物を責め苛むことに快楽を得ている表情になっている。
差し出す指先にはハダレの放った白濁が絡みつき、独特のあの臭いを放っていた。
ハダレはその差し出された指の意図するところ――舐めろ、と言う意図は読み取れたが、従う気は無かった。
何が悲しくてせっかく出したものを再吸収しなければならないのだ。
従わなければ、また何か耐え難いことをされるのは分かっていた。だが、どうしても受け入れるのは憚られた。
じりじりと近付いてくるカギロイの人差し指と中指に絡みついた粘液を、目線だけ下げて見つめる。
出来ることなら睨みたかったが、そこまでの気力は無かった。
カギロイは全く臆することなくその指を擦り合わせながら、ハダレの唇へと近付ける。無言の催促が続く。
だが、無視する。
いよいよ強くなる青臭さに自分の物ながら眉が歪むが、唇を引き結んで狭い檻の中、精一杯顔を逆方向へ捻る。
「君のものだ。君が今さっきつけた汚れだ。君が今さっきまで玩具に弄ばれてイった時の精液だ。
 幼い頃習っただろう?後始末は自分ですること、と」
にち、と音を立てて、ついにそれが唇に擦り付けられた。
緊張した薄い肉に二本の指を滑らせ、まるで陰裂を愛撫するようになぞり上げる。
ハダレはなおも黙っていた。
軽口を叩く事も、噛み付くことも、睨むこともままならない現状で最も有効だと思われる反抗を続ける。
が、
「舐めろ」
「おごッ……!」
無理矢理唇を割られて舌の奥の奥まで指を突きこまれても黙っていられるほど、ハダレは自制を伴っていなかった。
「ぅおっ…フ…かっ、ハァッ!」
喉の奥に指を突っ込まれ、えづく感覚を何度も味あわされる。
舌の根元を越え、滑らかな粘膜に指が到達した瞬間に反射的に締まる気管と、
押し上げるように竦む胃や肺が強く痛み、涙が滲む。それでも指は出て行かない。何度も繰り返し粘膜を嬲る。
「ふぁ…は、かはッ!は、ぅ」
カギロイはハダレの舌や頬の内側の粘膜をあえて避け、あえてその場所で指を拭った。
乾きかけた粘液の残骸のかけらまで、執拗に、粘っこくなすって落とす。
つるんと滑る、弾力の強いゼリーにも似た粘膜を突付くと、青年の体が面白いように仰け反った。
「…ッ……う!…」
しかし、エネマグラに弄ばれた身体に仰け反った姿勢を維持する体力など到底残ってはいなかった。
背中が跳ね上がった次の瞬間には力尽き、ばたんと派手な音を立てて落ちる。
その衝撃で、拘束男が用意して傍に置いておいたビン入りのローションの水面がたぷんと揺れた。
「……ッ!……!…、……」
文字通り息もつかせぬ責めに、ハダレの青灰色の瞳がぐるりとして見えなくなった。
それを見て、流石にカギロイが指を抜き出す。精液に代わってさらさらとした唾液にまみれた指を、
ハダレの肌で拭き、更に拘束男の差し出したお絞りで拭き、朦朧としたハダレを見下ろす。
だが、その視線にはゆらめく何かが映っている。
獲物を自らの熱で焦がすように暖めては悶えさせ、空気を震わせる――陽炎のような、欲が。
「起きろ」
パン、と乾いた音を立てて、ハダレの頬が張られた。一度ではない。
十度でもない。その間の、何度か程。
「…………ぁ……うっ!」
その途中でハダレは目覚めたが、カギロイは容赦なく振りかぶっていた分までハダレを引っ叩いた。
特に最後の一発は容赦なく、景気のいい音が部屋中に響き渡った。
その勢いたるや、カギロイの手が僅かに火照り、痺れた程だ。
腕を隠しながら、カギロイはハダレの頬に手を添え、視線を合わせさせた。
「分かったかい?君には抵抗する権利はあるが行使はさせない。
 抵抗した分だけ責め苦となって、君の調教に役立つだけだ」
「…………………」
「返事は?」
ハダレはぐったりと首を動かした。ぱさついた茶髪が散る。
――横の方向に。

「頭の切れる素材だと思っていたが、少し思い違いだったのかもしれないな」
一部始終をぼうっと眺めていた拘束男の耳に、ふと低い声が届いた。その調子に、はっと顔を上げる。
この(表面上は)穏やかな男がこういった低い声を出す時は、兎に角何か良くないことの前触れだ。
特に、表面上は取り繕っている割に内面は冷静ではなく、むしろ感情優先で動くこの主人は、
些細なことにもぷつんと堪忍袋の緒を切ってしまう。多分、強度は紙縒りとタメを張れる。
例えば部下の不始末に苛立っている時。
例えば拘束男に当たっている時。
そして、例えば他には――奴隷材料が、反抗した時。
「材料を檻から外してやれ」
「い……いいん、ですか?暴れるかもしれないですよぉ」
「暴れても私達の前ではどうということも無いだろう。やってやれ」

拘束男はなおも少し戸惑いつつも、素直に主人に従って動いた。
鉄枠から直接張り出した各所の枷を、拘束衣に似た衣装のポケットから取り出した鍵で一つ一つ外していく。
指錠や手枷、腿や足首や首まで巻かれたベルトの類まで全て外し終えると、
やっと檻自体の接合部を動かすことが出来る。
先ほど枷を外したいくつかの鍵よりもっと丈夫そうな鍵で檻の錠前を外すと、強固な檻がぐらりと揺れた。
ハダレの体が引っかからないように注意しながら持ち上げると、
先ほどまでハダレが暴れに暴れても解けなかった拘束が、部屋着でも脱ぐようにするんと抜けた。
拘束男はふうふう言いながらその檻を脇にどけ、綺麗に折りたたんだ。
そして主人を振り仰ぐ。
「……あの、次……」
何となく恐れおののきながら伺いを立てると、カギロイは冷たく告げた。
「……お前は、ホトケの顔も三度までと言うことわざを知っているか」
「は?はぁ……」
唐突な問いに、拘束男は一瞬惑ったように高い声を上げた。が、すぐに思い返して応えた。
「ホトケ、ってあれですよねぇ。東方発祥の古宗教の聖者で……とっても心は広いんですけど、
 その人だって失礼な事を繰り返されるといい加減ぶち切れますよっていう諺だと記憶してますけど」
小首を傾げながら告げる拘束男に、カギロイは低く、冷然とした口調で言い放った。

「私は仏ではないのでね。二度目でもう限界が来た」



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