代理戦争/最下層街編/結・絶望/3


へ、と間の抜けた声を上げた拘束男をよそに、カギロイはハダレのぐったりした身体を
檻をのけた台に引き上げ、後頭部を鷲掴んで叩きつけるように押し付けた。ゴン、と硬い音が響いた。
「ッ、が……」
潰れた様な声を出すハダレの上半身には構わず、カギロイはハダレの脚を押し開き、
未だ乾きかけのローションでてらてらと光る尻を自分の方へ向かせる。
カギロイが何を考えているのか考える余裕も無いハダレは、この期に及んでももがいているだけだ。
――しかも、無意識にか自分から逃れようと前方に。
それがまた腹立たしい。
カギロイはとうに痺れの切れた右手を振りかぶり――目の前の尻たぶに振り下ろした!
「ッ!」
背が跳ね上がり、肩甲骨や背骨の陰影が一瞬濃くなる。
頬を張ったときよりも数段いい音を立てて、ハダレの尻に薄赤い手形が付いた。
「逃げるな」
カギロイはもう一発尻に平手を落とすと、自分の前を寛げた。
先ほどから支配欲を強く感じていた影響か、それともハダレが奴隷に似ているからか――恐ろしいほど昂っている。
それを赤く染まった両尻のたぶの間に埋め、割れ目を擦り上げた。
ハダレの会陰から割れ目の終わりまでをぬるりと撫でると、そこで初めて正気に返ったように青年が振り返った。
――もう、何をしようとしているかは明白だった。
「……ッあ……!?」
愕然とした声を上げると、ハダレは何とか逃れようと暴れた。
意思とは逆に垂れ下がる手足で台を掴み、腰をくねらせて掴む腕を振り払おうとする。
が、すぐに体力が尽きて抵抗は終わりを告げる。
もとより前立腺責めで体に力が入らない。
前よりもぐったりとした肢体をカギロイは抱き、罰だといわんばかりに囁く。
「ウスライの方がいいか」
「……ッス……ラィ…」
ハダレはぼんやりとした口調で、聞こえたとおりに繰り返し――はっとしたように、小さな声を上げた。
それを遮って、カギロイが哀れみを加えた声で告げた。
「そうだ。ウスライだ。君と行動していた、俺の弟だ。君は奴に入れ込んでるようだが、
 護られている途中に抱かれでもしたのかね?」
「………、……」
ハダレは睨むつもりで、――しかしカギロイを力なく見つめ返す。
その視線を受けながら合点したとばかりに、カギロイは頷いて見せた。何に納得したのかは知らないが。
「別に君の趣味を否定するわけでもないし、弟を否定する訳でもない。
 立場の違いが互いを反目させていはいるが、
 少なくとも単独で私を――組織を相手に渡り合う能力には感服している」
にゅ、っと。尻の谷間を男の性器が舐めるように滑った。
気色の悪さにハダレが身を竦めると、服が汚れるのも構わずカギロイが身をかがめてきた。
「ただ敵を殴って倒す能力しかない男なら、私はとっくにあれを捕捉している。
 まあ、殺しでもしたら今度こそ本当の暗殺者でも仕向けられていただろうけれど。
 ――だがウスライのほうも私に手を出しあぐねている。その能力ゆえに」
「………………」
カギロイの話を聞きながら――半ば聞き流しながら、ハダレはもぞりと身体を動かした。
抵抗のつもりではない。できるならとっくにしている。身じろぎは、悪寒にも似た居心地の悪さが原因だった。
耳元でぼそぼそと囁かれるのは、ウスライと初めて代理戦争の舞台で会ったときのことを思い出させる。
目さえ瞑れば、後ろにいるカギロイはその時と至極良く似た雰囲気だと感じられた。
そして素肌に時折触れる相手の体が、酷くもどかしい刺激になるのもその時と同じだ。
だが――

「状況判断能力だよ」
「……ぁ、っ…!」
後孔をぐり、と強く抉られ、ハダレは身構えた。
具体的に言うと、尻に力を込めカギロイの侵入を拒み、しかしいずれ突破される痛みに耐えるために息を吐いた。
だが、肩透かしのようにカギロイは身を引く。むしろ刺激に反応した後孔を面白がるように、何度も突く。
「自分がそこに巻き込まれていてなお、まるで外からゲーム盤を眺めるような冷静さ。
 必須なものと、護らねばならないものと、それを護るために必要なもの、そして不必要なものを
 瞬時に選別し、処理する頭の回転のよさ。そして――……」
カギロイがふと身体を離した。温みのある質量が離れたことで、冷気がハダレの背を這う。
つい怪訝そうな――このまま挿入はしないのではないかという、淡い期待を抱いた――目でその姿を追うと、
手にローションと思しき液体の入ったビンを拘束男から渡されたカギロイが、にこりと微笑むのが見えた。
「ちょっとしたチャンスだ。自由と屈服。言い換えれば、ウスライと私。
 どちらを選んだ所でどうと言うほど待遇が変化するわけでもないが、――どちらが自分に有益な存在か。選べ」

「…………」
意味が分からない。ここで選ぶほうなど決まっているのに、なぜそんな問いかけをするのか。
ぼんやりと府抜けた顔の中にもその疑問がはっきりと浮かび上がったのだろう、
カギロイが瓶を揺らした。
たぷ、とゆれた液面が透明な瓶にねっとりとした軌跡を描く。
つられるように、ハダレの喉が鳴った。
あれがあれば無駄に痛みを感じずにすむ。後に引く痛みもほとんどなくなる。
どうせ助からず、虐待されつくす身なら、それを選ぶほうが賢明だ。

だがハダレには選べなかった。
破り破られてなおその心を縛る約束のかけらがハダレには捨てられなかった。
それを瞼の裏側に隠すように目を閉じ、青年は小さくつぶやいた。
「……う、す、……らぃ…」

「そうか…………まぁ、そうだろうな。というわけでこれは無しだ」
微笑み、納得した様子でローションのビンを投げ割るカギロイ。
その音に、むしろ拘束男の方が肩を跳ね上げさせる。
それを振り返り見もせず――カギロイは、ハダレの腰骨に指をかける様に引き寄せ、
「……ぅ………うくっ…ッ…!…!!」
そうする様には慣らしていない後孔に、ずぶずぶと身を沈めていった。
先ほどまで器具で開かれていた孔は、器具の形にしか慣らされていない。ローションも渇き気味だった。
エネマグラよりも直径も、質量も上回るカギロイ自身の挿入は、ハダレにまたも酷い痛みを与えた。
初めて犯された時から全く慣れない苦痛と惨めさと無力感が、背骨を逆流してフラッシュバックのように
思い出さずともいいようなことを思い出させる。
男女を問わず、子孫を残す機械として犯されたこと。
人買いに、にやにやとされながら服を剥がされた事。
代理戦争で勝ちすぎて、生意気だと路地裏に連れ込まれて輪姦された、何年か前。コモリの裏切り。
逆に、自制できずに相手を傷つけ、犯し、自尊心を踏みにじり、或いは命まで奪ったこと。
さらに連想は続き、閉じ込められていたこと、行き倒れたときのこと、衣食住全てが不足していたこと、
あらゆるネガティブな思い出が、カギロイが身体を揺さぶり上げる一回一回に伴って鮮烈によみがえる。
「ぁ……ぐぅっ…」
「痛いか。痛いだろうな。こんなに固い抱き心地は初物食い嗜好の客しか好まないだろう」
瞑った目と鼻筋の隙間を冷たい汗が伝い、カギロイを咥え込んだ部分のすぐ下、内股がぶるぶると震えた。
いつもこうだ。行為に及ぶ時は、いつも痛みに耐える事から始まり、
慣れた頃には欲に耐えることに努め、最後は虚しさに耐えることに尽力する。
耐えなくて良くなるのは、一体何時のことなのだろうか。
「……、けっ……抜け、ッぃた…!ぅ…!」
「強請られれば、ローションをつけない事もないし、セックスドラッグを用意させてもいいが?なぁ」
「ですよねぇー。ほら、お願いすればぁ?」
いつの間にかハダレの正面に回り込んだ拘束男が、台に肘をつく格好でハダレの苦悶の表情を眺めている。
「怪我しちゃうよ?明日もきっとお尻痛いしぃ。それにどうせ、あと何日もしないうちに君は折れる。
 …………そんなに我慢しなくて、いいんだよぉ?」

『耐えなくて良くなるのは、一体何時のことなのだろうか』
ハダレは、その痛みの最中に問いの答えを聞いた。

畳み掛けるように、カギロイが囁く。
「さっきの――ウスライの話が途中だったな。状況判断能力について。
 それの最たる特徴は――取捨選択だ」
ずん、と一際大きく突く。カギロイの根本まで、全てがハダレの中に在る。
その気色悪さと、背筋を駆け上る不愉快な熱に呻き、ハダレは朦朧としながらその言葉を聞いた。
「普通の人間は不必要でも『所有する』という行為を大事にする。
 持っていることそのものに意味を見出し、執着する。
 それが常に悪い選択だとは言い切れないが、その執着によってあまたの人間が身を滅ぼしてきた。
 土地。金。財産。名誉。あるいは美しい女、芸術品、時に定理や発見もその例となる」
「…ッ、…あ…が、どう……した…」
ぐちゅ、と粘着質な音を立てて肉棒が引かれる。奥に残っていたローションが、垂れてきたらしい。
ほんの少し苦痛が減る。それに安堵する自分が嫌いだ。
「しかしウスライの場合は違う。
 あいつは秀でたその能力で、はっきりと不要必要を見分けられる。
 君から『代理戦争の王者』という栄誉を剥奪することが必要だと思えば、こなしてみせる。
 邪魔者がいれば、道徳心を捨てて殺人すらいとわない」
後孔がカリを吐き出すか吐き出さないかのぎりぎりまで引き抜いてから、カギロイはまた奥まで突きこんだ。
「あっ……ぅん、」
「分からないかい?厳然たる取捨選択の末に何が起きるか?
 だから君は私達に抗うのか?」
「…っ……ぃ…?」
抽送されながら、そろそろ痛みも薄れてきた感覚に戸惑いながら、それでもハダレは疑問の様な声を上げた。
それを疑問と取ってくれたカギロイが、にやりと微笑んで告げた。
「ウスライが自分の安全と引き換えに何を捨てたのか――……
 それは、君だ」

「………………」
驚き、というほどの感覚は無かった。
助けて欲しかったのも、今助けてくれる道理があると思われるのもウスライしかいないのは事実だ。
そして、その一方で助けてもらえない道理が在るということも、知っていた。
ただ、彼と争って長いという兄という存在からその言葉を聞くことは、
自分以外の誰かがその発想を持っていることを知るのは、
――予想以上に辛かった。
自分は一体どういう表情をしているだろう。驚きというほど、驚いてはいないはずだ。
悲しみだろうか。憤怒だろうか。戸惑いか。未練たらしい、苦い表情には違いない。
「…………その表情が見たかった」
頃合的にも、快楽が勝ってきていた。
無理矢理暴かれた後孔が、先走りと腸液で潤滑を得て、ぞくぞくする疼きを感じ始めている。
望まぬ相手に、本質的には恋人に抱かれるのと同じ媚態を晒す時間帯に。
引き攣り、文字通り喘ぐような声が漏れ出ている。どこから。ハダレ自身の口から。
「どんな表情をしているか、分かるか?」
首を振った。もう駄目だ。もう……耐えられない。何に。
「絶望だ。絶望的な表情とは正にそれだ、と断言できる――そんな顔だ」


「……今日一日で結構折れちゃいましたね」
拘束男がつまらなそうに言った。新たな絶頂を迎え、腿に白濁を滴らせたハダレを抱えて。
その一方で、カギロイは身支度を整えながら微笑して拘束男に言う。
「また体が休まって、目が覚めれば直っている。
 ――そうやって何度も曲げ直しを繰り返した精神こそ、ある瞬間で完全に折れる。もう直らない」
「それが――『舞台』ですかぁ」
感慨深そうに拘束男が呟くのに、カギロイは否定も肯定もしなかった。まるで、1+1=2を唱えたように。



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