「……ッ…う…ふぅっ……」
何も見えない。何も聞こえない。何処も動かせない。何も話せない。
当たり前だ。目隠しをされ、ヘッドホンを付けられ、拘束され、喘がされているからだ。
最早これで何日目なのか分からない――寝ても冷めても責め立てられているというよりは、
気絶するまで責められ、起きたら早々に調教開始といった具合で、
寝るか食うか善がるかの生活だったので日付など気にしていても仕方なかったし、
あの2人組も日程を特に組んでいる様子も無かったからだ。
気を失った後の重く苦しい眠りから目が覚めた時に押し込められている独房には、窓も時計も勿論無い。
しかもその後朦朧としているうちに連れ出され、策をめぐらせる前に責め立てられるものだから、
ひょっとしたら意図的に時の感覚を奪っているのかもしれない。
ここまで思考を進められただけでも称賛ものだ。
今日は目が覚めるなり目隠しヘッドホン拘束を施されて何処かに連れ出され、
移動中は何もされずにいたために、いつもよりほんの少し頭を働かせられる。
それに次第に後の孔に何かを挿入される刺激を苦痛と感じなくなってきた。
痛みに慣れてしまったとも言えるが、それより『順調に拡張が進んでいる』のだとあの2人組が言っていた。
恐ろしいことに、磨耗した神経はそれを聞いても激昂も悲観も感じなかった。
ろくな運動もしなかったために衰えた感じのある手足を眺めても、嫌悪していた自失の瞬間が訪れても、
上下の口を尊大な態度の男に犯されても、その様子を拘束服の男に眺められ揶揄されても、
諦観に似た重いものが呑み込んだ白濁と共に喉を降りていくのを感じるだけだ。
忘れてしまったわけではない。壊れたわけでもない
ただ、代理戦争に関わったものとして潔く――
諦めただけだ。
「それにしても埃っぽいなここは。上中流の会場とは大違いだ」
カギロイはまるで目の前の埃を含んだ空気を除けようとするかのように、掌を振った。
実際、そんなことで埃が払えよう筈も無いが。
だがその狭く、どこか黴臭い殺風景な小部屋――控え室は、
どう見ても普段カギロイの過ごす空間とは似ても似つかない。息を吸うだけで自分が汚れるような気がする。
居心地の悪さと、会場の管理の悪いスタッフ、そして会場を仕切る女主人にため息が止まらなかった。が、
「ンッ……んぅ…」
「ああ、悪かったね。少し考え事をしていたものだから」
鼻にかかった呻き声を――ある程度の意図を持った声を――聞いて、カギロイは意識をそちらに向けた。
そちら、とはカギロイが立っている下前方だった。
脚の下に付いているゴム片が磨り減っているのかガタガタと揺れて落ち着かない長椅子の上に、
跪くようにして全身を乗せた痩せ気味の青年が、拘束された身体を捻るようにしてカギロイのほうを見上げている。
「…………」
親指と人差し指で作った輪より一回り大きい球に穴を沢山開けた口枷を噛まされ、
透明な涎が球に開いた穴や唇の端から垂れて酷く情けない顔をしている。
一方で呼吸が苦しいのか、息が咽喉の奥やその上に引っかかって意図しない声を生み、
それが快感に押し出された喘ぎ声と交じり合い、えもいわれぬ淫らな効果音となってカギロイの耳を刺激する。
元々どちらかといえば険のある目つきだった左眼は、浮かべた涙で――そして『異』に増幅された性欲の所為で、
どろんと濁りきっていた。――それが、その鋭さの欠片も見えない視線が、またそそるのだが。
カギロイは傍に控えていた拘束男に目配せして、ヘッドホンを外させた。その上で、呟く。
「……で、どうして欲しい?ハダレ」
優しさすら感じさせる声音で呟きながら、尻から腰の辺りに指を立てる。
すると上の口の代弁だと言うように、後孔がカギロイをきゅうっと締め付けた。
「言わなければ分からないだろう……ほら」
カギロイはじっとこちらを見つめたまま動かないハダレの腰を押さえると、
じっくりと時間を掛けて後孔の中の腫れたしこりを擦り上げた。
「っ!……ぅ…ぅう…」
カギロイが動き始めた瞬間、後ろ手に縛られて殆ど動かせない肩がびくんと跳ね上がった。
ほんの、ほんの少しずつ引っ掛かるようにカギロイが奥へ進むと、
跳ね上げた肩はそのままに背筋がぐっと沈んだ。
体が柔らかいせいか、男が今まで調教してきたどの代理戦争の敗者よりも、深く、しなやかに反り返る背中には、
薄っすらと鞭打たれたような蚯蚓腫れが何本も走っている。
軽く爪を立てるようにしてそれを端から端までなぞると、限界に見えた背中の反りが更に深くなる。
そしてふっくらとした前立腺を過ぎる瞬間には、
しゃっくり上げるような声と共にその背中がばねが外れた様に元に戻った。
「……ッ…っ……」
涸れかけた小さな悲鳴が、何度も何度もハダレの口元から滴った。
欲しいのに焦らされ、焦らされ、焦らされつくして、轡越しにも欲求を口にすることが出来ない。
既に恥を気に出来る段階は通り越していた。快楽が大好きな体が、声にならない悲鳴を上げてせっつく。
その時、長椅子を奇妙に揺らし奏でながら悶えるハダレにちょっかいを出しながら傍観していた拘束男が、動いた。
片手でハダレの雄を弄びながら、
「……ほら、外してあげるから……言いなよ」
「〜〜〜〜ッ、ぁ……」
涎でべとべとのハダレの頭を胸に抱えるようにして、拘束男が口枷のベルトに手を掛ける。
後頭部に食い込むほど固く締められた留め具を外そうと、
そろそろ根本が元の暗い赤色に染まり始めた茶髪にそっと指を差し入れた。
乱暴にして髪を巻き込まないように、皮膚を傷つけないようにゆっくりと緩め、
「……ッ……っ、ふぁは……ッ!」
ぴく、とハダレが痙攣する。大量の透明な涎と共に、蛍光色のボールが転がり落ちた。
それを拾い上げながら、拘束男は落ち着かせるようにハダレの頭を優しく撫でた。
「ああ、髪の毛抜けちゃったかな?大丈夫?…………って……」
ふと、怪訝な表情になる拘束男。
ひょい、と指を伸ばして「それ」を拭い、ハダレの目の前に突きつける。
「あーぁ、まーた頭撫でられてイっちゃったんだぁ?えっちぃ」
やや薄めの白濁の絡みつく人差し指と親指を擦り合わせながら、歌うような滑らかな口調でからかう。
達したばかりでヒクつく身体を緩慢に責められ、苦悶するハダレの口元にその指を運び、
唾液とそれを混ぜ合わせるように――さながら、水彩絵の具のように――、拘束男が唇を弄ぶ。
「こういう子にはまたお仕置きですよねぇ?ご主人様ぁ」
同意を求める甘えた声に、カギロイは口を開きかけ――
「残念ながらお時間なんですがね」
唐突に割って入った女の声に、拘束男が渋い顔をする。
女――この戦場を仕切る、例の女主人が不機嫌さを精一杯隠した奇妙な表情で、戸口のところに立っていた。
組織の幹部クラスが来るということで、いつもよりほんの少しいい衣装を見に纏ってはいたが、
その胸の内――自分の店を汚される不愉快さ――を相手によって隠すか否か変えない気風はいつもどおりだった。
「お客さんももう待ちくたびれてなさるし。こんな小汚い控え室でがたがたやらないで、
早々に舞台に上がりなすったらどうかしら」
その遠慮の無い言葉に、拘束男の雰囲気がすっと尖る。が、
「そうだね。分かった。わざわざ足を運ばせてすまない」
殺気が満ちないうちにカギロイがやんわりと返事を返した。ついでに、
「彼の最後の『舞台』の前だと思うと、こちらも落ち着かなくてね。ついつい長く遊んでしまった」
ずるりと自身を引き抜き、さっと身体を脇によける。
すると、カギロイのために死角になっていた長椅子の一部が女主人の視界に入った。
その上にたった今まで弄ばれていた性奴もどきの姿を認め、彼女は静かに無表情を凍らせた。
その表情の変化を心地よく思いながら、カギロイはさっと素早く身支度を整えた。
長椅子の端に掛けていた上着を取り上げ、肩に掛けながら拘束男に指示を出す。
「『ハダレ』の身体を清めてから、服を着せてやれ。眼帯も取り替えろ。
視覚と聴覚を塞いだら、合図を待て」
「はーい」
拘束男が拗ねたような声で返事をするのを聞き届けてから、
カギロイは女主人の脇をすり抜けて廊下へ出た。
女主人は彼を引き止めることも、咎めることも無かった。
廊下の突き当たりに、光の漏れる厚い扉がある。その向こうからは――歓声が聞こえた。
肌に触れる布地の感覚が、嫌に久しぶりのような気がした。
感触からして、捕らえられる以前に身に着けていた服と同じ類の物のようだ。だが、確認は出来ない。
視覚と聴覚をまたも奪われ、手首を体の前で拘束され、どこかに一人で立たされていて状況が把握できない。
このまま拘束を振り解けないことも無いだろうが、疲弊した神経がそうするなと叫んでいた。余計なことはするなと。
だがそれ以上に――異様なほど肌に馴染んだ、『空気』としか言いようの無いものをハダレは感じていた。
皮膚を炙るような激しい熱情と、濛々と立ち上る熱気。びりびりと肌を振るわせる殺気立った空気。
一方で冷え切って、第三者の立ち入る隙の一片も無い冷たいフィールド。
温度差が体中の血液を巻き込み、胸を突き上げるような興奮に変わって――
「……………………!」
ここは、何処だ?
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