代理戦争/最下層街編/結・瑞光/3


拘束男は少し驚いたように目を瞬かせた。が、すぐに満面の笑みを浮かべて、主人を一瞬振り返る。
なにやら確認でも取ったのか、一度だけこくんと頷くと、またハダレのほうに向き直った。
向き直った拘束男は身体を解すように何度か伸びをした。こきこきと関節を慣らすと、満足そうに告げた。
「最後の代理戦争が負け戦なんて――かわいそうに」
ハダレが不愉快さを露に目を吊り上げる。それと同時に――
「ッ!」
殆ど一瞬で踏み込んできた拘束男の腕が目前に迫り、ハダレは交差させた両腕でそれを受け止める。
ずしんと重い一撃が、弱った膝を伝わってリングの床へと吸収される。苦悶の一瞬。
だが、
「っぁあ!」
追撃される前にその腕を捻って払い、絡まった腕をかいくぐって肘を突き入れた。鮮やかな一撃が拘束男の脇腹を貫く。

おおおおっ……!

観衆が軽い驚きにざわめく。まさか手負いのハダレからこんな技が決まると思わなかったのだろう。
そのざわめきを懐かしく思い、肘から薄い皮膚の下のあらゆる組織が衝撃に揺さぶられる響きを感じながら、
ハダレは恍惚を覚えていた。今まですっかり忘れていて、つい一月前まで当たり前だったその興奮を。
相手を倒さなければこちらが倒される。負ける。死ぬ。
強迫観念にも似た一種の言い訳を唱えながら、ハダレは追撃をかけた。
に触れた拘束男の衣装を強く掴み、捻りあげ叩きつける。
思いのほか体重の軽い体が床に倒れこむ。けほ、と小さく咳き込んでこちらを見上げる。
――その表情を視て、心の化け物が殺意を含んだ咆哮をあげた。
ハダレは無言でその体を蹴り、馬乗りになった。静かに拳を振り上げる。
誰も止めようとする者はいなかった。

一撃ごとに、砕け、拉げ、潰れるのに似た音がする。
――似ているだけで、無論本当にはそんなに壊滅的なことにはなっていないけれど。
もう十数回は殴っただろう。蹴っただろう。打っただろう。
だが止まらない。抑圧されていた支配欲が一気にあふれ出し、ハダレ自身ももう収まりが付かない。
それに敵はあの拘束男で、どうしても負けるわけに行かないとなれば、別にどうもしなくてもいい気さえした。
カギロイが慌てるほどに拘束男をぐちゃぐちゃに殴り倒して悠々と去れば、
少しはこの陵辱されつくした心と身体を癒せるだろうという幻想が、ハダレの脳内を駆け巡っていた。
ウスライは、来ない。自分しか信じられない。裏切られたというには、浅すぎる関係。
――それを思えば思うほど、胸を突くような痛みがハダレを襲った。ハダレの拳を振り上げさせた。

馬乗りになって、拳を血に染めること三十回は過ぎただろう――と、言う時だった。
流石にハダレも息を切らし、汗が全身を湿らせていた。全身が軋む。額には前髪が張り付き、うっとおしかった。
拳をとめ、衝撃に痺れる右手でそれを払おうとした――その時。

ぎり、とその手首を握り締める白い腕があった。

はっとして振り払おうとするが、吸い付くような奇妙な強さで握られたその腕は、くっついたように離れない。
「何……」
焦燥に駆られて見下ろすと、そこには拘束男が未だ横たわっている。
血まみれで、緩んだ覆面の間から薄っすらと――笑みを浮かべて。
「ッ……!?」
「甘ぁい」
思わず腰を浮かせたハダレに、拘束男はその腕を握り締めたまま捻って横へ払う!
「っ、がッ!」
だん、と音を立てるほどにはだれは激しく床に打ち付けられた。弱った筋肉が衝撃にすくみ上がる。
慌てて身体を起こそうとすると、
「ぅうッ!ぁ!」
素早く起き上がった拘束男に腰を蹴られ、背を踏まれた。肺が無理矢理圧迫されて、空気を出してしまう。
呼吸が乱れる。自分のリズムが崩れ、拘束男のそれに同調してしまう。――逃げられない!
苦し紛れに床を引っかくように前へ逃げようとすると、あっさりと片腕を引き剥がされた。そして、
「ッ!!」
「はい、終了〜」
後ろへ捻り上げられ、肩と肘を同時に極められる。身じろぎすると、頭の中で警鐘が鳴る様な痛みが走り抜ける。
「……く……くそぉっ………!」
余りに短い時間の間に致命的なことが連続して起こり、
『異』を孕んだハダレの精神は冷静に判断するどころではなかった。往生際悪くもがき、痛みに沈黙する。
そんなハダレの様子を見下ろしながら、拘束男はふう、と一息ついていた。
あれだけハダレに殴られ、蹴られ、ダメージが皆無かと聞かれればそれは嘘だ。実際、額と唇が切れて血が出ている。
だが、元々完全ではない『異』の上、その本質も扱い方も学んでいないハダレを――しかも怪我と調教の所為で、
ここ一月余りはろくすっぽ身体も動かしていないハダレの拳など、仔猫に引っかかれたようなものだ。
余裕な様子で、掴んだ腕の骨張って細い感触を楽しみ――

その顔が歪む。覆面が、殴られた衝撃と血の滑りでずれて来ていた。視界が塞がれ、邪魔なことこの上ない。
顔面を伝う血を拭うついでに、それを取って観客席の方へ放る。
と、観客の一部から歓声が上がった。拘束男の顔の造作が、カギロイの性奴として納得できるほど魅力的だったからだ。

万人受けする絶世の美形ではないものの、綺麗に閉じた目尻は優しげで落ち着いていて、
鼻梁がすっと通り、頬は白く滑らかで、血を舐め取る赤い舌が覗く唇は少しだけ厚めで、艶かしい。
虐めたり壊したり、または人形のように自由にして楽しむ性奴ではなく、
理知的な言動と、主人に寄せる絶対の信頼を持ち合わせ、セックスの楽しみ方を知っている、高度で可愛らしい奴隷。
奴隷趣味のあるなしに関わらず、一度はどきりとさせられる存在。それが――カギロイの作る、性奴。

だが、拘束男はそんな歓声に興味は無かった。
今すべき事はハダレとの勝負を決めてしまうことだったし、それによって与えられる主人からの褒美と
歓声を比べた所で、腐りかけの残飯と高級コース料理程の差があったからだ。
拘束男は後ろからハダレの耳に唇を寄せて――囁く。
「ゴメンナサイはぁ?」

「ッざけんじゃねぇ、誰が――ッ!」
久方ぶりの興奮に目が覚めたのか、それともこれは『異』の欲に飲まれているときの地なのか。
調教前のように激しく噛み付くハダレに、拘束男は間髪入れずに腕を引っ張った。ハダレの声が一瞬くぐもる。
その隙を狙って――拘束男は、ハダレのベルトに手をかけた。
「!?く、そっ………ッ!」
ハダレが違和感を感じた時には、ずるっと身体を傾けられるような感覚がして、ベルトが抜き取られていた。
抵抗しようと全身に力を込めた時には、下着と一緒くたにジーンズが腿の半ばまで押し下げられていた。
実際に脚をばたつかせた頃には――
「ぐ、ぁあ!……ゃ、め…」
拘束男の指が下肢の間に潜り込んで、何かを後孔に押し込まれていた。
ぴりっとした刺激が周囲の皮膚を噛み、ハダレは罵声を呻き声に変えた。
「……痛ッて……ぃ、な、に…入れ……」
「んー、ローション。塊になってて、体温で溶けるやつ。戦場でちんたら慣らしてられないしぃ」
「なっ……」
ハダレが血相を変える。そして周囲を素早く見回し、
「……………………………!退けっ!退けよ!!」
好色な『視線』――そしてそこに含まれた、下卑た欲望の数々に耐え切れずに、絶叫する。
一瞬味わった勝利に程近い興奮に忘れかけていたようだがしかし、
ハダレが『謝罪』を拒絶して負けを認めない以上、ここではタコ殴りにされようと、犯されようと仕方が無い。
「嫌なら謝ればいーじゃなーい。ほらぁ」
「ぃ、や、だぁ……ッあ…!…」
聞き分けの無い生徒を諭すようにあっさりと告げる拘束男を睨みつけようとした瞬間、
体内に押し込まれた塊が熱でとろりと溶ける感覚がハダレの身体をぎくりと強張らせた。
それに続いて、潤滑剤と化した塊が後孔の圧力でゆっくりと出口まで下っていくなんとも言いがたい刺激に、
もっと長く続くはずだった罵詈雑言が、口から出る前に呻き声に変わる。
出すまいと力を込めると逆効果なのか、最初よりは圧迫感の減った塊がつるんと下って――
「ぁ……っ、ぅ………ぁ、ああ!?あ、や」

太くて熱くて、そのくせ生々しい何かに一気にそれを奥まで押し返され、呻き声が更に悲鳴に化ける。
滑るように奥まで入り込んだそれは、その様子と見合わない苦しみをハダレに与えた。気持ち悪い。息苦しい。
「……う…ぅっ……」
ハダレは苦しみを誤魔化す様に――最早、逃れようとはせずに――、額を床に擦りつけ、身体を屈めた。
その耳元に向かって、
「……ッ…いきなり…俺の、入れても、全然大丈夫……最初とは、ぜぇんぜん違う……
 気持ちいいよぉ、……ハダレぇ」
少し上ずった蕩けるような声音で拘束男は囁いた。自分が抱かれているかのように、甘い声音で。
ちょっと滑りを加えただけなのに、いい具合にきゅうきゅうと肉棒を絞り上げるハダレの中は、実際とても心地良い。
拘束男はハダレに快楽を与えることで更なる締め付けを得ようと、ゆっくりと突き上げを始めた。
「……ゃだ…っが、あっ!あ…あ、あぁ!」
それに対してハダレは嫌悪するように、ますます額を擦り付けた。
実際、カギロイによる熾烈で甘美な調教を受けたハダレは、見違えるような変化を遂げていた。
外観はストレスによる食欲の減退で余り良くはなっていないが、感度や性技の習得具合は上々で、
特に後孔の拡張具合は早急な挿入にも耐え、かつ程好い締付けを味わえるという絶妙さに仕上がっている。
精神の方さえ折れれば、身体はすぐに出荷しても申し分ない状態――逆に言えば、
体がどれほど快楽を望んでも、何時までもしぶとく理性を取り戻してしまうという厄介なことにはなっているが、
この代理戦争仕立ての公開調教を乗り越えた奴隷材料など、かつて存在しない。
事実上、この段階がハダレの調教の最後の山場といっても過言ではなかった。
その所為か。
カギロイは自分の最愛の奴隷とそれと雰囲気を良く似せた奴隷材料がリングの上で絡み合うのを、
常に無い熱い視線で見つめていた。
――もしもいつも程度に冷めた眼差しでいられたら、もう少し何かが違っていたかもしれなかったが、
それは誰しもが与り知らない事である。

「あっ、ぁう、ん!…んんッ、…そ、……そこ、ぁ!」
一方の舞台では、拘束男の性器の大きさに馴染んできたハダレが、調教の成果どおりに快楽に悶えていた。
丁度イイところを捏ね上げられているのか、しきりにそこ、そこ、と鳴きながら訴える。
既に拘束男はハダレの腕を解放していたが、脱力した身体は腰を高く上げて脚を広げ、攻め手の成すがままだ。
ハダレは相変わらず額を床に付けたままで揺さぶられている。
おそらく、その姿勢のまま目を開けば、見えるはずだ。
――自分と同じ、若い雄の肉棒に一杯に広げられ突き上げられいやらしいローションの涎を垂らす後ろの孔と、
なだらかに割れた腹筋に粘液で快楽の証を描く自身と、紅く染まって拘束男を欲している全身が。
「……あれだけ、怒鳴ってたのに…ん……現金なんだからぁ……。
 分かったでしょ、……ぅ…自分が、気持ちイイの、……大好きなのさぁ」
「……ぁ…!……うぁ……ひゃ…ぁっ…あーッ…!」
そう囁かれながら、何処ともいえぬ全身を――鎖骨、両方の乳首、臍、足の付け根の窪み、背中、尻、そして肉棒、
各所をじっくりと撫で回されると、もう声にならない欲望そのものが咽喉を駆け上がって口から漏れ出た。

――堕ちる。

「ッ、ああああッ!ぁあ、ああぁ!……ぁ、…ぁあ……っひゃ………ぁ…」
咽喉を引き裂いて飛び出た悲鳴につられる様に、ハダレは白濁をぶちまけた。
包み込んでいた拘束男の指から溢れ出るようにとろりと零れ落ちたそれは、
ついさっきまで控え室でも犯されていたものとは思えないほど濃く、粘っこかった。
「……ん、んん……ッ!」
拘束男も、絶頂の締め付けに誘われるように達してハダレの中に存分に射精する。
「……っ、…………ぃ…、……」
たっぷりと注がれた精液が、ハダレの中に残っていたローションと絡み合って奇妙なマーブル模様を描く。
それが、拘束男が出て行った後の少し開き加減の後孔からつぅーっと垂れた。まるで、誘うように。
もっと欲しいと、強請るように。



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