代理戦争/最下層街編/結・発覚/1


「……ウスライ……」
カギロイの瞼がひくんと上がった。舞台の下に群がる男達には分からないほどの動きだったが。
正直なところ、彼は意表を突かれていた。
まさかあのウスライが――自分の保身の為には何者をも切り捨てて来た男が――この場に戻ってこようとは。
特に、ここは戦場だ。
この場で無理矢理ハダレを拉致しようにも、舞台の周囲は人で埋め尽くされていて無理だ。
更に場の雰囲気的に、青年の堕落する様子を見ていたいという方向で合致している。
決して行儀のいいとは言えない彼らの前で、そんな事をすればどうなるか――
分からないほど、弟は盲目的になっているのだろうか?この奴隷材料のために。

「お前も人の子だな、ウスライ。
 十日と少し過ごしただけのこの男のために、今まで必死に守ってきた己の身をむざむざ危険に晒すか。
 恋でもしたのか?
 それとも最早手放せないほどに具合が良かったのか?」
マイクを受け取る前だったので、会話は舞台の上から漏れ出るほどの大きさではない。
だが、逆に歓声にかき消されるほどの小ささでもない。しっかりと、ウスライに届いているはずだ。
しかし、揶揄にウスライは全く反応しない。
「だんまりか。兄に図星を突かれて言い返せないというわけでもないだろうにね。
 ああ、そういえば、彼も随分必死だったようだ」
ちらりと一瞬だけ視線を倒れたままのハダレに遣って指示語の指す先を示してから、
「お前を随分慕っていたよ、彼は。具体的な言葉にはしなかったが、内心では相当にね。
 ――まぁ、それも私がお前の本性を教えてやる前までだったが」
今度は、ウスライの瞼がひくりと動いた。同時に、その手が黒い例の袋を強く握りなおす。
――まだ、だんまりか。ならば……と、カギロイが口を開いた時だった。
それより早く、ウスライが言葉を発した。
「単刀直入に、再度申し上げます。ハダレという青年を返して頂きたい」
「駄目だ」
カギロイの切り返しはあっさりとしていた。
「彼は一度といわず、今さっきも代理戦争で敗北した。
 彼の身分は今誰にも保証されていない。
 言い換えれば、彼は存在しないも同然なのだよ。存在しないものの権利を、誰が認めるというのだい?」
優雅に掌を返す仕草を自然に行いながら、カギロイは言葉を続ける。
「それに、だ。彼は既に調教の大部分の過程を施した、大切な性奴の材料だ。
 引き取り手も最初から決まっている。今更替えなど効く訳が無い。彼の値段を知っているか?
 お前があの辺境の田舎では手にすることの一生ない額だ。
 そんなものを、おいそれと返すことが出来ると思うのか」
当然の――人として、様々なものが欠落しているが、当然の答えをカギロイが口にする。
が、その上で、畳み掛ける。
しかしウスライも負けてはいなかった。
ここぞ、とばかりに必殺の返しを見せる。

「思いません。しかし此方とて退くに退かれぬのです。
 ――我が東方士族そのものより下された命令ですので」

「なに……?」
カギロイは思わず掠れた様な声で疑問を唱えていた。訳が――分からない。
「文字通りの意味です。我が東方士族そのものが、私に彼の……ハダレの保護を命じました」
カギロイはハダレを振り返った。眉をひそめながら、
「彼の素性が一通り調べた。彼がそんな深い縁で故郷と関わっているはずはない。
 それに、彼は彼の血族の『異』だ。これこそ、逆に言えば何の関わりも無い証拠だ……何を考えて…………」
「ハダレには……我が東方士族と、ある意味で私よりも深いつながりが在ります」
混乱するカギロイを透明な視線で見つめながら、ウスライは告げた。呟くような、弱い声音で。
カギロイが多分に訝しげな視線を向ける。おそらく、続きの言葉を予想することは彼には出来ないだろう。
それを普段なら多少勝ち誇りでもするが、今はそんな気分ではない。
――出来ることなら、知らないでいたかった。
彼が持っていないものを、ハダレが持っていたなど。

「彼は……ハダレは、…………東方士族筆頭、つまり私達宗家の『異』の保持者です」

後から思い返せば、これ程カギロイがみっともなく顔を強張らせて愕いた様など見たことが無かった。
まるで幽霊にでも逢ったかのような、奇妙に笑える表情を浮かべ、呆然と呟く。
「…………………何……だと?馬鹿な事を……」

「私も未だ信じ切れません。しかし、それを指し示す証拠は幾らでもあります」
「……その、証拠とは?あの年寄りどもがそれほどまで動揺する証拠とは……?」
呆けたような表情で、独り言のように疑問を口にするカギロイ。ウスライは答えた。
「まず最初に挙げられたのは、彼の戦闘能力についてでした。
 大腿を刺され、暴行を受け、その後高熱でうなされるほどの疲労を蓄積しながら、彼は私を追い詰めてみせました。
 それも、今まで対峙した誰より強く命の危機を感じさせられるほどに。
 ――そもそも、彼はこの最下層街で最強となるに見合った戦闘訓練は受けていないそうです。
 そういった身上の少年が代理戦争の王者として君臨できる確立が、如何程ありましょうか」
カギロイは呻いた。
「……彼がすでに彼の血族の『異』を使いこなしていたと考えれば……」
「それでは足りないのです」
兄の発言をさえぎる形で、ウスライは流れるように語る。
「ハダレが立ち向かってきた敵には武器を携えた者が多数存在します。
 心を読むハダレの血族の力だけでは、素人が立ち向かえるものではありません。
 ――私たちの、物体の運動を捉える『異』が潜在的にでもなければ」
ぐ、とカギロイの表情が歪んだ。切り込んだつもりが、さらに深い傷となって返されてしまったかのような。
「…………」
兄はなおも否定する材料を必死に考えているようだった。
視線をさまよわせ、ぎりぎりと歯を食いしばりながら眉根を寄せている。
が、結局最も一般的で信頼できる部分に頼ることにしたようだった。
重々しく開いた唇から、呪詛のような言葉が漏れ出す。
「……そうとは言え、全ては血だ。
 結局は遺伝子の交流が無ければただの空論でしかない……」
「それに関しても根拠があります」
ぼそり、と。そう告げるだけで、カギロイはびくりと顔を引き攣らせた。
「照合が済んだのか」
「いいえ」
ウスライが首を振る。が、続く言葉はカギロイを支持する意見ではない。
「科学的な分析が終わるには一月必要だそうですが……記録上では、彼には私達との血の交流が見られました。
 東方士族の掟には、『異』を外に持ち出すべからずとあります。
 この数百年の間、それを破ったものは唯二人。
 一人は――言わずもがな、兄上。貴方です。
 ……そしてもう一人は、他民族の女と恋に落ち、駆け落ちした七代前の当主。
 彼が女に導かれて根付いた場所は乾燥して作物も取れず、『異』の保持者しか資源のない乾燥した土地。
 ――ハダレの故郷です」
「…………………」
もはや隠そうともしない不愉快かつ驚愕に満ちた表情のまま、兄は黙って弟の話に聞き入った。
「彼の故郷では、血の濃縮の為に近親相姦を許しています。
 ハダレ自身も精通直後からそれに加担させられていたようです。
 通常、一代限りの交流では二度と日の目を浴びることのない『異』の血も、
 何代となく閉鎖された個体群の中で濃縮されることで、復活しないとも限りません」
そっと、ウスライがハダレを見遣った。
「これは憶測でなく、彼自身から聞きました。
 彼は故郷で『異』の保持者を増やすために強制的に性行為をさせられたそうです。
 また、ハダレは大幅に能力の劣った『異』とされていたにも拘らず、それに加担させられた。
 普通は優秀なものから子孫を残させるのが道理です」
「……何が言いたい」
「もしその道理が曲げられていないとしたら……
 彼らの中で優秀と位置づけられていたハダレが、もうひとつの『異』を保持していた希少な例である可能性は高い。
 そしてふたつの『異』を持っていることで彼の脳が情報を処理しきれず、
 自然と感度を鈍くすることで精神の均衡を保ってきたと考えれば――
 大幅に能力が劣っている理由もまだ頷ける」
「…………」



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