代理戦争/最下層街編/結・発覚/2


全ては、口からでまかせかも知れない。
ウスライの落ち着いた口調と流れるような説明には説得力があったが、証拠となるものは何もない。
仮説が全て事実に基づいたものだとしても、状況証拠ばかりだ。こじつけ、憶測が含まれていないとも限らない。
『異』の保持者を認定する最も重要な物的証拠は、なにより科学的な分析だ。
発現型、遺伝子型両方そろって初めて血族として認められる。
その中で繰り返されるウスライの説得は、滑稽ですらあった。
証拠もないのに、故郷が求めている、それだけの理由で大事な奴隷材料を引き渡せなどというのは、
古い権力主義の愚の骨頂だ。いまだに、誰も彼もが脅しつければ言いなりになると考えている。

「………………………それでも」
余りに長い沈黙――舞台を見つめる観衆達が、戸惑い始める頃ほどの――の末に、カギロイは答えた。
「断る。
 私はお前に追討さえされかけているというのに、今更故郷(くに)の命令に従えるか」
ウスライは、といえば。
無表情さを全く崩さずに視線だけを細めた。――予想していた、とでも言うように。
「……分かりました。それでは、別の手段を取って頂きましょう。兄上」
「……なんだと?」
いい加減、訝しげな思いをするのにも飽きた。
カギロイが些か苛立ったように尋ね返すと、ウスライは何でもないことのようにこう答えた。
「簡単なことです。ここが何処か御存知ですか、兄上」
カギロイは、一瞬その指し示すところが分からず馬鹿のように周囲に目を遣った。
明滅する派手なライト、リング、ざわめいている観客、負けて倒れている性奴の材料、諸々、諸々……………
そしてその示すところを理解し、にやりとしながら答える。
「戦場だな、ウスライ」
「御名答。上手くあなたが立ち回りさえすれば――私を亡き者にした上で、ハダレも手中に収められるでしょう」
す、っとウスライの右手が滑らかに動いた。このリングに上がってから、初めてのウスライの挙動だった。
例の長細い袋から一本の棒――反り返った片刃の刀を抜き出す。それをカギロイの方に軽く投げて遣す。
「……随分懐かしいものを持ってくるじゃないか」
受け取ったものの向きを直し、カギロイは右手に力を込めた。カチ、と小さく金属のぶつかり合う音が鳴る。
――一瞬の後、ライトを浴びて艶めかしく輝く白刃がカギロイの手に握られていた。
懐かしさとその余りの美しい鋭さに目を細めながら眺めていると、先ほどと同じような音が耳に届いた。
刀身越しに見遣ると、弟も同様にそれを抜き放っていた。
最早どう言った経緯でそうなったのか理解することを諦めた観衆達の、先ほどにもまして大きな歓声が二人を包む。

「許可は取ってあります。まさか今更此処から逃げなさる訳にもいきますまい」
「やってくれたな。部下の前では尻尾を巻いて逃げるわけにもいかないからな。
 しかし」
くるりと刃を返しながら、カギロイがウスライに笑いかけた。
「お前は随分と酷な戦いを兄にさせるのだな。
 始終それを振り回しているお前と、
 組織の一員として務めをこなしている私がやり合えばどうなるか分かるだろうに。
 それに真剣では手加減にも出来かねるだろう」
自信があるのかないのか――逃げないというくせに、今の口ぶりではずるい、ハンデをよこせと主張している。
読めない。兄の考えていることが分からない。ウスライは正直にそれを認めた。
――が、先手は打ってある。懐から丁寧に折りたたまれた書類を取り出すと、ウスライはそれを軽く投げた。
「………………?」
音もなくそれを受け取ったカギロイはその書類を開き目を通した。
書類は、代理戦争でリングを使用する際に書く試合の内容を簡単に記したものだった。
それを追う目元が、下がるにつれて緩やかな笑みに染まる。
書類の一番下まで視線が下がり、その長い指が書類を畳みなおす頃には、顔に柔和な余裕の笑みが浮かんでいた。
「……成る程。実戦から離れた兄の事情を良く汲んでくれている。――ササメ!」

聞きなれない人名を呼ぶカギロイの声に、ひくんと顔を上げたのは拘束男だった。
心配そうにこちら方を眺めている奴隷に向け、主人は言い放った。
「急で悪いが、手伝ってくれないかい?――こちらの彼が、『2対2』の代理戦争を要求してきたんだ」
「ぇっ……2対2、ですかぁ?……あの……」
当惑したように主人を見返す拘束男――ササメは、舞台をぐるりと一周見回してから、再び視線を主人に戻した。
今、舞台に立っているのはカギロイと、ウスライ、そしてササメ。あと一人、いるにはいるが――
その疑問に答えたのは、ウスライだった。
「構わない。これは兄上に差し上げたハンデだ」
「――そういう事らしいよ、ササメ」
はぁ……と呆れたような、未だ納得できないような顔でいるササメに、カギロイは穏やかに告げた。
穏やかな調子のまま――背筋を伸ばし、腕を突き出し、右足を少し退き、構える。
「舐められたものだね、お前も私も。彼は一人で二人の『異』を相手に出来るそうだ」
そういわれて。はっとしたように、ササメが不愉快さを表に現すのをウスライは見た。
一度負けたくせに、という色がありありと読み取れる。その変化を見取ってから、カギロイは告げた。
「私が許す。容赦なく貪れ、――ササメ」

やっと始まった余興に、リングを取り囲む誰もが注目していた。
なぜなら、これは致死試合――この戦場では史上初の、命を奪っても構わない試合であると実況が告げたからだ。
殴り合いの惰性と化した代理戦争の観戦に感動を抱きにくくなっていた彼らは、
誰一人本当に目の前で『死』が訪れるのだ、と自覚すらせずに無責任に応援していた。その瞬間まで。

一歩。二歩。三歩。四歩。ササメが、ウスライとの距離を詰める。相変わらずの速さで。
武器を持った相手に素手で対抗する為に懐に飛び込むのは、有効な戦法だ。
その時一番留意すべきなのは、最後の2歩のスピードとタイミングを誤らないこと。
一歩目の速さが足りなければ真正面から打撃を喰らい、二歩目がずれれば攻撃の後の隙を晒すことになる。
正直に言えば、怖い。失敗すれば、もう二度と主人の好きな綺麗な身体でいられないかもしれない。ササメは思う。
だが、此方には『異』がある。相手が何を考え、一瞬の先に何処にいて何をするつもりかはっきりと分かるそれが。
恐ろしさに耐え、真正面から相手と視線を合わせさえすれば、どうにかなる――

「?!」
視線を合わせようとして、ウスライの黒い瞳の在り処を見失ってササメは制動をかけた。
別に、ウスライの姿が消えたのではない。
ただ、視線の合わせて戦うことに慣れているその意識が一瞬取り残された。
――そして、ウスライの白刃が伸び上がるようにササメを貫いた時、痛みと共にそれが引き戻された。
「…………ぇッ……」
あり得ない、と呟いた。それが声になっていなくても。
彼は一度、ハダレと二人がかりで自分に立ち向かい、それでも敗北したのだ。何で、……こんなことに?
「……………………」
こぽこぽと、「あり得ない」という言葉の代わりに血の泡が溢れた。
ふと見下ろすと、自分の身体――主人が手ずから調教してくれた体に、なんともあっさりと刀が突き刺さっていた。
なんて事をしてくれたのだ、とササメは無言でウスライを責めた。
ウスライはどこか申し訳なさそうに、口を開きかけ――
「!」
ササメの体から一気に刀を抜くと、丁度真後ろから斬りかかって来た兄の刀を受け止めた。
その衝撃で、ササメはよろよろと数歩押し返されるように後退り――軽い音を立てて、代理戦争から離脱した。

「やってくれたな……」
ウスライが意外に思うほど、カギロイのその瞳は怒りに揺れていた。
「対抗策でも吹き込まれたのか?」
「そんなようなものです。
 が……可愛い奴隷を身代わりに後ろから斬りかかるとは…私も予想できかねました」
カタカタと両の腕に震えを立て、交差した刀を挟んで弟が口を開いた。
皮肉が多分に含まれているが、平坦な声。その声に、兄が平静ではない声で応えた。
「……私とて予想できなかったよ……こんなつまらない事で……大切なササメが傷つくなど……」
倒れた彼の身体をウスライ越しに見やることが出来てもまだ信じられないというように、カギロイが唇を震わせた。
――囮のつもりではなかったのか?と訝しげな視線を向ける。すると、
「!」
ぐ、っと強く刀ごと押されてよろめく。たたらを踏むように下がったので、2人の距離が開く。
――その数歩に満たない距離を、息もつかせぬ速さで詰められる。
きぃぃいいん!と高く澄んだ音が、ただでさえ音の反響しやすい戦場に響く。
右下から掬い上げるように命を狙うカギロイの刃を、ウスライが押さえ込むように叩き落とす。
そのまま捻りこむように払い、空いた体の正面を真下から斬り上げる!
……筈が、するりと幻のように刀が空振りした。流石に、一筋縄ではいかないらしい。兄の姿を瞳だけで追い、
「ッ!」
真横にいつの間にか回りこんでいた姿を見止めてそちらに身体を曲げるより速く刀を突き出す。
ぎん、と篭った音が手にも振動を与える。――思ったよりも重い。
じわりと骨を喰らう麻痺に耐えながら白刃を引き戻し矢を薙ぐ様に構えなおすと、もう一度そこに攻撃が降って来た。
「、」
食い縛った奥歯が重圧で軋むのが聞こえた。――やはり、重い。
そこいらのごろつきと同列に考えていたわけではないが、軽く見ていたかもしれないとウスライは反省した。
昔から芯まで腐っていても、カギロイは東方士族筆頭の元嫡子である。
予想以上に鈍っていない斬撃に眉をしかめながら、体勢を立て直そうと踏ん張る。――と、
がん、がん、と連続した攻撃を受けて上に掲げた刀が浮き沈みする。
「!」
予想外の攻撃的なカギロイの姿勢に面食らいながら、押されるように一歩退く。思わず取った、反射的な行動。

ウスライは次の瞬間、不思議な行動を取っていた。らしからぬ程の素早い後退を取り、カギロイから距離をとる。
そのまま構えるかと思いきや――だらりと左腕を離した。
観客がその逃避行動に激しいブーイングをした。はっきりと馬鹿やろう、戦えとなじる声がウスライに届く。
だが、ウスライは暫く経っても棒立ちのままだ。
無表情さの中に、微かな興奮を浮かべた目で睨みながら。それには理由があった。
「正攻法ばかりとは限らない。……特に、お前は私の可愛いササメを傷つけたからな」
カギロイは優雅さの中に凄惨さを浮かべた笑いをウスライに向けた。
その右手に――刀とは別の刃物が握られていた。
ねっとりと絡みつく血液だけが、その煌きを遮る。
「…………兄上」
微かに上擦った声でウスライが呼びかけた。ゆっくりと刀を握りなおした左の腕から、指の方に向けて紅いものが滴る。
「……貴方は……」
ぽた、とそれが滴った。大した量ではないが、傷口の様子は窺い知れない。それと同様に――
ウスライの言いたいことも、兄には窺い知れなかった。
ただ酷く揺らいだ瞳を向けて、ウスライは兄に刀を振り上げた。



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