※欠損描写あります。苦手な方は避けてください
「…………………まだ、死んでない。殺してない」
ぽつりと、倒れたカギロイを見下ろしながらハダレは呟いた。確かにカギロイの指先はまだぴくぴくと動いている。
「でも内臓やった。コレで。……放っておくと、死ぬ。急所だから」
コレ、の所で右手の拳を掲げ、この部位を指しているのだと示す。『異』であるハダレの最後にして最強の凶器。
それがカギロイの内臓を――おそらくは、肝臓の辺りを打ち貫いた。
内臓はその衝撃に耐えられず、おそらく体内で四散した。その結果がこれなのだろう。
「オレの武器は……身体しかないから。
多分、何するつもりか、こいつの『異』で視ても分からなかったんだと思う」
カギロイが、ハダレを真剣に避けなかった理由。
意図がつかめなかった。『異』に頼りすぎて。
カギロイの『異』は物体の動きだけを予測する。そこに生体は含まれない。
「まだ、死んでない。まだ。……」
ハダレは、ふと少し言葉を詰まらせた。
「……教えてもらったんだ。『異』の使い方。兄ちゃんに」
ウスライは――返答するべくもなく、黙って聞いていた。答えようも、応えようもなかった。
ハダレの兄といわれて思い当たる人物はそう多くなかったが、
それを想像して口を挟むには恐ろしすぎる。
「オレは今まで……自分を守るために戦ってきた。
いつまでかわからないけど、今のまま死にたくなかったから。
――それを、ちょっと視点を変えるだけだって。
自分と、今目前に居るやつ、ってちょっと範囲を大きくするだけで『異』は扱えるって。
『異』の初めの初めは、そのためにあったからって。自分か、自分の群れを守るためにあったからって。
でも逆に、別に戦争とか平和にするとか、そんなでかいことの為に『異』はあるんじゃないって。
どんなに吼えたって、オレはオレでしかないし、『異』は個人のものだからっ……て」
それを、果たして実践したのだろうか。それを問いかける前に、ハダレは勝手にすらすらと答えた。
「今、そうやってみた。そしたら――」
ふと。
ウスライは視線を下に下げている所為で俯き加減のハダレを覗き込んだ。顔面の出血が酷い。
額を深く切ったのだろうか、と意外と冷静に――再会の歓喜など、麻痺したように感じなかった――考え、頬を拭う。
そこに、洗い流すように涙が落ちてきた。
「……酷いんだよ。確かに戦いやすくはなったし、あんまり興奮しなくなったし。でもさぁ」
「…………………?」
延々と平坦に続く語りではなく、涙の質感に違和感を覚えてウスライは手を止めた。
さらさらとした、透明な――或いは血交じりの薄紅色の涙ではない。もっと、どろどろした何か。
「…………オレは、お前に死なないで欲しかっただけで………お前の兄ちゃんを殺したかったわけじゃ……」
言葉の後半になって、ようやくハダレは正気を取り戻したように声を詰まらせた。
必死にウスライと目が合わないように、視線を逸らす。血塗れでない、左眼だけ。
左眼だけ。
「ハダレ……」
その時、ウスライは唐突にハダレの傷を悟った。肩を掴み、必死にそむける顔を上げさせる。
「………っ……………………」
息を呑んだ。
慄くように吐き出した息に、震えが混じる。呆けるしかない。
いや。呆けながらも、残っている右腕の力の限りで抱きしめながら『謝罪』するしかなかった。
「………大切なものを放棄させてしまった……俺を………………許して欲しい」
「………………」
正に掻き抱く、といった表現がふさわしい様相で抱き寄せられながら、ハダレは無言で首を振った。
細かく考えることは恐ろしかったが、今この瞬間なら悪い気持ちはしていない。
ウスライの首に頬を寄せながらハダレは思った。
この気持ちは、最下層から空を見上げた時と似ている。
神も仏もないものと思っていた場所で、唯一そういったものが存在すると思っても許せるような。
赤く染まった視界の中でライトが白い輝きを見せている。
疲れのせいか揺らぎ始めた景色のなかでぼんやりと温みを感じていると、
それを見ていた観客の一部が悲鳴を上げた。
ライトに照らされた、その顔に湧いた血の泉の中心。
眉間の少し下、鼻梁が水平方向に下り坂になるあたりから右頬骨にかかる辺りまで。
カギロイの凶刃がその『異』の宿る眼球ごと、顔面をばっさりと斬り抉っていた。
実況も、舞台上の誰も、そして観客までもが押し黙った。気圧されていた。――始めて目の当たりにする、致死試合に。
今までの格闘技の延長線上やリアルタイムAVでは済まされない有様に、席を立つものすら現れない。
代理戦争。依頼者の名誉と権利を賭けて戦う、司法と警察要らずの小さな戦争。
誰かを蹴落としてもう一方を高みへ進ませるという、見慣れきった卑屈なその行いが、
――酷く残酷で、生々しく、そして切ない願いを抱えていたことに、今更気付いたように……誰もが押し黙っていた。
>>NEXT
<<BACK
創作物へ戻る