代理戦争/最下層街編/続・追跡/1



ウスライの予想――天井から降りた瞬間に蜂の巣、串刺し、医者が人質になっているそ
の他とは大きく異なり、診療所内はまったく静かで落ち着いていた。暴力的な意図を持っ
たものの来襲した後とは思えない静けさにむしろ異様な感じを受けて、ウスライは隠れて
いたときより慎重に振舞った。
だが、医者は声量も気にせずまくしたてた。
ハダレを元のベッドに置き去りにするのを渋るウスライを別室に引きずりながら。
まるで、神仏が目の前に現れたかのような様子で。

「信じられるか?」
「俺は無傷で」
「お前らも無事で」
「他の追っ手もなく」
「ただ、こいつを渡せといわれた」

歓喜に震える両手で握り締めているのは、さらさらとした白い布に包まれた箱。
ウスライにはそれに見覚えがあった。
日常的なものではないが、ウスライの故郷の風習上何度か見たことはある。
だが、

「……それは、何だ」

どうしても手に取る気になれず身を引く。すでにべたべた触っている以上揺らしたとた
んに爆発するような手合いではないだろうが。
警戒の様相のウスライに、対して医者は気楽に言った。

「知らん」
「一言で片づけるな」
「いや、知らんもんは知らん。
 けどぱっと見砂みたいな粉末が入ってたぞ。毒物じゃないみたいだが」
「開けたのか!?」

さしものウスライも椅子を蹴り退け立ち上がった。だが、医者は気楽な口調を崩さず、
「目の前で開けられたんだ。そんでもって、奴はこう言った」

『この箱には機密が入っています。それを受け取るべき方はここにいます。
 その方の所在を知った経緯は秘密ですが、この箱に同封したものに誓って
 他の方へそれを伝えることはありません。
 その方が私を信じることはないでしょう。でも、これを受け取っていただければいい』

「意味が分からない」
不審の気配も殺さずに、ウスライは呻いた。
「送り主は誰だ。受け取り手は俺でいいのか」
「俺に分かるわけないだろ。だがな、ウスライ、お前に渡せって言ってたぜ。
 そいつ自身名も名乗らない、ベタベタの黒づくめで病院から抜け出してきたみたいな
 げっそり顔の怪しい奴だったけどな。声からすると、たぶん若い男だと思うが」
「この街に知り合いなどいないというのに……」
否定する――まったく思い当たらない。
ただし、言葉の節々がとてつもない疑念として残る。
まず全体的なその男の口調。「その方」「頂く」など、尊敬語で言葉をもらうような相手はそういない。組織の仕事を請け負う時こそ丁重に扱われるものの、現在はそれと真逆の活動をしている。
次に、後半のくだり――男は、すべてを秘密にした見返りを求めないという。せいぜい、
箱を受け取るだけで十分だというように聞こえる。
ウスライの今知るところではないが、自分とハダレの首には賞金がかかっていてもおかしくない状態であることは承知千万である。有力な組織の幹部、それも組織の主だった収入源を作りだす男とその右腕を殺害するなど、向こう半年は人の口に上り続ける事件だ。さらに犯人の拘束が遅れているなどと噂され続けるのは、組織の沽券にかかわる。
相手は犯人をひっ捕まえしだい、屈辱の限りを味あわせた後内臓をすべて売り払い、
虫の息の状態で引きずりまわしたあと広場で頭をぶちぬく位の復讐を果たしたいに違いなかった。それを承知で沈黙するというのは、よほど恩を売りたいか第三者でいたいかのどちらかである。

だが、男は"この箱に同封したものに誓って"黙っているという。
同封されているものがなんだか知らないが、その逸品はよほどその男にとって大切なものなのだろう。しかしその逸品の価値をウスライが知らなければ、同封する意味がない。
では同封して手放すほどの意味は何なのかというとウスライにも理解できなかった。

そこまでの働きをして、秘密を守るような動機のある男とは――

「なぁ、本当に心当たりはないのか」
「ない」

ウスライは投げやりに答えた。
仕方がない。本当に分からないのだから。
そもそも、受け取り手としてウスライをあげる方が不適当な気がする。
最下層街に貸し借りのある相手がいるとすれば、にわか戦士のウスライよりも
ハダレのほうが可能性としてありそうなのに。
そして状況的にはタイムリーであるのには間違いないのに、すがられた方が負傷中という時機の悪さを重ねてくる不自然さ。数々の言動から。どう考えてもあの事件に絡んでいるのにもかかわらず、その男がどうそれと絡んでいるのかわけが分からなかった。

「……手がかりがないなら、開けて調べるしかないんじゃないか」
一向に進展しない事態に、痺れを切らしたのは医者の方が先だった。
「ゆっくり解決することでもなし、お前さんがたにとって大事も大事な話だろ?」
「……今一度聞くが、安全なものなのか?この中身は」
「さぁ」
「そんな状態で簡単に開けられるものか…」

ため息をつくウスライの顔には、まだホコリがついている。

「開けた瞬間に有毒ガスが発生して病院内の全員が死亡、俺は見せしめに鳥葬、
 ハダレはホルマリン漬けで中央街の研究所行なんぞシャレにならん」

むむぅ、と医者が唸って黙り込む。
……さりとて説き伏せたウスライにも妙案があるわけでもなく、
いつの間にか医者から目を離し、不思議な預け物を眺めていたことにふと気づく。
その預け物は、大きさとしては縦、横ともに30センチほどの箱のようなものだ。やや縦が長く厳重な錠前があるわけではないが、それなりにきちんと鍵がかかるようだった。

(……見たことはある……)

形は少し違うし、まっさらな布に軽くつつまれているものでもなかった。だが、ウスライには見覚えがある。
病院に似つかわしいといえば似つかわしいものだが、故郷以外で目にすることもない――というか、目にする機会があるとも考えなかったもの。


肌寒い――晩秋の頃だった。
その日、いつもは迷子になりそうなほど広い家が人でいっぱいになっていた。
良く見知った人は泣いていた。顔を知っている人は押し黙って、会釈していた。
子どもたちは足がしびれた、喉が渇いたとわめいていた。だがウスライは黙っていた。
途中で彼らごと違う部屋に連れていかれかけたが、ウスライは父の傍にいた。
正確にいうと、父の傍の祭壇、そこに安置された人の傍にいた。
祭壇には色彩に乏しい花、蝋燭、果物の入ったかご、線香、二振りの刀、
そしてウスライが最も尊敬する人が微笑んだ遺影があった。

その日と前後する記憶に、その箱は登場した。
高い空に、煙が一筋昇っていた。大人が、その人は煙になったのだと言った。
ウスライにとってとても高いストレッチャーのような台を前に、大人たちが何かをしていた。なにかをつまんで、その箱に入れていた。
聡明な子供にはわかっていた。その人は、その箱に入るほど小さくなったのだと。


(……順当に考えれば、あの箱には……)
一瞬――かすめた光景を飲み込みながら、一方でウスライは胸騒ぎを覚えた。
まだ結論が具体的に浮かんだわけではない。
だが記憶の奥底からかすかに何かが呼びかける囁きが心臓を捕らえた感覚がする。
収縮したような喉を押さえながら、ウスライは医者に訪ねた。
「……この街で、一般的な埋葬法は何だ?」



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