「……この街で、一般的な埋葬法は何だ?」
「なんだ急に」
「いいから答えて欲しい」
急に話題を転換したウスライに、医者はためらいつつ口を開いた。
「……故人の流儀に一番よるものだからなぁ……
まぁ、金のないやつは最悪野たれ死んだまま葬られもせんが、
蓄えのちょっとでもある奴なら土葬でも火葬でもやれるぞ。
そうそう、最近金持ちは遺灰を加工することもあるらしいぞ」
「加工…?」
「手元に故人の思い出をとっときたいってことなんだと思うが、俺に言わせりゃ何だかな ってとこだな。死んでからも迷惑かけられちゃあたまらんと思うね。
まあ、遺灰を粉状にしてペンダントに入れるくらいなら納得できなくもないが、
特にこの間のオカルトニュースで見たのが、遺灰を人工ダイヤにしたとかなんとか…」
反射的にウスライは箱に手をかけた。
軽くつつまれているだけの白い布をむしり取り、鍵で蓋が閉じられているのを知るや
一刀のもとにそれを切り捨てた。
カシャンと金属片が机から落ちるのと同時に、医者が――遅れて――身を引いた。
「な、何してんだあぶねぇだろうがっ……」
ウスライは無視して箱を開けた。鍵以外傷のついていない箱はすんなりと口をあけた。
箱は地味に二重になっていた。が、内鍵にはひもで小さな鍵が付いていた。
まるで内側は乱暴に扱われたらたまらない、というように。
指先で冷たい鍵をつまみ、そっと穴に差し込む。
震えは覚えなかった。ただ、それを早く確かめねばならなかった。
軽く左右に回すと、右側に強いとっかかりを感じたので左側に回す。
――――チャ、と小さな開錠の音がした。
ウスライはそっと蓋を押し上げた。
何の変哲もない箱、そこにおさまっていたのはふるいにかけた砂糖のように、
きめの細かい白いパウダー状の何かだった。
その上に金属製の――医者には見覚えのないプレートのようなものが乗っていた。
大きさは10cmもない楕円形で、真ん中に細いスリットが開いている。
「…………」
ウスライは指先でそれを取り上げると、粉をふるい落として握りしめた。
「……う、ウスライ?」
ひどく狼狽した医者が、刃物を片手に立ち尽くす男を伺った。
医者にすれば、自分がなにかひどく相手の機嫌をそこねる発言をしてしまったようにしか見えなかった。だが一方で自分の発言が啓示を与えたようにも取れた。
双方の感情をすり合わせた結果、医者にできることは小声で尋ねることだけだった。
「なぁ、何か……」
だが――わかったのか、と続けようとした医者を遮りウスライがささやいた。
「その男の他の特徴は」
「……は?」
「髪色でも背丈でも何でもいい」
「お前、唐突な発言が……」
「後で説明する」
頼む、と目をあげていったウスライに気圧されたのか。医者は視線を宙に投げてしどろもどろと指折り上げていく。
「ええと、そうだな……全身黒やら灰色やら目立たない怪しい恰好をしてたな、髪は被り もののせいでよくわからなかったが……」
「他には!」
「せ、背丈はそんなに高くは……他の特徴っていっても……」
「何でもいい……何か荷物を持ってたとか」
「肩に何か掛けてたが良くは見てねぇ!」
途中で納刀したのを見計らうように医者の声色が変わったが、そんな態度は意に介さず、
ウスライは唇を噛んだ。何かまるで――掴み損ねたことを歯がゆく感じているかの様に。
「なぁ、説明してくれ…何が分かったんだ?」
医者が両手を広げ、説明を求めてくる。だがウスライは思考に没頭していた。
「……時間がない……」
「な、何に…」
尋ねる言葉が消える前に、ウスライはばさりとコートを羽織った。
いまだ癒えぬ左腕は通さず刀を刷いて、部屋の出口へ向かう。
ドアを開ける――その一瞬のしぐさの間に、ウスライは振り返った。
「確かめたいことができた。ハダレを頼む」
「はぁっ!?」
あわてて追いすがる医者の鼻先で――扉が力強く閉まる。
あからさまな拒絶に一瞬ひるむが、医者は取りつかれたように追いかけた。
ウスライはかなりの早足で廊下を進んでいたが、何とか追いつく。
「待て待て!いったい何が何だか…!」
「帰り次第話す」
「いやいや今からどこへ行く気だ!」
「あの男を追う」
「……!」
あまりの急展開に、目がくらんだように医者がたたらを踏んだ。
「なんでだ!?何で急に……」
「だから帰ってから話すといっただろう」
「訳がわからん!何も知らんうちに勝手をされても困る!」
「知らぬが仏というやつだ」
「ここまで巻き込んでおいて、今さら知らぬも何もあるか!うちは中立を決め込んでい るが、賞金首を抱え込んでるのが露見して平穏なほどの場所でもないぞ!」
若干メタボリックな体格が災いしたのか、早足ですでに息切れしている医者が喉をからして叫んだ。
その叫びが届いたのか――ウスライが急に歩を止めた。
「……っ!?き、急に話す気になられても……」
数歩先行してしまった医者が引き返してくるのをウスライは待っていた。
――ように見えたのは一瞬だった。
いきなりウスライはかがみこみ、床を見つめた。
奇妙なその動作を上から覗き込みながら、医者はハアハアと息を切らした。
「な、ん、だ、今度は?」
「生乾きの血痕だ」
「……は、ぁ?」
呼吸に疑問符を混ぜる、というのははたして聞き取りやすかったかどうかはわからない――が、ウスライは医者の言わんとするところを理解したらしい。
「先ほどから床に血痕が点々とついていた。こういう場所柄、そういうものがあっても変 ではないと無視したがだんだんと新しいものになっていっている」
ウスライのさした部分は自身で踏んだのか、一滴の半分が床になすりつけたようになっているが半分はまだつやつやとした液体だった。
量は多くないが、数メートルごとにぽつぽつと落ちているそれは、この先の床にもついていた。
「何だこれは……ここ数日は、こんなことになるような患者は来てないぞ」
「……」
「何者かが侵入した……わけでもないだろう。だとしたら」
「だとしたら……?」
今度は急に医者が振り返って走り出す番だった。
一瞬遅れて、ウスライも後を追った。
「だ、と、した、ら、……ハダレだ!」
ぜひ、ぜひと鼻息荒く医者が廊下を駆け抜け、元来た部屋を過ぎて開け放った病室。
バーンと大きな音がたったが、反応するものはいない。
常ならば眠っている患者のこと、その反応は異常を示すものではない。
だが。
「…………」
はひっ、はひっと医者が大げさに肩を上下させる後ろから。
ウスライは部屋の異常を見た。
倒れた点滴の支柱。その先にはいまだ多くの量が残るパックがぶら下がり、ぽたぽたと液を垂らしている……そこから続くチューブが、くるくるとベッドの中に潜り込んでいる。
だがその先端は、絆創膏つきでベッドから垂れていた。
ぽたぽたと垂れる透明の液体が水たまりをつくり、スリッパを濡らしている。
その先には部屋の主を包んでいたシーツが、だらりと縦に伸びていた。
まるで、置き去りにされたようだった。
ぽっかりと空いたベッドの中心部を、スタンドがものさびしく照らしている。
そこに一滴、二滴とこぼれた血――……
「……う、そ、だ……ハダレがつ、連れ去られ………」
ひどく狼狽した様子の医者がその場に腰を抜かした。
そのせいで部屋の様子がよく見えるようになった――が、ウスライはつぶやいた。
「違う……」
「……?」
「ハダレは……自力でここを出た」
「何を言ってるんだ……」
医者がかぶりを振って否定した。
「彼にそんな体力はない……出ていく理由もない……」
がくりと頭を垂れた医者の声は絶望に満ちている。
だが、ウスライは逆に確信を強めた。
「…………ある……あるんだ……その両方が……」
「……冗談はやめてくれ……」
弱弱しくかぶりを振り、今にも泣き出しそうな医者の声が、遠くかすむような感覚に襲われながら――ウスライは疑問を口にしていた。
「……ひとつ聞きたい。
ここに、箱を持ってきた男は怪我をしていなかったか……?」
「…………」
沈黙を埋めるかのように、点滴の液が漏れる音と時計の針の音が一定のリズムを刻む。
一度重なり――双方のタイミングがずれ――しばらくしてまた重なる。
それを数度繰り返したころ、医者はやっと口を開いた。
絞り出すようなその一言――その言葉が、ウスライにとって啓示となった。
「……男は顔色が酷く悪かった……そして、胸元に包帯をしていた……」
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