代理戦争/最下層街編/続・取引/1


「あなたが追ってくることは想像はしましたけど、期待はしてなかった。
何よりあなたは安全を選ぶと思ったんですよぉ」
立ち話もなんだから、と移動した先の廃屋――元は飲食店のようだったビルの1階で、ウスライから適当に距離を置いて座りながら男は言った。ほの暗い、携帯用の明りだけが外に漏れない程度に2人を包む。カウンターにある背の高い椅子に足を組んでしなやかに座る姿は、やはり艶やかさを含んでいた。ただ、優雅さは減じたように思う。口調も相変わらずゆっくりとはしているが、甘えた感じは受けない。
主人の前ではないからというだけではないだろう。今まで見えにくかった、"最下層街の人間"としての冷徹さを見せつけられているようだった。
「聡明なあなたのことだ、何もかも理解してくれるだろうなと期待したのもあるし」
「持ち上げるな」
「というよりしてほしかったといった方が正確でしょうねぇ。
 できれば、私はあなたと一対一で話す機会はない方がうれしかった」
「…………」
男のつややかな唇が一瞬歪んだ。だがウスライを恨みがましく睨みつけたりはせず、ただ膝を見つめて小さくため息をついた。吐息に肩が沈む。それにあわせるように、首輪が小さく鳴いた。

「兄弟そろって不思議なやつだ」
余りに殊勝な様子にウスライは半ば挑発するような気分で、負傷した腕を上げて尋ねた。
男の視線がゆっくりと左腕を追うのを意識しながら、淡々と告げる。
「俺の腕はこのありさまだ。今なら仇が取れるかもしれない」
男が目を丸くした。心底意外だったらしくしばらく黙っていたが、
さすがに軽々しく挑発を受け止めることはなかった。
「……私の気が変わったらどうするんですか?」
「さぁ」
本当にその時任せといった様子で、ウスライが手を下げた。
「ただ、腐っても俺の兄が傍に置いていた男だ。
 こんなことで揺らぐようなことはないと信じているし」
「信じているし?」
「……お前を一度"殺した"以上、また会ったからにはわがままの一つくらい叶えてやる
 義理があるだろう。だがお前の主人を殺した男は今鎮静剤づけの病人だ」
「だから……復讐しがいがないって?」
そんなことは気にも留めないぞと言わんばかりの表情が一瞬、男の口元に浮かぶ。
「……だから、今お前が手出しをしたら俺はお前の願いなど聞かない。
 俺はお前を殺すことに全身全霊を捧げる。だから順当に復讐したければ
 俺を先に殺しにかかれ、ということだ」
「結局脅しじゃないですか」
呆れたような笑いを浮かべる男に、ウスライはあくまでも告げた。
「それくらいの生き方をしなければお前の主人を討てなかったということだ」
「……褒められたんだと思っておきますよぅ」
男はちょっとだけ歯を剥いた。
全く本気ではないのは明らかだった。


「……で、お聞きしますけど」
他愛もないやりとりから一転して、男の表情が一気に冷めたようになる。
ウスライは思った――この男は、語気や口調ではなくどちらかというと表情で物語ろうとする男らしい。ただ奴隷とあってどの手合いも偽れそうなのであまりそのことに意味はないかもしれないが。
「あなたは何が聞きたくて……いえ、まずなぜ私を追おうと思ったのですか」
「あの箱の中身と送り主。その両方を確実に確かめたかったのがひとつ」
準備していたように、ウスライが即答した。
「目星は付いていたが、確証がほしかった」
「危険をおかしてまで?なぜ?」
今度は、といわんばかりに男が挑発的な口調で問いかけた。
「何もかもあなたの予想通りだと思いますよ。
 箱の送り主は私ですし、箱の中身は……」
「確証のない怪しい粉末を持ち帰って一族の笑い物になりたくはない。
 送り主がお前なら、ある程度納得はいく」
もっともらしい理由ですね、まぁと男が気のない返事をした。
ウスライは特にその態度に反応も見せずに2つめの理由をあげた。
「それとその行動の理由が聞きたい。いまさらなぜお前は主人を手にかけた側に、
 主人の最後を預けた?」

少しの間――ほんの数秒だけ、男は無言になった。
主人のことをウスライに言われると、心かき乱される思いなのだろう。だが、再び口を開いたときにはあっさりとした言葉で答えた。
「遺言だから」
「遺言……?お前の主人のか」
ウスライが問うと、男は神妙に頷いて見せた。
「あの方が私に求めた役目はいくつもある。
 ひとつは……憂さ晴らしの奴隷として。
 ひとつは身辺を警護する『異』として。
 あの方のお仕事を非力ながら補佐することもありました。
 そしてもうひとつ」
「死後の後始末か」
「……そうですね」
男はもう一度神妙に頷いた。
「敵が多いのはあの方の特権ではないんですけれど。
 ご存知の通りあの方はご自身が『異』ですから、死後に結果として敵となる
 人間はとても多いことはわかりきっている事です」
「人身売買のブローカーが自身をパーツごとに卸売される、か。
 身内でなければ面白い冗談だが」
「ですから、あの方は私を右腕として置くかたわら死後を預けたんです。
 普通の部下に託したのでは、ひと月後には中央街の遺伝子データバンクに
 ゲノムシーケンスをすべて掲載されることになっているでしょうから」
それが東方士族の最も忌避するべき処だった。たとえ本人の意のそまないところであっても不出の掟を敷いた彼らにとって反逆となるだろう行為がそれだった。そうでなくても、内臓から何から分解されて永久に保存されるなど誰もがお断りだろうが。
「自分の足で戻るつもりもないのに国に帰る手筈を整えるとは……
 つくづく馬鹿な男だ」
「……」
深いため息をついたウスライに、男は何か言いたげにしていたが結局口を噤んだらしい。



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