代理戦争/最下層街編/続・取引/3


「長ものを添えるには監視が厳しくて。刀の方は保管してあります。あなたの血がついたまま」
ちらりとウスライの腕の包帯を見下ろして、男が言った。
「それは……どうするつもりだ」
「刀に関しては遺言はありません。
 あなたとあなたの国が望むならば、私はお返しするつもりですよ。大切なものなのでしょう?」
「……」
ウスライが視線を落とした。ほんの数秒、何かを思い悩むように瞑目する。
見守る男の前で動いた右手――それが、彼の腰のものの柄を撫でた。
「……それもこれも貴重な刀ではない。量産品のようなものだ。あの戦いにたまたま用いただけの」
「そうですか……では、」
お渡しはしないでおきますね、と言いかける唇。それを遮るように――ウスライが目を開き、男を見つめていった。
「だから、お前に持っていて欲しい。
 刀自体に大した価値はない。だが一瞬とはいえ俺達はこの武器に己の命運をかけて戦った」
「……」
完全に不意を突かれて沈黙する男に、ウスライは言い募った。
「俺も戦いの前は、この刀に価値を感じていなかった。
 むしろ兄を斬れなどと抜かす鬼畜どもが、これを押しつけて来た事の腹いせに、
 帰ったらすぐに質に入れてやろうとさえ思った」
「結構、あなたも激しやすいんですね」
そこは似てるんですねと呟く男。だがそれを無視する。
「だが、そう思うのも仕方なかった。――戦うまでは、刀は鋼の塊でしかない」
「……?」
「『異』と同じだ。そのもの自体はただの感覚器、そこから受け取る感覚に過ぎない。
 だが、そこに己をかけて戦う時、『異』も刀も絶対的なものになる。
 今のあの刀には、奴なりの思いがこもっているとするならば、
 それを理解できるものがそれを持つべきだというそれだけの話だ……」
ゆっくりとウスライが語尾を閉めた。
その右手は刀にかかったままだったが、全く抜く気配などなかった。ただただ、そこに存在するものを諌めるように置かれているだけ。

男は黙っていた。ウスライがいつまでも視線を外さないで見つめてくるのを、いつの間にか振り切るようにうなだれていたが、次の言葉を発するようになるまでにはさらなる時間を要した。
「……ひどい、じゃないですか、もう……」
首輪についていた飾りがかすかに揺れていた。
ちり、ちりと金属の触れあう音が、まるで男の代わりに泣いているようだった。
「騙したり殺し合ったり、どうやったら効率よく相手を貶められるかしか考えてないくせに、
 あなたたちは……どうして時々胸を突くようなことを言うんですか?」
男は胸元を押さえながら言った。

沈黙。

生ぬるい風が、汚れた窓をカタンと鳴らせる。そのわずかな音が、ウスライの意識を外に向けさせる。
――夜明けまで、あとどのくらいだろうか。どの道、あとさほど猶予はないだろう。
ウスライが男に目を向け直す。
言葉の続きをうながすつもりで口を開きかけると、ちょうど赤毛の緞帳が隠していた瞳をあらわにするところだった。
「刀は私が預かりましょう。あの方はひとひらまで誰にも渡しません」
相変わらず胸を押さえたままであったが、その口調はしっかりとしている。その眼には涙の代わりに、決然とした鋭さがあった。何物にも妨げられない光が理性と意思を感じさせ、その血縁を思い起こさせる。
ふと、ウスライは疑問を覚えた。
もう兄との戦いを終えて数週間を過ぎた。ということは薬や暴力といったこの男を支配していたものは切れているはずだ。それなのに、なぜ男は逃げ出さないのだろうか。首輪を打ち捨てることもせず、長年自分を踏みにじった男の遺言を忠実に守る姿は、健気を通り越していっそ不気味でもある。その疑問はおそらく――目の前の男のまさに血縁である弟が、直接彼に尋ねたかった事のひとつだろうと思われた。
なぜ往ってしまったのか。
なぜ、戻ってきてくれないのか。
その質問を投げかける機会を、多分永遠に奪った身としては尋ねておくのが道理な気がした。時間の猶予はさほどなかった。ウスライは口を開いた。

「……あの、子」
「……?」
囁き声を洩らしたのは、ウスライではなく目の前の男だった。
「あの子、元気ですか?」
意味を図りかねて沈黙を保つ。すると、男が苦笑した。
「いえね、事後処理が終わったら、気になっちゃって」
「さっきも言ったと思うが。病院で薬漬けになって朦朧としている」
「そんなに深い傷が?」
「『異』を失った」
「その後遺症で意識が戻らない?」
「…………分からない。だが、彼の意識が一瞬戻った時に『死にたい』と言われた」
さすがに虚を突かれたように男の唇が下がる。
「そうですか」
「気にかかるのか。ハダレが」
代名詞ではなく、"ハダレ"と名指しで質問してやる。真意の見えないこの男との会話は、常に尋問じみていたがしかたない。
「えぇ」
「主人の仇という意味でか」
奴隷の首輪の飾りだけがぴくりと揺れた。
体、心の震えは押し隠せても、そこだけは反応を見せてしまったというように。
「…………」
それをごまかすためか――男はゆっくりと脚を組み替え、視線を窓に向けた。小さな明かりが、男の横顔を一層仄白く見せる。ウスライは質問を重ねる。
「主人がお前をどんな方法で隷属させたか知らないが、今は自由だろう。
 なぜ逃げ出さない。まだ洗脳されているのか?
 あの男はお前の尊厳を奪い、踏みにじって快楽を得ていた外道だということも、
 その遺言を遵守することで敵を増やすこともお前は分かっていないのか?」
「……」
「そんなはずはない。今晩のことで確信した」
ウスライは無造作な足取りで、男の目の前まで近づく。
いぶかしげに顔を向けた彼の目を見つめながら、無表情に呟いた。
「お前は正気だ」



>>NEXT

<<BACK



創作物へ戻る