代理戦争/最下層街編/続・真実/1


東方士族。それは極東のある『異』の集団を指す言葉。
彼らは過去の大戦の折りは軍隊にも徴用され政界との密な関係を持っていた。自然機密事
項を知る要人の類も多く輩出した。ただでさえ科学的にも、個人単位でも、放っておけな
い集団を政府が放置するわけがない。戦況が厳しくなるにつれ、東方士族への政治的干渉
は深いものとなり極端な『管理』が行われた。
東方士族が血縁に存在する子の出生時の遺伝子検査を義務化。
検査で保持者と認められれば子は厳密なガイドラインに沿って教育され、18歳でもれなく
徴用された。非保持者と認められた場合も3歳で再検査を行い、確実に非保持者であると
認められてすら婚姻も自由ではない。
そしてすべての東方士族のゲノムシーケンスは厳密に保存され、個人情報などという観点
はまるでなかった。
住居の移転も許されない。職業の自由もない。
適当な住居と高額な報酬はあったが、人生の一片にも監視の目が行き届いていた。
その究極の形が献体の強制だった。
戦死であれ病死であれ東方士族で死人が出ると、医学研究所の人間がやってきてもれなく
目玉をくりぬいていった。へこんだ瞼を撫でながら多くの遺族が狂ったように泣きわめい
たという。
政府の過干渉を嫌った東方士族は、戦後徴用の需要が政府側に減ったことと管理の目を届
かせるどころではなくなったことを材料に交渉を重ねた。
自由は何一ついらない。山奥に引っ込み自分たちで『異』を管理すると宣言した。――そ
れはまるで猛獣が檻に内鍵をつけるから外鍵をやめろというようなものだった。
馬鹿げている。
世間はそう言った。
猛獣の言うことが信用できるかと。
だが政府はそれを許した。ある条件を東方士族が呑んだためだ。
それは政府の目の届くところ――代理戦争の戦場に常に東方士族をひとり以上置くこと。
ただし適当な人間をぽいと出して終わりではもちろん納得されない。中央街の代理戦争に
おける厳正な試験に通るようなまともな戦士をおき、データを取らせ、同時に人質のよう
に置いておくことが檻に内鍵をつける条件だった。

彼らは要求に従って檻を封鎖した。内側から、強固に。


だが、それでも時折檻を逃げ出したくなる者がいた。
また檻の外を留学だとか、戦士として徴用されて見に行く者もいた。

「……ハダレの祖先と、兄のことか」
それと。もう一人。
戦士として外の世界を見た人間を思い浮かべながら、ウスライは言った。
「そうですね。……カギロイ様が、留学という名目で外に出たのが8年前。
 彼は多くのものを目にした……」

カギロイが復興の最も進む極東の中央街で目にしたものは、最新の建築法に基づいて建て
られたオフィスビル。薄型のパーソナルコンピューター。携帯通信端末。未だに高価すぎ
て庶民には到底手に入らないが、教育機関や政府機関には必ず整備されている。
美しい公園、整備された道路、時折ではあるが通る自動車、道の両脇を彩る商店の数々、
着飾った洋装の男女、子供が走り抜け、誰もが幸せそうな笑顔を浮かべている。
どれも東方士族の地にはなかったもの。
若く野心にあふれたカギロイはそれらにのめりこんだ。砂漠に水を垂らしたように何でも
知識を吸収し、電子機器の扱いを心得え、中央街を歩きつくした。東方士族という身分は
隠し、同年代の友も作って流行や遊びも覚えた。カギロイはすさまじく優秀とは言えなか
ったが、熱心に学ぶ姿勢が評価されて周囲にちやほやされていた。
彼はその手の扱いには慣れていた。
なぜならば、東方士族の嫡子で『異』保持者であるということは
それだけでもてはやされる存在であったから。
ついでに特筆すべき問題も起こしていなかったので、順調に人生を過ごせば家督はもれな
く彼のものだった。だから、友への態度を変えることもなかった――もともとが尊大な態
度をとっていたからである。

「でもね、それがある日崩れたんです」

留学して半年もたたないうちに、悪友の一人がカギロイを下層街の代理戦争の観戦に誘っ
た。特に興味はなかったが、既にチケットを買ったというので物見遊山気分でついていっ
た。
――そこで見たのは『異』がボロクズのように嬲り殺される現場と、友が「やっちまえ!
『異』なんざ人間じゃねぇんだ!」と叫ぶ姿だった。

「……」
「貴方にも……覚えがあるでしょ?正逆の驚きでしょうけど。
 『異』の保持者が非保持者より尊重されるなんて考え方は全世界共通じゃない。
 むしろ異物として排除される」

今まで保持者であることを誇りに思い、持たざる者を無意識で見下していたカギロイは取
り乱した。誰よりも丁寧に扱われてきた東方士族の御曹司は、外界では「不気味な化け物
集団の親玉」として何より忌み嫌われる存在だった。その落差に絶望し、愕然とした。
それでもそんな考え方が世界の主流だと思いたくない彼は、より遠くの国の中央街へ再度
留学した。だが結果は同じようなものだった。
自らのアイデンティティを完璧に粉砕された彼はみるみるうちに落ちぶれ、世間的により
「よくない」友人を増やして憂さを晴らす日々を送り始める。
時々目付役やらがやってきて何とかやめさせようとしたが、東方士族自体に反感と疑問を
持ってしまったカギロイにはまるで逆効果だった。

実家への反逆街道まっしぐらのカギロイは、ついに過去の悪友なら立ち入るのも敬遠する
ような場所にまで入り込んだ。
たとえば、違法な風俗サービスをする店。あるいは非合法の薬品を売る店。
そして運命の出会い。
――『異』を売る現場に出くわした。

「正確に言うと、売られかけて興奮した『異』が売主に襲いかかってるところを
 助けてあげたらしいんですけどね。……ンッ…」
男が身じろぎした。指が抜き差しされるくちゅくちゅした音が吐息に交じる。
「その悪縁で、売主の店で『異』の管理を手伝うようになったと。
 最初はアンダーグラウンドな環境に興味を持ってやっていただけらしいんですが、
 さまざまな事情で来る『異』を相手にしているうちに、
 やっぱり自身の保持者としての誇りが目覚めてきた。
 あからさまに劣悪な環境の娼館や、勝ち目のない致死試合に売られていく
 "同胞"を送りだすたびに、崩れたアイデンティティが問いかけてきたそうです」

泣き叫ぶ女、無表情な幼子、檻の向こうでほえている男。
誰もがカギロイの厳密な管理によって滞りなく獣性むき出しの場所へ放り込まれていく。
その背が叫んでいた。
これでいいのか?
彼らは肌の色、瞳の色、髪の色、時に性別や年齢、何一つ共通点がなくても。
何を差し置いても同胞であるべきではないのか?

若くて無鉄砲で尊大なカギロイは答えを出した。
十分に売主のノウハウを盗み、彼なくして店の運営が立ち行かなくなるのを待って。
――――YES、と。



>>NEXT

<<BACK



創作物へ戻る