代理戦争/最下層街編/続・真実/2


「その時くらいに、私はあの人のものになったんです」

遠いところから流れ流れてきた年増の商品。見目も体格も性格もほどほど、何用にでもなることが逆に災いして買い手がつかなかった男。持っていた『異』を見込まれ、安値で適当に売られるよりはとカギロイ自身が買った。

「あの人の元で私はいろいろな働きをしました。
 人の心を読んでそれを利用したり、『異』の情報を集めたり。
 時にはあの人と一緒に逃げ出した『異』を捕まえにいったりもしました」

興奮型の長所――欲が肥大して興奮しているときは手がつけられないが、逆にその分仲間には尽くす。一途で愛情深い。

「私はあの人に応えました。
 御主人様もそのころ組織に店を吸収合併される形で、下の方ではあったけれど
 幹部にしてもらって、その期待に応えようと必死で」

カギロイは自らの足で動いた。御曹司らしからぬフットワークの軽さだったが、一度打ちのめされてからは人が変わったようだった。
隣に拘束男を連れ、人種のるつぼのような最下層街で情報を集めに集めた。正規の――と言っていいのか微妙だが――商品として入ってくる以外にも、素性を隠した『異』はたくさんいた。彼らがどこでどのように生活しているかを把握しつくした。

「その情報網で、遠方から多くの人を介して買い求めるしかなかった『異』が、
 より数多く多様で少しだけ安価なものになったんです。そういう功績があって、
 御主人様はだんだん本来やりたかったことができるようになった」
「何をするつもりだった?」
ちくちくと思いだしたように股間を触っている男に、ウスライは静かに尋ねた。
答える口元がうっすらと笑んでいた。
「一人でも多く不当な扱いを受ける『異』を減らしたかったんです」

全く自分の言葉に疑問もない様子の男に、ウスライの目が強張る。
「ハダレもお前も、不当な扱いを受けていないというのか?」
「えぇ」
あっさりとうなずく男。むしろ直接調教されたわけでもないウスライの方が疑わしいと思うほど。
「口に出すものはばかられるような虐待を受け、肉体的にも精神的にも傷つき、
 弟は今や廃人寸前で、その兄はまだ奴隷のままのつもりでいるというのに?」
口に出す――フラッシュバックする。
スポットライトの当たる舞台の上で嫌がるなか押さえつけられ、公然とアナルを犯され、悲鳴と嬌声を上げながら体を震わせる姿。それをにやにや見ているカギロイ。
今でも直接胸倉をつかんで兄を問い詰めたい衝動が沸く。
だがその兄ももういない。
残っているのは奴隷だけ。心底彼に心酔している男ひとり。

「少なくとも私は幸せでした。他のひとよりずっと」
男はくすくす笑っていた。無邪気で嘘偽りのない笑顔が逆に胡散臭いくらいの純粋さで、ウスライの知らない世界を語って見せた。 
「私はね、作物なんです。リンゴとか、人参とかと同じ。
 だからいつか、出荷されてひどい目に会うのは分かってたんです。
 長い間色々な人のところでいろいろな商品を見てたからなおさら諦めてた。
 私の腰くらいの背の女の子がね、お母さんから引き離されてこわーい人に担がれて
 きたりして、その子は幼女専門のお店に売られていきました。
 気の強い女性が調教されて身ごもった子供を堕されて呆然としてるのも見ました。
 男の子で、道で歩いていたところを誘拐されて代理戦争に出されて、
 顔中黒紫色になって道端に捨てられた子も知ってます。
 いつかは自分もあんな感じになると思ったら、とても正気ではいられないです」
ウスライも耳にした事があった。時には目にした最下層街の悲惨な現状だった。
「でも救われた。お金で買われてちょっと叩かれたけど、生きてるじゃないですか。
 しかも私にしかできない働きをいくつもして、可愛がってもらって、
 死ぬまでどうしたらいいか何もかも遺してもらった。
 ……それで充分じゃないですか」
それでも、ウスライはそんな目にあったことはない。
分水嶺はそれだった。
「ゆっくり苦しく死ぬかあっさり死ぬか、次に生きるか死ぬかがあって、
 もっと先に豊かに生きていくとか生きたいように生きるって選択肢があるんです。
 下っ端の御主人様にまだそんなに多くを大人数に施すほど力はない。
 だから、せめて生死の境に立つ『異』だけ、自分に影響がさほどないように
 そこから遠ざけることを始めたんです」
「結果が奴隷づくりや『異』の管理だったと?」
「そういうことです。
 ……お顔に、『信じないぞ』って書いてあるようですけどねぇ」
苦笑いをされる。
「御主人様も何というか、まぁ、ちょっと歪んでるというか。
 素直にエリートコースを歩んで人権問題に訴えるとか、正当な手段に出なかった分
 だーれにも心情が理解されないまま結局亡くなってしまわれたんですよね。
 ――でも、たぶん主義主張を掲げても理解してくれる人なんていないです。
 それで大多数の人が得する世の中ですから。
 だから実際にモノを動かせるところから手をつけようと思ったんじゃないでしょうか」
「……ならば俺が今まで兄と争奪戦をしてきた『異』の態度は?
 皆嫌がっていた。必死に反抗して、それでも連れていかれたあれはなんだったんだ」
男は苦笑いのまましばし黙考し、ためらいがちに言葉をつづけた。
「えぇとね、先ほども言ったんですけど、
 御主人様はまだまだ十分な権力がない状態だったわけで。
 何があってもお客様の要望と上の意向には絶対服従なのはどうにもできないんです。
 だからそこで折り合いをつけながら、死人だけは回避してきたんですよ。
 たとえば、戦闘経験がないのが手元にいて、
 あるのがそのへんにいることが分かってたとしますね。
 それで警備用とか代理戦争用とか、戦闘経験必須な商品のニーズがあったら
 外で捕まえてきて無駄な犠牲を減らすと。
 ――ああ、でもちゃんと捕まえてきた人にもフォローはあるんですよ?
 うちから出荷したってことで身分証明してあげたり、戦闘訓練積ませてあげたり、
 不祥事をおこしたらうちで再度買取してましたし」
「だからと言って……」
ウスライが抗議の言葉を並べようとする。が、男は手を振ってそれを止めた。
「ええ、だからと言って万事何もかもうまくいってるなんて言いませんよ。
 お尻で稼ぐ人も、体で稼ぐ人も、健康で稼ぐ人も、頭で稼ぐ人も、
 誰だってキッツイ立場にはあると思いますよ。
 実際私も体痣だらけで、時々おしり切れちゃいますし。
 けど、ご飯があって手当てしてもらって寝る場所があるからいいんです。
 満足に生きてくって、結構贅沢なことだと思いません?」

振った掌を、白く粘り気を持った液がすべり降りていった。
携帯用の灯りの頼りない明るさのなかで、かすかな臭気を持った液体がぺちゃっと床に落ちた。
彼は小さく「あーぁ」と声を上げて視線で床を追った。その後、そのまま目を伏せて手を拭きながら話を締めくくった。
「私も御主人様も自業自得です。
 善行を積んだともちっとも思いませんし、許せなんてなおさらです。
 確たる証拠もたいしてあるわけでなし。
 だけどちょっとだけ聞いて欲しかったんです。持っている人と持っていない人、
 それから『異』のコミニュティとそうでないところ、
 両方を知っている人はそう多くないですから。ね」
「……」
ウスライはじっと男を見つめていた。
キスをかわして、話を聞いていただけだというのに嘆息しそうなほどの疲労を感じた。
やりきれない話というのはかばかりに人を疲れさせるものだということを痛感した。いまさら、それを聞いてどうなることでもない。
誰かが生き返るわけでもなし、目覚めるわけでもなし、死にゆく人も止まらない。
本当かどうかも定かではない。
――故郷にいたころは尊大な態度で、非保持者のウスライを小馬鹿にしたような言動も多々あった。小難しいことを考える脳みそがあったのか分からないが、小さい頃から子分を連れまわして自身のやりたいようにやってきた姿を見ているので、なんとなくそのまま成長した絵面が浮かんで納得できなくもないが。
「さて、そろそろお時間やばそうですねぇ」
ちらりと手元を見た男が、視線を外に投げた。まだまだ外は暗かったが、げっぷが出そうなほど長い話を聞かされた後なので相当時間がたっていそうだ。
ふと別れの時が近いことを思って、ウスライは尋ねた。



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