「本当にすまなかった」
深く腰を折って頭を下げたウスライの表情にはっきりと苦しみが浮かんでいた。
「カギロイの分も含めお前に謝りたかった。
いきさつ上どうしようもなかったとはいえ、お前にひどい苦痛を何度も与えた。
そして取り返しのつかないことをした」
取り返しのつかないこと。
それは兄のこと?奴隷にされかかったこと?それとも、右眼のこと?
唐突なウスライの行動と、今までのどの顔よりもはっきり感情を浮かべた顔に虚を突かれて、
眼を見開いたまま疑問を浮かべる。
声が出ずはっきりと問いかけられない。それがもどかしかった。
「お前は殺人もいとわず生きてきた。俺も同じようにしてきた。
カギロイもお前の兄も。正しいと思うことを罪を重ねながらやってきた。
『異』や代理戦争にかかわる誰もがそうだろう。
――いや、直接でなくとも、その罪の恩恵にあずかる全てのものが本来その責を感じるべきだ。
だがお前以外の誰もが眼をそむけた。ハダレ、お前だけが右眼で見続けていた」
ウスライはゆっくりと上半身をあげる。ウスライの右手が伸びた。
と、温かい掌が、ハダレの腹の上に乗った右手を取る。
他人事のようにそれを見ていると、ウスライが言葉をつづけた。
「俺はその手段を断った。その感情をお前に教えた人間を殺した。
お前が二度と目をあけられなくなる程の苦痛を、味わわせる経過を作ってしまった。
全て俺のせいだ。そして……」
言葉を探すように途切れさせたウスライ。
長い間を不審に思い、視線を取られた手沿いに上にあげる。
抱いていた感情が霧散する。
「……」
ウスライは静かに目を閉じていた。
握っている手には穏やかに力がこもり、眉間も緩んでいる。
だけれども。
ハダレにはウスライが、本当は涙を流したいように見えた。
夕暮れの光も長々とした話には耐えきれずにほとんど落ちていた。
薄暗い、というより暗い室内では、ちょっとの音もいやに大きく聞こえる。
ハダレが身じろぎもせずじっと見つめていると、ウスライが目を開けた。
切れ長の目はいつもの通りで、声も若干低かったものの、表面上は平静だった。
「お前を守ると言って守れなかったのも、すぐに助けに行かなかったのも、
右眼を失わせたのも、兄を追いかけたお前を止めたのも俺の判断力と力不足だ。
俺はお前との約束を破ってしまったな。本当にすまないと思っている」
暗闇の中の黒ずくめの姿は部屋の空気に溶け込むようだった。
その中で包まれた右手だけが温かい、とハダレは感じた。
「償えるようなことならそうしたい。出来ないことは分かっている。
体についた傷も治らないし、心の傷もなおさらだ。
今まで人をさんざん傷つけてきて、何を言うという感じだが」
自嘲する。
そしてウスライは体の力が抜けたかのようにすとんと椅子に腰をおろした。
合わせて視線を下げようとしたハダレから逃れ、男は軽く握った手を見つめる。
「…………どうして、か、な。
お前が誘拐された日……から今まで、ずっと動揺していた。
今までは感じても自然に押さえつけられた気持ちが、澱のように胸に残って。
だからお前を助けに行った。
いつもそこで負けを認めて引き下がるところを、とても引き下がれなかった」
握った手を、より強くつつみこむ。
ハダレの指が驚きに跳ねた。それすら封じ込めるような握力だった。
ウスライはゆっくりと長い息を吐くと、手を見つめたまま呟いた。
「もしもお前を失ったら、俺はひどく後悔するだろうと思った。それが……とても怖かった」
――今、なんていった?
ハダレの瞼が、指先と同じように跳ねた。
きつく握りしめられて血も通わないような指先とは打って変わって、
全身へ血が通いだすような感覚を覚えてハダレは動揺した。
先ほどの怒り、悲しみはまだ何も解決していない。けれど抑えきれない感情がわき上がる。
怖かった……?あのウスライが?なぜ?そのことに限って?
聞きたいことは山ほどあった。どちらの問題にせよ。
だが、喉まで出かかった言葉は乾いた口で引っかかって出てこれない。
ハダレは水が飲めなくなって以来初めて渇きを恨めしく思った。
「今ならお前の悔しさ、悲しみが理解できる。
だから恨み事でも怒りでもぶつけてくれ。聞きたいことも何でも聞いてくれて構わない」
ウスライは指の力を弱めた。動作はひも解くようにゆっくりで、緩慢だった。
しかしハダレの手と己の手を離すことはしない。
重ね合わせ、触れているだけ。
余りに穏やかな熱に、再びハダレのうちにわき起こった激情がなだめられる気さえした。
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