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保にシャワーを貸している間に海都は牧に電話を掛けた。
数度の呼び出し音が鳴っている間、おそらく牧の携帯が奏でているであろう着うたを想像して少し気分も軽くなったのは気のせいではないだろう。
そもそも、牧の携帯に電話を掛ける時に楽しい時などないに等しいのだから、という理由で少しでも楽しくなるようにと牧という人物からは想像も出来ない「さんぽ」を着うたに設定したのだ。
『どうした?』
呼び出し音が切れたと思えば、牧の声が聞こえた。
妙な間がなくいきなり本題に入る率直な電話の応対は牧とのセックスを彷彿とさせる。
「慎ちゃん?僕だけどドコに行ったらいい?」
『201だ。早く来いよ。』
「ん。シャワー浴びたらすぐ行くよ。」
その返事もないまま電話は切られてしまった。しかしそれは別段おかしなコトではないので、特に気にしないまま携帯をベットの上に放り出し自身も重力に従い上半身をベットに倒す。ユニットバスからシャワーの水音がする。そしてその水音にかすかに保のすすり泣きの音が混じっているのは海都の気のせいではないだろう。
何がそんなに悲しいのかと思いながら、かつて自分もこうして風呂場で隠れて泣いていたことを思い出す。それが懐かしくもあるが、やはりその時の自分が何を思って泣いていたのかが思い出せなかった。感覚が麻痺しているのだろう。だが、それでいい。いちいち小さなことに悩んだままでは生きていけなかった。


どれくらいの時間が経ったのか、それほど長い時間ではないだろう。シャワーの音が止まり保が出てきた。
「・・・。」
無言でユニットバスから出てきた保の目が赤いことについて海都は何も言わなかった。
ベットに大の字になって目を閉じていた海都は立ち上がりながら、身体が少し軽くなったことを感じた。短い時間ではあるが、身体を休ませたかいがあったというものだ。
「このベット使っていいから。一人にして悪いけど僕はちょっと出てくるから。それから僕が帰ってきたらちょっと話をしよう。」
そして、シャワーを浴びに行ってしまった。その後も、「ぢゃぁね。」と笑顔で言ってから、どこかへ行ってしまった。一人残された保は先ほどの海都のようにベットに横になり、なぜこんな事になってしまったのか、これからどうするのかなど考えていたのだが、精神的な疲れからかいつの間にか眠ってしまっていた。



昔から扉の前に立って、その扉をノックする時が1番緊張する。部屋に入ってしまえば、客の望む海都を作るのに集中して、緊張なんて吹っ飛んでしまうからだ。
そんな時海都は出来るだけ早く扉を叩くようにしている。緊張が長引けば、部屋に入った時大きな失敗をしてしまいそうで、また扉の前で何を思ったところでその扉を叩いて中に入る事実は変えられないのであれば出来るだけ早く終わらそうと思ってのことだった。
201号室の部屋の扉をたたくとすぐにそれはあいた。長髪のコウシが海都の姿を見てがっかりしたようにつぶやいた。
「手ぶらかよ。」
その不貞腐れたような言い方が、子どもの頃の空也のようで海都はコウシに好感を持った。
部屋に入れば牧とピアスをたくさんあけた男・テツタがこちらを見ていた。テツタの目は獲物を狩る鷹のように鋭く、海都はそこが好きになった。
海都は初めて会う人や、あまり親しくない人と相対する時はこうして相手の好きなところを見つけ恐怖を和らげる癖をつけていた。
「今日は弟がお楽しみの邪魔したみたいでゴメンね?」
首をかしげながら、本当に申し分けなさそうに無垢な笑顔で言ってやる。
コレがあるとないとでは、後々の扱いが変わってくる。
「それでね、お詫びにはならないかもしれないけど僕を好きに使ってください。」
今度は意識して妖艶に笑ってみせ、普段は年長者にさえ使わない敬語を使う。普段海都が敬語を使わないのは、こういうときの効果を期待してのことだった。それも、最初は相手を怖がっていないという、単なる虚勢だったのだがいつの頃からかその性質はこのように変質していた。


2人の息を呑む音が聞こえてきそうだ。
「・・・ヤられるのはイヤなんじゃなかったのか?」
牧が理由はわかっているだろうに聞いてくる。牧のニヤニヤした顔はあまり好きではない。性的ないやらしさは持っていないが、明らかに海都を試しているような、困らせようとしている意図が見えるそんないやらしさを持っているからだ。
「ソラちゃんの前では嫌なだけ。」
「・・・ソラちゃんはやめたんじゃなかったのか?」
今度は本当に疑問に思ったのだろう。笑っていない。
牧は呼び方のことを言っているのだろうか。
「要は本人がいないところでならいいんだよ。バレなきゃ何したっていいんだもん。だから、このこともソラちゃんには黙っててね。」
最後は3人に向けていった。
「甘くて辛いものはどこいったんだ?」
コウシが不思議そうに言った。先ほどの会話でテツタはなんとなく理解したが、コウシには解らなかったようだ。
「だから、コイツが甘くて辛いもの。だろう?」
そう言って海都を見たその目には嗜虐の色が濃く、テツタの性質を現していた。
「そう、今日は辛さ多めでどうかな?レイプごっこでもしてストレス解消してもらおうかな、なんて思ってるんだけど。」
楽しそうに笑って言えば、それが楽しいことのように思えてくるから不思議だ。
「何?ホントに好きに使っていいのか?」
テツタがベットの端に腰掛けた海都の尻を撫でながら言うが、それは質問というより念押し、忠告のように聞き取れる。
「長く痕に残るような傷はつけないで。それ以外なら・・・」
と言っているうちに、尻を撫でていたテツタの手が浴衣の帯をつかみ、後ろに引いた。そのまま海都の身体もベットに倒れてしまった。


9 novel 11