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「何で、あのまま行かせたんだ?」
テツタが牧に非難の声を上げた。
海都たちが保を連れて行った後、牧たちもテツタの部屋に引き上げたのだった。
「もしあのまま、保君を帰してくれなかったらどうすんだよ。」
コウシも、自分の肩まである長い髪をかきあげながら言った。
「大丈夫だ。」
余裕の笑みをうかべながら言っても、2人は海都という人物を知らないのでその言葉を信じることは出来ない。
「何を根拠にそういえるんだよ。あの様子の弟君を見る限りぢゃ、明日になって返さないって言い出しても不思議じゃねぇぞ?」
「それに俺らの今夜の楽しみは?」
「そのうち来るんぢゃねぇの?」
牧はドコまでも飄々とした態度だ。そんな態度に、中途半端に保をいたぶり神経の高ぶっているテツタは苛立ちを覚えるのも無理はなかった。
「だいたい、・・・!」
そう牧に食って掛かろうとしたところで携帯の着信を告げる音が鳴った。それは、「となりの○トロ」の主題歌で「♪あるっこ〜、あるっこ〜、私は〜元気〜♪」となんとも軽快な着うたが流れた。男3人の部屋でこの着うたはドコまでも不似合いで、また異様で場をしらけさせるには充分だった。そして、牧が携帯を取り出しそれを耳に当てたとき、2人は何か信じられないものを見るような目を牧に向けていたのは言うまでもない。
「どうした?」
牧は通話ボタンを押すとすぐに問いかけた。相手が誰かということを確かめもしなかった。たとえディスプレイに名前が表示されていても、電話に出る時にはもう少し他の言い方があるのでは、といいたくなるほど間髪入れない早さだった。
「201だ。早く来いよ。」
それだけ言うと電話をきってしまった。
201というのはテツタの部屋の事なので、おそらく相手は海都だろうと予想は出来た。
「お前、トトロってどうゆうセンスだよ。」
「海都が勝手に設定したんだよ。」
やはり、牧にトトロという妙な組み合わせの諸悪の根源は海都らしい。
そして、そのままそれを変更しない牧も牧だということだろうか。
「で、なんて?」
いい加減、笑いの引いたテツタが問えば
「すぐ来るって。」
「早くねぇ?そんなすぐ調達できるモンなん?その、甘くて辛いもの・・・?って。」
「来てからのお楽しみだな。」
牧は時にそうやって、もったいぶった様なことをいう。それが歯がゆくもあり、しかし牧がそういう態度に出た時には後から知った事実は2人にとって悪くないことで、先に聞くよりも後から知ったほうが喜びは大きい。そう感じることが多々あった。なので、2人はそれ以上追求せず、海都が来るのをおとなしく待ったのである。



時は少しさかのぼって、こちらは談話室を後にした3人である。
エレベーターを待っている間保は、海都が見物人から例の笑顔で奪い取・・・貸してもらったシャツを羽織ったまま口を開かなかった。海都も空也もあえて、それを指摘はしなかった。
「牧は、海都の恋人ぢゃなかったの?」
沈黙を破るように空也が尋ねれば
「違うよ。前も言ったけど、空也と啓一みたいな関係であって同じような関係ぢゃぁないんだよ。慎ちゃんとは・・・セフレ?っテいうのが一番近いのかな。でも、セフレって言う言葉では定義できない関係。なんていうか、言葉にするのは難しいね。」
つまり、よくわからない。それが空也の感想で、また謎でもあった。
エレベーターは数秒の降下ののち、5階で止まった。
「保君は僕が預かるよ?」
唐突に海都はいった。空也は保をあの場から助けることしか考えてなく、その後は部屋に返せばと思っていた。
「なんで?」
「だって、慎ちゃんはああいったけど、他の2人が約束を破るかも知れないから1人に出来ないじゃん。中途半端に関わって放り出したりしたら、そっちの方が保君はつらいよ?」
「なら、俺が最初に関わったんだから、俺のところに泊めるよ。」
「それはダメ。」
間髪いれずに返された。
「なんで。」
「空也は今でもアレなのに、一晩泊めたら情が移って明日返せなくなるぢゃん。」
「いいじゃん、返さなくたって。そもそも、向こうが間違ってるんだし。」
「向こうが間違ってるとしても、何かしらの約束があったんじゃないの?」
保に聞けば、コクリとうなづく。
「約束は約束だよ。それにあの場だって慎ちゃんがいなかったら、あんなに丸くは収まらなかったんだよ?その慎ちゃんに僕は明日には返すって約束したんだから。」
海都はドコまでも冷静に、畳み掛けるように話してくる。1人熱くなっている自分がむなしく空回りしているようでならない。
けれども、今の空也には海都を論破できるだけの材料も冷静さも欠いていることは自覚できた。
そして、何が最善かも。
空也の出した結論は、とりあえず1晩冷静に考えて明日の朝もう1度海都を説得することだった。なんだかんだと言って空也に甘い海都である。こちらが計画を練って話し合えばうまく丸め込めるかも思ったのだ。それが今の空也の考えれる最善だった。
「それじゃぁ、お休み。」
雰囲気から、空也が諦めてくれたことを悟った海都は保を促し自室へ入ろうとした。
「海都。」
空也の声が寸でのところで、閉まろうとしたドアを止めた。
「何?」
「甘くて辛いものって、なんだ?」
保と引き換えにしてもいい、と牧に思わせたものである。気にならないといったら嘘になる。
海都はいつもの邪気のない笑顔ではなく、口の端をかすかに持ち上げただけの怪しい、ともすれば妖艶とも取れるような笑みをみせ
「ヒミツ。」
そして、今度は本当に扉を閉めてしまった。


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