8
時が経つのは早いもので、あっという間に5月も終わりに近づいてきた。
特化クラスの今までとは違う雰囲気にも慣れ、1度目の定期試験もクリアし、一息ついたところだった。
その時、空也は夕食を食べ食堂から自室に帰ろうとしていた。海都は例によって2日ほど帰ってきてなかったので、啓一と2人の食事となった。
食事の後、新聞を読む空也を残して啓一は先に部屋に帰ってしまったので1人で食堂から出たところで、隣の談話室から人の争うような音が聞こえた。それも複数人の声だった。雰囲気からして数人対個人がなにか争っているようで、空也は談話室を覗き込んでみた。
談話室は、クリーム色の絨毯の敷かれた部屋でソファが何脚かと大型のテレビが置かれているだけだ。
その床で3人の男が1人を襲っていた。
そう、文字通り襲っていたのである。襲われていたのは、小柄な少年といっても差しさわりのないような人間だった。少年と言っても空也ののクラスでは見かけたことがないのでおそらく2年か3年の先輩ではあるはずだ。少年は無残にも服を引き裂かれそれでも尚抵抗していた。
「何してんだ!」
思わずそう叫んでしまっていた。
8つの目がこちらを向く。そして、襲っていた人間の中に牧がいたことに気づいた。よく見てみれば他の2人もいつも牧と一緒にいる2年だ。3人とも勉強やスポーツなどはいまいち秀でたところはないが、親が金持ちで多額の寄付金によって特化クラスに在籍していると克己が以前言っていた。
髪を肩まで伸ばし明るく茶に染めたキザったらしい男が、ニヤニヤしなから言った。
「何って、強姦ごっこ。」
まったく悪びれもなく―いや実際悪いとなんて露ほどにも思っていないのだろう―言った。あまりのことに、何を言ったらいいのか一瞬わからなくなる。
「助けて・・。」
少年が2人を見ながら言った。そんなことを言われなくても助ける気満々だったが、その必痛な声を聞いたら一刻も早くこの場から助けなければと思ってしまった。
空也は決して正義感が強いわけではない。と自分では思っている。けれど力のあるモノがないモノを一方的になぶるのを見て見ぬふりが出来るほど、臆病者ではない。ましてや、3人がかりで襲うなんて無視できない。
「何が助けてだ。アホなことぬかしてんじゃねぇよ。」
耳にピアスをいくつもあけた男が少年の腹を蹴りつける。
少年が小さな悲鳴を上げ腹を抑えて背を丸めた。
「邪魔をするなよ。天崎。」
牧はキツイ目でこちらを見ていた。
「邪魔って、こんなこと止めるに決まってるだろ。」
「こいつだって承知のことなんだよ。」
少年を見てみればどこか気まずそうな顔をして、それでもその目は助けを求めていた。
「保君は、この間のテストで点数落としちゃったんだよねぇ。退学になりたくないから、俺たちに何でもするからって約束でお金出させたんだもんねぇ。」
キザな男が、空也の説明しているのか保に念を押しているのか、後者だろうが殊更ゆっくりと説いた。
そしてそれは、この特化クラスではありあえない話ではないだろう。この3人のような人間がいるのだ。成績がお金で買えてもまったく不思議ではない。そして、それをネタにこのようなことがされていても不思議ではない。
「だからって、嫌がってんじゃん。」
「嫌がろうがなんだろうが、約束は約束だ。俺たちだって金出してんだからな。」
「それとも何?君が保君の代わりをやる?」
牧以外の2人はその提案が思いのほか楽しい提案だったらしく、笑っていた。
海都が寮に帰ってきた時、1人の先輩に声を掛けられた。
「弟君が談話室で牧たちと揉めてるぞ。」
それを聞いたとき、何か嫌の予感がした。海都は、鉛のように重いからだに鞭打って、浴衣のすそが捲れるのも気にせずに談話室を目指した。
談話室の入り口には数人の見物人がいた。それを押しのけ中に入れば、空也と牧と服をびりびりに破かれた少年と男が2人いた。
そして、その状況からなんとなく事情を察した海都だった。おそらく牧達の楽しみを空也が中断させたのだろう。伊達に牧の幼馴染・・・もどきをやっているわけではない。牧の嗜好は結構熟知していた海都である。
「何してるの?空也。」
海都が現れた時救世主かなにかのように感じた空也だったが、海都の次の一言でその期待は無残にも打ち砕かれた。
「面倒に関わっちゃダメじゃん。帰ろ。」
海都にとって、この状況は面倒でしかないのだ。そして、保をこの場に残して帰ろうと言う。その神経が信じられなかった。それは、海都に裏切られたような気分だった。
「イヤだ。海都だけ帰れば?」
「そんなことできるわけないじゃん。」
「俺は置いていけないのに、この人は置いていけるんだ?」
「そうだよ?だって、空也は弟だけどこの人知らない人だし。」
海都の考えはわかるが、わかりたくなかった。けれど、それが普通の反応なんだろうか。
「俺らのこと無視しないでもらえる?で?どうすんの?保君の代わりをするの?しないの?・・・それともお兄ちゃんがする?」
また、このキザな男だ。
「何?そんな話になってんの?」
海都は牧に視線を向ければ、それに牧が視線のみで返事をする。
すると、海都は何かを考えるような表情を一瞬し、提案した。
「僕が・・・ヤられるのはイヤだし、空也がヤられるなんてもってのほか。・・・でさ、ここはなかったことにしない?」
「は?」
一同の唖然とした顔をよそに海都は笑顔で続けた。
「一番最初の空也が邪魔をしたその状況からなかったことにしない?もちろん、そっちが・・・保君?と何かしらの約束でもしてるのならそれはまた後日僕たちがいないところでなんとかして。とりあえず保君を一旦あずけてもらえない?かな?」
「ふざけんな!」
ピアスの男が怒鳴ったが、それも無視して
「そっちにはもちろん、何かしらのお詫びを持っていくよ?楽しみを邪魔だけじゃなく延期させちゃうんだから。そうだね・・・」
そこで、一呼吸おき
「甘くて辛いもの、なんてどうかな?慎ちゃんスキだよね?」
最後だけ牧を見て言えば、牧はなにやら面白そうな顔をしていた。
「慎司君がスキでも、俺たちは関係ないし?しかも食い物が代わりになるかよ。」
キザな男がその後も何か言おうとしたが、
「持って行けよ。明日には返してくれるんだろ?」
牧が保を顎でさせば当然のように2人から非難が来る。けれどもそれを持ち前の怖い顔と、ドスの聞いた声で制してしまった。
「ありがと。後で持っていくから。」
そうして、3人は談話室を後にした。
けれど、3人とも何一つ問題は解決していないことに気がついていた。
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