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毒々しいまでの赤い夕日。
普段は買い物途中の主婦や会社帰りのサラリーマンなどでそれなりに誰かが居る時間帯にもかかわらず、その日は海都と母親以外誰も居ない踏み切り。
けたたましく鳴り響く警報機の音。そして電車のブレーキ音。
母親の白いワンピースを真っ赤に染める肉片。

それをただ見ていることしか出来なかった自分。
それらすべて、海都は一生忘れることは出来ないだろう。



「あの時の事故で死んだのはお母さんだけ。お母さんは僕の目の前で電車に撥ねられた。飛び出した僕を助けようとしたんだ。」
海都の顔から笑顔が消えていた。その時のことを思い出そうとしているのか、はたまた必要以上に思い出さないようにしているのか。
「その後のことは、実は僕もあんまり覚えてないんだけど、目の前でお母さんが死んだショックでちょっとおかしくなっちゃったらしくて、お父さんも僕たち2人を育てるのは無理だって言うんで僕をお母さんとまったく関わりの無い東條の家に養子に出したんだって。」
海都の口からタンタンと語られるそれは、ひどく現実味が無くけれどどこか納得してしまうモノだった。
しかしそれでは、海都が死んだと聞かされた理由がわからない。
「後から知ったんだけど、空也もそのとき精神的に参ってて、お母さんが死んだ後すぐに僕は生きてるけど会えないなんて言えなかったらしくて、お母さんと一緒に死んだ。って説明したって聞かされた。」
それを聞かされたときの海都の気持ちはどうだったろうか。知っている人が1人も居ないトコロに1人養子に出されて、しかも自分の存在を抹消されたと知ったとき。
母親と海都が死んだと聞かされたとき、空也のそばには啓一がいた筈だ。精神的に弱っている空也を励まそうと奔走してくれた。けれど海都にそういう存在はあったのだろうか?
「東條の家に、お兄ちゃんが2人いるんだ。朔眞と昂馬って言うんだけど、優しいんだよ。それに義弘さん・・・東條のお父さんも僕のことをちゃんと考えてくれてるし。」
海都の顔には笑顔が戻っていた。



その後はお互いいろいろな話をした。空也と啓一の話もした。海都と牧との話もした。空也は初めて牧と話もした。そして海都の家族の話も少しした。
海都が家族を褒めるたび、空也の心は暗雲に覆われて行った。そして、それに気づかされるたび空也は自分に失望した。
海都との再会は嬉しい。しかしそれと同時に、自分が辛酸を嘗めているときに海都は幸福な子供時代を過ごしたかと思うと、なんともいえない思いに駆られたのだった。



克己と久喜を含め6人で夕食をとり、空也は啓一の部屋を訪れていた。
空也と海都、そして牧という異様な組み合わせに寮生たちは遠巻きにするだけだった。
そして、海都と空也のコトは、克己と久喜には簡単な説明をしただけで納得してもらった。 気になることはたくさん有っただろうが、2人の問題だと、話したくなったら詳しく教えてくれと、そう言ってくれた2人だった。
啓一の部屋で空也は今日海都と話していて思ったことを啓一に吐露した。そうすることで、なんとか自分を落ち着かそうとしたのだ。
「・・・海都が生きてて嬉しいのに、素直に喜べなくて。そんな自分がイヤなのに、海都の話を聞いてたらどんどん沈んでいって・・・。」
空也の思いを静かに聞いていた啓一は、空也が言いたいことを全て言ってしまってから口を開いた。
「お前の昔を考えたらそれは無理も無いだろ?ただ、今日は海都もいいことだけを話してたけどそれだけじゃ無いはずなんだ。ってことを知ってるだけで今はいいんじゃないか?」
「・・・そんなこと解らないし。いいことだけだったかもしれないだろ?」
自分でも何を剥きになっているのだろう、と思ったがそう言わずにはいられなかった。
「海都の手首、一筋だけ切った痕があった。傷自体は昔のものっぽかったのに痕がはっきり残ってたからよっぽど深く切ったんだろうな。」
啓一のその顔が真実を物語っていた。



東條海都。
ドコまで空也を混乱に貶めれば気が済むのか。しかしコレは序章でしかなかった。


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