何を置いても守りたい者がいる。
「ルイカ」
しわがれた声が耳元をくすぐって、うつらうつらと眠りの淵にいたルイカはゆったりと目を開いた。その目は大きく、瞳は翡翠のように青みがかった緑色をしていた。乾いた視線をオルスナ二世へと向けると、目を細めてルイカはオルスナ二世の醜く太った首筋に腕を回した。
「陛下、お願いが…」
「いつものあれか。分かっておる。全く…金のかかることだ。儂以外にそなたの面倒を見られる者は、この国にはおるまいな」
短く太い指でルイカのきめ細やかな白い頬に触れると、そのまま柔らかな髪に唇を押しつけてオルスナ二世はゾッとするような欲に満ちた笑みを浮かべた。その目は黄色く濁り、呼吸はわずかに乱れていた。ありがとうございます、陛下。その手をつかんで艶やかな笑みを浮かべると、ルイカは豪奢な天蓋ベッドから滑り降りて素早く服を身につけた。
最後にフードつきのマントを羽織ると、サンダルの紐を華奢な足首に巻きつけて縛る。
「そなたは儂の最後の愛妾となるだろう…一体どのような運命に導かれたのか」
「陛下、すべては神の定めに従いしこと。次は月の満つる夜に伺います」
少しかすれた声で答えると、ルイカは元国王の寝室を出た。
オルスナでもほんの少ししか取れない希少な石を影が映り込むほど磨きあげ、寸分の狂いもなく敷き詰めた廊下が続いている。
上質な敷物を踏んで、まるで生まれた時から貴族だったかのように優美な仕草でルイカが歩くと、オルスナ二世の離宮に集う旧態然とした貴族たちが、あからさまにルイカを見てひそひそと何か囁く。
元は下級の男娼が、随分とのし上がったものだ。
若王によって退位させられたというのに、まだ下卑な愛妾を手放さぬ。
…聞こえないふりをするのには、慣れている。
目を細めたまま長い廊下を駆けるように歩いて、ルイカはオルスナ二世の離宮を出た。馬丁の出した毛並みの美しいルイカの馬が、気配に気づいたのか突然嘶いた。ただいま。そう言って馬の鼻先を軽くなでると、そこに頬を押しつけてからルイカは馬に乗った。
「帯剣を」
そばにいた召し使いが、オルスナ二世から言いつかったのか装飾性が高く美しい剣を捧げた。
私は剣は使えぬ。微笑みながらルイカは答えた。馬の腹を蹴って走り出すと、フードが風をはらんで脱げた。離宮から町へと続く一本道は大きな木が連なっていて、砂漠の国オルスナの中でも数少ない緑豊かな土地だった。
ルイカの真っすぐな髪が、艶やかに光っている。
|