離宮の裏庭は静かで、出入口を衛兵が固めているためにほとんど誰も来なかった。二人で手をつないだまま木陰で眠るように目を閉じていると、ふいにハティが寝返りを打ってエウリルの顔を覗き込んだ。
「ねえ、エウリル。どうしてお兄さまよりも先にあなたの方が結婚することになったのかしら」
エウリルが大きな目を開くと、そのアストラウル人特有の栗色の髪に触れて、ハティはエウリルの額に軽くキスをした。お兄さまって、フィルベントのこと? エウリルが尋ね返すと、ハティは好奇心旺盛な表情で頷いた。
「それは…ハティのお父さまが僕をハティとって仰ってくれたからでしょ」
「確かにお父さまは、フィルベントさまのことはあまりお好きじゃないみたいだけど、フィルベントさまはもう二十一歳でしょ。王太子さまも、次兄のローレンさまも二十歳にはもう結婚されていたのに」
「フィルベントが遅いんじゃなくて、僕たちが早いんじゃないの? いいじゃない、ハティ、僕は君と早く結婚したいよ」
「後、十日のことじゃない」
エウリルがハティをギュッと抱きしめると、それは母に似て柔らかくいい匂いがした。森の中でクスクスと笑う二人の声が響いた。ふいに人の気配を感じてエウリルが顔を上げると、エウリルの頭を抱きしめていたハティもつられて視線を上げた。
「エウリル?」
日が陰ってきた森の中は、少し寒かった。身を起こしてエウリルが周りを見回すと、そこには誰もいなかった。誰かいた気がしたんだけど。エウリルが呟くと、ハティは立ち上がってエウリルに手を差し出した。
「ねえ、王さまね、少し体調がお悪いんじゃない? 何か気づいた?」
歩き出してすぐにハティが心配気にそう言って、エウリルは驚いたようにハティを見た。
「どうして?」
「お父さまが顔色が悪い気がするって仰ってたの。だから、エウリルの結婚を急がせてるんじゃないかって。私と結婚すれば、王さまがもしご病気でもエンナさまやエウリルも心配ないでしょ」
「滅多なことを言うもんじゃないよ、ハティ…」
キュッとハティの手を握ると、エウリルは黙り込んだ。以前に比べると確かにルヴァンヌの顔色は悪く、動作も話し方も少しゆっくりしているような気がした。お父さまはご病気なんかじゃないよ。自分に言い聞かせるように言葉を重ねて、エウリルはハティの肩を抱いてゆっくりと歩いた。
「それより、ハティが来たらいいものをあげようと思ってたんだ」
ふいに思い出したように言ったエウリルに、ハティは表情を輝かせて何?と尋ねた。あげようか、どうしようかな。そう言いかけたエウリルに、ハティはいじわるねとエウリルの腕に自分の腕を絡ませて組んだ。
「ユリアネに教えてもらって僕が作ったんだ。オルスナのお守り」
そう言って、エウリルはポケットからキラキラと輝く紐を編んで作ったブレスレットを取り出した。まあ、綺麗ね。嬉しそうに笑みを浮かべるハティの細い手首をつかむと、エウリルはそれを巻きつけて緩く結んだ。
「本当にあなたが作ったの? 上手ね。ユリアネが作ったんじゃなくて?」
ハティがからかうように言いながら手首を見ると、エウリルはムッとして、ちゃんと僕が作ったよと答えた。そのブレスレットの上からハティの手首にキスしたエウリルに、ハティは目を細めてありがとうと呟いた。
「私、婚儀の式でも外さないわ」
「それは無理だよ。いいよ、また後でつけてあげるから」
エウリルが言うと、ハティはエウリルの唇に素早くキスして笑った。木立が風に揺れてさやさやと音をたてた。ハティの肩を抱いて歩き出すと、エウリルはハティの髪に頬を押しつけて好きだよと囁いた。
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