びっくりした。
どうしたんだ。まだ鼓動を打つ胸を押さえて、エウリルはアサガを連れて自室に戻っていた。フィルベントのあんな表情を初めて見た。あんな…また背中がゾクッとして、エウリルは目を伏せた。
何を言おうとしていたんだ。あんな切羽詰まった表情で。
あのままあそこにいたら…何を聞かされていたんだろうか。
「アサガ、フィルベントのことで何か聞いてないか」
顔を上げると、エウリルは振り向いてアサガに尋ねた。
「フィルベントさまのことで? さあ、分かりません」
あっさりと答えたアサガに、使えないヤツと苦笑してエウリルは考え込んだ。じゃあ、何か他に変わったことは。エウリルが尋ねると、階下への広い階段を一歩ずつ下りながら、アサガは答えた。
「重要な犯罪者を収容する牢が、王宮のどこかにあるという噂を聞きました。何でも昔、王を殺そうとした王子が投獄され、絶望の内に命を絶ったとか」
「うーん、そんな昔話じゃなく、今の話だよ」
「今の話ですか…そうだ、明日は婚儀で使われるご衣装が司祭さまに浄められて、それをご夫婦でお受け取りになられる儀式がありますから、早く寝て下さい」
「もう、そんなことは分かってるよ。ユリアネに聞いた」
「エウリルさまは俺より物知りだなあ。ユリアネ姉さん、元気ですか」
「何だ、最近会ってないの?」
驚いてエウリルが尋ねると、アサガは忙しくてと答えた。ユリアネはオルスナから派遣されて来た侍女で、アストラウル人のアサガと血のつながりはなかったが、子供の頃から王宮に出入りしてエウリルの遊び相手をしていたアサガはユリアネを姉のように慕っていた。
「姉さん、元気だよ。元気すぎてこっちが困るよ」
ようやく笑みを見せて、エウリルが答えた。自室へ戻ると、エウリルは明日の朝、侍女の一人に何か贈り物を持たせてフィルベントの様子を見にいくようにとアサガに言いつけた。
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