コチコチに緊張したエウリルを見ると参列していたアサガは吹き出しそうになって、ユリアネに小突かれた。
第四王子エウリルの婚儀は、王宮の敷地内にあるソフ教の大聖堂で朝から行われた。王やその王妃たち、王族たちや大勢の貴族、それにそれぞれの従者たちが一同に参列して式次第は厳かに進んでいた。顔色の悪いフィルベントのそばにフリレーテの姿は見えず、それが余計に貴族たちの好奇心をかき立てた。
よほど暇だと見える。
右足と右手を一緒に出す勢いのエウリルを見て苦笑しながらも、下卑な噂話に忙しい王族や貴族たちを一瞥して、ローレンは小さく息をついた。
彼らもすでに気づいているはず。一歩王宮を出れば、重税に苦しむ庶民の不満が高まっていること。
アストラウル人とスーバルン人、ソフ教とラバス教の対立が日に日に深まって、今日も国のどこかで紛争や内乱が起きていることを。
先に司祭の前で白いドレスに身を包んで立っていたハティの元にようやく辿り着くと、エウリルは司祭から昔の物語を綴った様々な文様の縫い取りをした長いマントを背にかけられ、優雅にお辞儀をした。可愛らしいご夫婦だこと。貴族の婦人の一人が羽扇の内で微笑みながら呟いた。若い二人はその場にいる大勢から祝福を受けていた。
「神の御名の元に、二人を夫婦とし」
エウリルがそっとハティの横顔を見ると、ハティは刺繍が施された白いベールの影からそっとエウリルへ視線を向けた。ぽってりとした愛らしい唇が、柔らかな笑みを作った。目を合わせて微笑みあうと、二人は司祭から祝福の言葉を与えられ大聖堂を出た。
婚儀披露のパーティは夕方から、王宮の大広間で行われていた。皇族や貴族たちからも次々と祝福され、エウリルは酒の入ったグラスを手にしたまま、大広間の中心で幸せそうな笑みを浮かべていた。
「エウリル、おめでとう」
いつものくつろいだ格好ではなく、婚儀の出席者に相応しく金の糸で縫い取られた服を着たローレンが、人々に押されてあたふたしているエウリルに声をかけた。第二王子の姿に、人々が優雅に間を空けた。外へ出よう、少しだけ。そう言って、エウリルはローレンを促してバルコニーから中庭へと出た。今日のためにいくつも立てられた燭台のろうそくに火が灯され、婚儀に出席していた人々が集まって笑いさざめいていた。
「中はすごい熱気だな。ハティは? 姿が見えないけど」
途中のテーブルでアンティパストを皿に盛り、パンと一緒に器用に持ってローレンが尋ねると、ようやくホッと息をついたエウリルがテーブルの上の葡萄を一房取って答えた。
「部屋で休んでるよ。少し人に当てられたみたい」
「ハティは私たちに比べると、大勢の前に出ることにあまり慣れてないんだろう。これからが大変だぞ。気づかっておあげ」
「うん…ローレン」
ふと思い出して、エウリルは葡萄の房から粒を千切りとりながらローレンを呼んだ。何? ローレンが中庭のベンチに腰かけて尋ね返すと、エウリルは少しためらい、そばに人がいないことを確認してからローレンの隣に座って言葉を続けた。
「フィルベントのことなんだけど、変じゃないか」
「…アリアドネラ伯爵の子息のことでか?」
ローレンが答えると、エウリルはえ?と首を傾げた。噂を聞いていないのか。それどころじゃなかったもんな。苦笑してハムをフォークでつつくと、それを巻取ってローレンはエウリルにそれを差し出した。
「うん、いいんだ。フィルベントが変だって、どういうこと?」
ローレンの手をつかんでハムを口に入れると、すぐに上を向いて葡萄を口の中に放り込んでからエウリルは小さく息をついた。
「何ていうか…嫌われてると思ってた」
「フィルベントがお前を?」
「うん…いや、やっぱり嫌いなんだろう」
「…」
これまでのフィルベントのエウリルへの態度を思い出すと、違うとも言い兼ねてローレンは黙り込んだ。それなら、なぜあんなことを。目を伏せて考え込んだエウリルの横顔を見ると、ローレンは軽く笑ってエウリルの肩を叩いた。
「まあ、時間をかけてやっていくさ。フィルベントも自分の思う通りにいかないことばかりで、余裕がないんだろう。お前は今はハティと自分のことを考えればいい」
「そうだね」
ようやく笑顔を見せて、エウリルは葡萄をローレンに渡した。立派な花婿さんだ。エウリルの華やかな衣装を見てその襟を直すと、ローレンも笑ってエウリルの頭をなでた。
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