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重い空気に包まれた王宮の一室で、ルクレーヌが目を伏せて座っていた。
第四王子エウリルの乱心は第一王妃サニーラの命により厳重に秘され、エウリルの婚儀に出席するために王宮に集った貴族たちすらその事件についてだけは全く知らなかった。愛妃エンナの死と、可愛がっていた末の王子エウリルの乱心を聞き、アストラウル王ルヴァンヌはそのまま病床についてしまった。
その枕元に座り、急激に老いた父の顔を眺めてルクレーヌは唇を噛んだ。信じられない。信じたくない。エウリルが妻と母親を殺して捕らえられたなんて。旅の途中で馬車の車輪が壊れ、婚儀に間に合わなかったエウリルの姉ルクレーヌは、次の日に王宮へ到着してローレンから事件について聞いたばかりだった。
「お兄さま…それで、エウリルは?」
ルクレーヌが父から目を離さずに尋ねると、その後ろに立っていたローレンが険しい表情で音叉の地下牢にと答えた。王太子のアントニアが少し離れたソファに座って、黙ったままローレンを見た。
「嘘でしょう…そんな扱い、まるで罪人じゃないの」
「お母さまは、エウリルの狂気が引き起こしたことだと思っている。どの段階で公にするのかは明らかではないが…父上の容態が安定すれば、エウリルは裁判にかけられることになるだろう」
「そんな…裁判なんて、名ばかりだわ。すでに音叉の地下牢に捕らえられているのなら、死罪は確実じゃないの」
そこは王宮の地下にある牢獄の名で、よほどの重罪人でなければそこに捕らえられることのない、冷たく陰惨な場所だった。涙目で訴えるルクレーヌの肩を抱いて、ローレンは落ち着かせるようにそこをポンポンと叩いた。エウリルはどうしているの、エウリルに会いたい。ルクレーヌが泣き出すと、それまで黙っていたアントニアが重い口を開いた。
「エウリルがハティを殺したと思っているのは、お母さまだけじゃない。ハティの父上、サウロン公もだ。エウリルが二人を殺した凶器を持っていたのだから、疑いようもないと言っている…いいか、ルクレーヌ。事態はお前が思う以上に深刻だ。王宮は今、サウロン公と対立する訳にはいかないんだ」
「お兄さまはエウリルが二人を殺したと仰るの!? そんな訳ないわ! エウリルはそんな人間じゃない!」
「アントニア…それは私も同意見です。エウリルは本当に幸せそうに笑っていた。エウリルが二人を殺すとは思えない」
「それは『正気の』エウリルについてだろう」
忌ま忌ましげに言い捨てて立ち上がると、アントニアはルヴァンヌの部屋を足早に出ていった。エウリルは狂ってなんかいないわ! 泣き叫ぶルクレーヌの言葉に、ローレンは目を伏せた。何も分からない。せめてエウリルに会うことができれば…。青ざめたままルクレーヌを抱きしめると、ローレンは息をひそめた。 |