エウリル付きの侍女や召し使いたちは、エウリルの婚儀の次の朝を迎えると共に王宮内の一室に集められていた。
何が起こったのか分からず不安に思いながら、一か所に集まっていた侍女たちは、エンナとハティの死、そしてエウリルの投獄を聞いて次々と抗議の声を上げた。エウリルさまがそんなことをするはずがありません。繰り返されるユリアネの言葉に業を煮やした衛兵は、自分には判断できかねるとだけ答えて口をつぐんだ。
「エンナさまが亡くなられたというのも、何かの間違いだわ。みんな、気をしっかり持って」
すすり泣きを始める年若い侍女もいて、リーダー格の恰幅のよい年配の侍女が大きな声で励ました。エウリルさまは今、どこに? 心配げに窓の外のよく晴れた空を見上げたユリアネの耳に、遠慮がちなノックの音が響いた。
「ユリアネはいるか」
さっきの衛兵が、ドアを開けて顔を覗かせた。ユリアネが立ち上がると、衛兵は外へ出るように促した。
「ユリアネ」
普段仲のいい侍女がユリアネを見上げると、ユリアネは硬い表情で事情を聞いてくるからと答えた。もう少しの我慢よ。そう言ってユリアネが外に出ると、見張りの衛兵の上官がユリアネを待っていた。
「エウリルさまは今、どこにいらっしゃるのです」
歩き出した衛兵長についていきながらユリアネが尋ねると、衛兵長は答える権利は持っていないと返した。
「あの衛兵に、投獄されたと聞いたのですが」
「…」
軽く舌打ちして、衛兵長はユリアネをチラリと見た。この侍女はいずれオルスナへ帰る身。エウリル王子の投獄をオルスナ三世に知られては問題だ。
「王子は今、ご病気で臥せっていらっしゃる」
「ご病気!? エウリルさまの看病は、私たちの勤めですわ。そうと聞いては…」
サッと顔色を変えてユリアネが訴えると、看病は侍医団がしているとだけ答えて、衛兵長は黙ったままユリアネを王宮の一室へ案内した。
その部屋は、普段は使われていない場所だった。ユリアネが入ると、衛兵長が恭しくお辞儀をしながらドアを閉めた。
そこで待っていたのは、頭からショールをかぶったルクレーヌだった。
「ユリアネ!」
ルクレーヌが泣き出しそうな表情でユリアネに駆け寄った。その弱々しげな体を抱きとめると、ユリアネは呆然とした表情でルクレーヌさまと呟いた。
「私をここへ呼ばれたのはルクレーヌさまですか」
ユリアネが尋ねると、ルクレーヌは頷いてエウリルが…と呟いた。他に侍女たちがいる様子もなく、ユリアネはとにかく落ち着くように言ってルクレーヌを柔らかなクッションのついた椅子に座らせた。
「王宮内とは言え、王女さまがお一人でいらっしゃるなんて」
「ローレンが図ってくれたのよ。あなたと二人で話がしたいと頼んだら、衛兵長に迎えに行かせると言ってくれて」
「ローレンさまが…」
険しい表情のユリアネに、ルクレーヌはあまり時間がないのと焦ったように話を進めた。やはり何かあったのだわ。ユリアネが口をつぐむと、ルクレーヌは眉をひそめて言葉を続けた。
「落ち着いて聞いてちょうだい。エウリルが、エンナさまとサウロン公の息女を殺した罪で投獄されたの」
「…え」
かすれた声が、喉からもれた。それでは、あの話は本当のことだったの…? 呆然とした表情で、ユリアネはルクレーヌを見つめ返した。ユリアネを見て同情したようにその手を握り、ルクレーヌは頷いた。
「そんな…では、エンナさまは亡くなられたのですか!?」
悲鳴のような言葉が響いた。立ち上がってユリアネの手を握ったままそこにしっかりと力を込めると、ルクレーヌはユリアネの顔を覗き込んだ。その目は真摯で、どこか追いつめられた光を宿していた。ユリアネが思わず息をのむと、ルクレーヌは言った。
「エウリルは音叉の牢獄に入れられたの。みな、エウリルがエンナさまたちを殺したと思っているわ。けれど、それを見た者はいない。悲鳴が聞こえて衛兵が駆け付けたら、ナイフを持ったエウリルがいたと言うの」
「エウリルさまは人を殺せるような方ではありません。ましてやエンナさまを殺すなんて…」
震える声で、それでもしっかりとした言葉でユリアネが答えた。
エウリルの笑顔が脳裏に浮かんだ。婚儀の日の朝まで、ずっと緊張しながらも幸せそうに笑っていたエウリルさまがエンナさまやハティさまを殺すなんて、考えられない。
「間違いに決まっています」
ユリアネが言うと、ルクレーヌは頷いた。
「私もそう思っているの。エウリルと話したいのよ。お願い、ユリアネ。あなたはエンナさまから音叉の牢獄の場所を聞いていないかしら。聞いていたら、私に教えてちょうだい」
夢中で言いつのるルクレーヌに、ユリアネは言葉を詰まらせた。
音叉の牢獄。
そこに入れられた者は恐怖のあまり音叉が響くような耳鳴りが絶えず、孤独と苦しみに耐えきれずに自ら死を選ぶものも多いという、死の牢獄。
そんな所にエウリルさまが…。キュッと唇を噛み締めると、ユリアネは首を横に振った。ルクレーヌさまに場所をお教えする訳には参りません。ユリアネが答えると、ルクレーヌは顔を真っ赤にして食い下がった。
「エウリルは今も一人で苦しんでいるのよ!」
「その代わり、私が参ります」
ユリアネが言うと、ルクレーヌは呆気に取られてユリアネを見上げた。けれど…。言いかけて少し考えると、ルクレーヌはユリアネの手を離して自分の両手を強く握った。
「私も行くわ。私を連れていってちょうだい」
そう言ったルクレーヌの表情は、否と言えないような迫力を与えていた。その強い眼差しを見つめ返すと、ユリアネは頷いた。
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