珍しくいらついた気持ちを抑えられず、アントニアは小姓のステラを連れて王宮の中庭を散歩していた。
ローレンとルクレーヌは頭が冷えるまで見張りをつけ、王宮の一室から出さないよう言いつけたが…軍を指揮するハイヴェル卿に知られず衛兵を動かすにも限界がある。もう一度、直接二人に会って言い含めるしかないのだろうか。
こんな簡単なことが、なぜ分からない。王宮とエウリルのどちらが重いと思っているんだ。
中庭の木陰で一息つくと、アントニアは飲みものを持ってきてくれとステラに頼んだ。アントニアさまをお一人にするなど。ステラが眉をひそめると、アントニアは笑いながら答えた。
「大丈夫だ。ここは王宮の中でも最深部だよ。少し呼べば衛兵が飛んでくるのだから」
アントニアが重ねて言うと、ステラは文句を言いながらもしぶしぶと王宮の方へ向かって駆け出した。うるさいやつがようやく消えた。息をついてベンチに寝転ぶと、アントニアは空を見上げた。
もうすぐ私は王位につくのだろう。
そうなれば、ローレンやルクレーヌにも何も言わせずに、自分の思うようにことを進めることもできる。
希望と不安の入り交じる奇妙な感情が、アントニアの胸に渦巻いていた。病床についた父ルヴァンヌの顔を見た時、真っ先に思ったことがそれだった。心配で泣き出しそうになっていたルクレーヌに知られたら、なじられそうだ。おかしそうに笑うと、アントニアは目を伏せた。
それが王者というものか。
父よりも国を、兄弟よりも王宮の存続を一番に考えなければならない。
ふいに隣に誰かが腰かけた。驚いてアントニアが起き上がると、そこにはフリレーテが微笑みを浮かべてアントニアを見つめていた。ごきげんいかが。フリレーテが尋ねると、アントニアは戸惑いながら答えた。
「あまりよくない」
「正直ですね。こういう場合はいかなる時でも、よいと答えるものではありませんか」
フリレーテが言うと、アントニアは口元で笑った。私に愛想は必要あるまい。ふふっと笑って答えると、アントニアはフリレーテの指にはまった指輪に気づいた。
「これは…お母さまの」
「ああ、これは拾ったのです。サニーラさまの指輪でございましたか。どうぞアントニアさまからお返しになって下さい」
ほっそりとした指から大きな石の光る指輪を外すと、フリレーテはそれをアントニアに渡した。指先が触れると、そこが熱いような気がした。息づかいすら聞こえそうなほどそばにいて、アントニアはフリレーテの大きな目を覗き込んだ。
「フィルベントに頼めばいいだろうに」
アントニアが囁くと、フリレーテはほんの先にあるアントニアの唇に吐息をかけるように答えた。
「フィルベントさまは今、お眠りになっておられます」
「君はそばにいなくていいのか」
「ええ…フィルベントさまが望んでいるのは、私ではございませんので」
目を細めてフリレーテは笑った。柔らかく唇が触れ、アントニアの手から指輪が落ちた。フリレーテを抱えるように腕を回すと、熱情に突き動かされるようにアントニアはフリレーテの体を強く抱きしめた。
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