ユリアネが使っている王宮内の部屋には、誰もいなかった。
ユリアネがいつも着ている服と、オルスナ特有の棒術につかう装飾のついた棒がなくなっていて、アサガはため息をついて部屋を出た。王宮内のエウリルの部屋には衛兵が立っていて、入れそうにない。
衛兵にユリアネが来なかったかと聞くと、反対に捕らえられそうになって慌てて逃げ出した所だった。エウリルさまはご病気なんじゃなかったのか。てっきりユリアネ姉さんが看病してるんだとばかり思ってたのに。王宮を出て大きな息をつくと、アサガは腹を押さえながら歩き出した。
心当たりといえば、残りは離宮ぐらいしかない。
オルスナからエンナに仕えるために来たユリアネには、実家や家族がなかった。嫌だなあ。また衛兵がいるかもしれないし。でも、ローレンさまと約束したしなあ。考えながら歩いていると、案の定、衛兵二人が離宮の入り口で見張りに立っていた。
「あの」
そのうちの一人は離宮でよく顔を合わせた男で、アサガはその男に向かって話しかけた。よお、アサガ。それまで退屈そうにしていた衛兵は、アサガを見て笑いかけた。
「何で離宮に見張りが立ってるの? 僕、久しぶりに来たから何が起こったのか知らなくて」
アサガが言うと、衛兵は何があったのかは知らないがと前置きしてから答えた。
「エウリルさまとハティさまが発病されて、エンナさまが王宮でつきっきりでご看病して差し上げてるとか。その間、泥棒が入らないように見張っとけって上から言われたのさ」
「本当は俺、休みだったんだぜ。なのに人が足りないからって呼び出されてさ。近衛兵がいるだろうに、近衛兵がさ」
うんざりしたように、もう一人の衛兵も眉をひそめた。ずっと見張られているなら、ここにはいないだろうか…。考えながらも中が気になって、アサガは懐から銀貨を二枚出して衛兵に一枚ずつ渡した。
「中に忘れ物をしてるんだ。早く取りにいかないと困るんだよ。ちょっとでいいから中に入れてくれよ」
アサガが言うと衛兵たちは顔を見合わせ、それから仕方ないなと言って周りを見回した。中へ入れたって言わないでくれよ。衛兵に念を押されてもちろんだよと答えると、アサガは衛兵の間をすり抜けるようにして離宮に入った。
中はエウリルの婚儀が行われる前と全く同じ状態で、ただ誰もいないためにガランと広く見えた。ここに人がいない所なんて、初めて見た。軽く身震いをして歩き出すと、アサガはあちこちを覗いた。
ユリアネなら、どこに隠れる?
うんうん呻きながら考えた。ユリアネはきっと何かの事件に巻き込まれて隠れているに違いない。でなければ、誰かが行方を知っているはずだ。もし離宮に隠れているとしたら…。考えて、アサガは奥へ進んだ。
そこは子供の頃にエウリルと遊んだ古い物置き部屋で、いらなくなったガラクタがたくさん積まれていた。ここなら明かりを使っても外にもれないし、外へすぐに出られる扉もある。ギイイときしんだ音をたててドアが開くと、アサガはユリアネの名前を呼んだ。
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