アストラウル戦記

 外は突き抜けるような青空で、空気も乾燥していた。
 オルスナではこういう日、火事が起きたものだけど。ぼんやりと考えて、フリレーテは振り向いた。裸のままベッドの中で眠っていたフィルベントが、いつの間にか目を覚ましてこちらを見ていた。その目はどこか狂気を帯びていた。
「夕べ言ったこと、本当だな」
 すがるような目で言って、フィルベントは毛布を握りしめた。振り向いたフリレーテは逆光で表情が見えなかった。ただいつものように微笑んでいるように見えて、フィルベントはそばにあったマントを羽織ってベッドを下りた。
「そんな端近に出られては、外から見えますよ」
 からかうように言ったフリレーテには構わず、フィルベントはフリレーテに抱きついた。体に腕を絡ませて抱きしめると、フリレーテは乞われるままにフィルベントにキスをした。本当に、シャンドランとは何もないんだな。そう尋ねて、フィルベントは言葉を続けた。
「お母さまにエウリルのことを聞いたけれど…どうしてもエウリルを牢から出してほしいと言えなかった。フリレーテ、お前の力でエウリルを助けることはできないのか」
 面倒だな。フィルベントの熱っぽい目を見ると、フリレーテはそっと目をそらして窓の外を眺めた。せっかくエウリルを閉じ込めてやったのに、また出すなんて。フッと笑みがこぼれて、フリレーテは慌てて表情を改めフィルベントを見つめた。
「フィルベントさま、それは…私でも叶わないことです。あなたにエウリル王子を差し上げたかったけれど、こうなるとは私にも予測できなかった。申し訳ありません」
「いや…もういいんだ…」
 涙に目を潤ませ、フィルベントはフリレーテの肩に自分の額を押しつけた。
 まさかここまで、エウリルを愛するようになるとは。
 俺を必要とさせるために、ほんの少し後押ししてやっただけなのに。
 フィルベントの小さな頭を抱きしめると、フリレーテは申し訳ありませんと呟きながらフィルベントの頭に柔らかなキスを落とした。この先、この無能な王子に何をどうすることができるとは思えないが…気をつけた方がいいかもしれない。
 考えながらフィルベントのマントの中に手を差し入れると、フリレーテは直接触れて柔らかくそこを握りしめた。ピクンと震えてフリレーテの名を呼ぶフィルベントの声は甘かった。忘れておしまいなさい。そう囁いて、フリレーテはフィルベントをベッドへ導いた。

(c)渡辺キリ