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アストラウル王宮の水路からアストリィ市に向かって流れる川は、いつしか郊外の森の中を抜け、海へと繋がる。
川幅は広く流れも緩やかで、大きな揺れもなく木舟は南へ向かっていた。
春の気候でも夜は肌寒く、特に舟底は水に接しているために冷え込んだ。昼間に雨が降るとエウリルは身動きもできずに仰向けに寝転んだまま、まるで赤子が乳を吸うように必死で雨を飲み込んだ。夜になって霧が出ると、アサガが用意してくれていた毛布を長い時間をかけて力なく引き上げ、そこにくるまって眠った。
ガサガサに乾いていたエウリルの皮膚は雨に何度も打たれたために洗い流され、自分でも吐き気をもよおすほどのひどい臭気はいつしか薄れていた。食べ物の匂いに気づいたけれど、それを探して口にするほどの体力は残っていなかった。ただ夢中で雨を飲み、目を閉じて眠った。それが何度か続いた後、エウリルが舟の中で目を覚ますと、そこには落ちてきそうなほどの星空が広がっていた。
雨が降ったせいで、空気は切れそうなほど澄んでいた。
真っ暗な空は未だ膨張しているかのように広く、丸かった。そこには月もなく、いくつもの星々の瞬きは遮られることなく地上へ光を届けていた。夜の中には壮絶な孤独があった。
母も妻も死んだ。ユリアネやアサガは無事だろうか。お父さまは自分が投獄されたと聞いて、どう思っただろう。アントニアは? ローレンは? フィルベントは、そしてルクレーヌは…考えれば考えるほど、これまでそばにいたはずの人たちが遠ざかっていくような気がした。もう二度と会えないかもしれない。
神は今、僕を見ているのだろうか。
あの星の瞬く光の向こうから。
目を閉じると、エウリルはゆっくりと腕を動かして自分の額に乗せた。そこは熱かった。息が苦しくて、何度も大きく呼吸をしてエウリルは自分が生きていることを確かめた。
一人は恐ろしい。
死んだ方がマシだという目に合わせてあげる。フリレーテの言葉が頭から離れなかった。逃げられないよ。そう言ったフリレーテの声は、神か、それとも悪魔のものだったのか。
なぜ、という問いも果てた。舟底で目を閉じたエウリルは、川の流れにゆられながら深い眠りに落ちていった。やがて舟は岸へ近づき、ふいにコンと桟橋に当たって止まった。
静けさに包まれたまま揺られている木の小舟に、明け方頃、ガサガサと草をかき分けるような音が近づいてきた。 |