サムゲナン市の郊外の川沿いに、広範囲に葦が生い茂る場所があって、川で魚を捕って生計を立てるサムゲナン市のスーバルンたちが数人、ゲルを立てて住んでいた。
グンナの他にも数人残った軍兵たちが、手分けしてスーバルン人たちに強い口調でガスクの行方を尋ねた。若いスーバルン人たちは網に絡まった魚を外しながら、一様に首を横に振った。何かあったら必ず連絡しろ。グンナが威丈高に言うと、スーバルン人たちが黙ったままだるそうに頷いた。
「こちらに立ち寄ったことは、目撃者がいるので間違いないのですが」
グステ村で負傷した軍兵たちの救護の手配をしてから、サムゲナン市で情報を集めグンナに報告した側近の軍兵が囁いた。
「明るい内からあまり強引なやり方もまずい。日が暮れるまで見張りを立て、少人数で夜襲をかけるぞ」
ガサガサと葦を踏み分けながら、目を伏せてグンナは剣の柄を握りしめた。エウリル王子一人なら簡単だが…ガスク=ファルソが一緒とはな。
「今の内に夜襲組を休ませておけ」
「分かりました」
ガサガサと葦が風に揺れる音だけが、辺りに響いていた。二人の軍兵が行ってしまうと、網から魚を外していた若いスーバルン人がゲルに向かって声をかけた。
「行っちまったぜ。しばらくここにいた方がいいんじゃね?」
「…ああ」
ガスクがゲルの入り口にかかった布を持ち上げて、わずかに顔を見せた。まだ熱が引かねえのか。スーバルン人が尋ねると、ガスクは口元だけで笑ってみせた。
「悪いな、迷惑をかけて」
「遠慮なんかすんじゃねえよ。お前さんにはみんな何かしら助けられてんだ」
「あのアストラウル人を背負って現れた時には、気でも違っちまったのかと思ったけどね」
ガスクよりも少し年上の男が言うと、そこにいたスーバルン人が屈託なく笑った。ガスクが苦笑いすると、初めに話していた若い男がガスクを見上げた。
「まあ、お前さんが連れてるんなら、何か理由があんだろ。熱が下がるまでそこに寝かしときなよ。後で熱冷ましの薬草を採ってきてやるよ」
「ありがとう、キク」
ガスクが頭を下げると、キクはいいから中へ入ってなと答えた。ゲルの中へ戻ると、そこは塩漬けの魚の匂いが充満していた。懐かしい匂いだった。ゲルの隅で毛布にくるまって眠るナヴィを見ると、ガスクは息をついてナヴィに渡したジンカの剣を取り上げた。
あれから二人で数人のアストラウル軍兵を切った。グンナの命令で一度は兵が引き、その隙に森を抜けて川沿いを数キロ歩いた所で、ナヴィが倒れた。
無理もない。これまでほとんど寝たきりだったような人間が、あれだけの剣さばきを見せたことの方が驚きだ。
剣の刃こぼれを見ながら、ガスクは小さく息をついた。ナヴィは気力だけで動いているように見えた。オルスナの武術には、あまり力を必要とせず相手の攻撃を利用して攻め返す護身術のようなものが多く、ナヴィは完璧と言えるほどそれを身につけていた。ゲルの持ち主が使っている砥石を取り出して水につけると、ガスクはあぐらを組んで剣の荒研ぎを始めた。
ただナヴィの剣は実戦慣れしていないのか、ガスクのように戦意を喪失させるような戦い方ではなく、どこか夢中で闇に向かう子供のように必死だった。あんな戦い方じゃ、バテて当然だ。時間をかけて剣を研ぐと、最後に柔らかな布で拭って鞘に収め、ガスクはそれを装飾のついた衣装箱に立てかけた。
う…と低い声でナヴィが呻いた。毛布の端をギュッと握りしめ顔をしかめたまま眠っているナヴィを見ると、ガスクは汗をかいた額をそばにあった布で拭った。悪い夢でも見ているんだろうか。顔色の悪いナヴィの首筋に触れると、そこはまだ熱かった。
ダッタン市まで連れていって、そこでオルスナの商人に預けるか。
こんな所で放っていったら、お袋に殴られるだろうな。死んでいなければの話だが…。苦悶の表情で考えると、ガスクはナヴィの小さな頭をポンポンとなでた。
明日の朝、夜が明けきらない内に立つか。考えてガスクは立ち上がった。自分たちを匿ってくれているスーバルン人たちに、少しでも何か返したかった。座ったまま手を伸ばしてスーバルン人が使う魚を捕る網を取り上げると、ガスクはナヴィの枕元で網の破れた所を器用に直し始めた。
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